(二)

文字数 1,251文字

「さてアキちゃんどう思う?」
「不思議ね、他にも見える人がいるなんて」
「そうだけど、それよりも怖がってる理由が気になるかな。別に怖くないし」
「急に見え始めたら怖いんじゃないかしら」
「そうだとしても、本当に金魚なんだよ。襲ってくるわけじゃないし見た目が凶悪なわけでもないし」
 ただ富が沼で見た塊なら別だ。あれは確かに気持ちが悪かった。
 けれどあのレベルの金魚は秋葉ですら初めて見た。外出が恐ろしくなるほど頻繁に見る物でもない。
「とにかくこのライブ見に行ってみましょうか」
「そうだね。どこに金魚がいるんでしょうクイズはできるし」
「私も行」
「紫音は駄目」
「ええ!? どうして!?」
「駄目に決まってるだろう! あんな怪しげな子がわんさといる場所に行くなんて!」
「怪しいならかなちゃんだって怪しいじゃない!」
「にゃにおう!?」

 紫音は大人しい顔をして随分はっきりというものだ。
 絶対行くんだから、と紫音はチケットを奪いばたばたと喫茶店を出て行ってしまった。

「……目の届かない場所でこっそりされるより連れて行った方がいいんじゃないですか?」
「ああ、もう! 普段は大人しいのになんだってこんな時ばっかり!」

 それはおそらく、大好きな兄と遊びたいだけなのではないだろうか。一緒に出掛けられるのが嬉しいようだったし、ここまで来て仲間外れにするのも気が引ける。

「それにライブ後じゃちゃんと話もできませんよ。また時間取って話そうって、帰る言い訳にもできますし」
「おや。アキちゃんはじっくりみっちりお喋りする気なのかい?」
「そりゃまあ、やっぱり気になりますし」

 気になる理由は二つある。
 一つは単純に金魚が見える者同士ならその大変さや辛さを理解し合えるかもしれないという期待だ。
 もう一つは金魚を怖がる理由だ。秋葉は金魚が見えること自体は恐ろしくはない。恐ろしいのは金魚になっていく悪夢だ。ならば神威には金魚を恐ろしいと思う別の理由があるのかもしれない。例えば怪我をさせられるような物理的な弊害があるのか、それとも精神的に良からぬ影響を及ぼしているのか。
 だとしたらそれはいずれ秋葉にも起きることなのかもしれない。そう思うと一度会ってみたい気持ちは強かった。

「……じゃあ紫音も連れて様子見としよう」
「ええ。そ」
「やったあ!」
「うわあ」
「やったー! お出かけ!」
「お前、なんてとこから出て来るんだい」

 紫音は待ち構えていたのか、叶冬の後ろにある窓から飛び込んできた。やはり兄妹だ。

「いいかい。僕の側を離れてはいけないよ」
「うんっ」
「お手洗いは済ませておくんだよ。ライブハウスなんて小汚い場所でうろついてはだめだ」
「うんうんっ」
「服はズボンにおし。脚の出てるスカートなんて万が一があってはいけないからね」
「うんうんうんっ」

 それからあれもこれもと子供の遠足のような注意事項が続いた。
 それはまるで秋葉が母親から強いられたルールよりも細かいけれど、紫音は嬉しそうに聞いている。秋葉はこういうのを家族っていうんだろうな、と思ったりした。
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