(二)
文字数 1,484文字
「これって元はと言えばあなたがミスしたせいですよね」
「む!?」
「あなたがミスしなければ店長も雪人さんも本来あるべき人生を送れたんだ。今やってるのはあなたのミスの帳尻合わせじゃないですか。ならもう少し協力して下さいよ!」
「むむむむむぅ!」
「あははは。まったくもってその通り」
「んん!? なっちゃんは誰の味方なんだい!?」
「秋葉君」
「ぬぁに~!? アキちゃんだって今さっき僕に助けてもらったくせにぃ!」
「それはあなたの仕事でしょう。助けて下さいと言ったわけではありません」
「むむむむむぅ! むむむむむぅ!」
「あはははは」
「じゃあどうしろってーんだよ! だってできることなんて無いんだ!」
「いいえ、あります」
「なんだよ!!」
秋葉は夏生を見た。
この男は四十五歳だという。それはおかしな話だが、目の前のこの人間は秋葉達の側に存在した人間の身体だ。
ならば彼も『普通』ではないのだ。
「ありますよね。生者が金魚屋で生きる方法が」
「いいね、秋葉君。俺気に入った」
「僕は嫌いだあ!」
八重子はふんぬぅと地団駄を踏んだ。
秋葉は声を上げて笑い、けれどずっと雪人にお湯を掛けてやっている。
「秋葉君の言うとおり、俺は金魚屋で生活してる。だから周囲からどうこう言われることも無い。雪人君も金魚屋で生活すればいいよ」
「それはどうしたらいいんですか。ただここにいればいいんですか?」
「そうだよ。別に何の修行も必要無い。手続きは必要だけどね」
「こらぁ! 何勝手なことを決めてるんだぁ!」
「自業自得でしょう。それに叶冬君みたいに中途半端に覚えてたらまた面倒なことになりますよ」
「ぐんぬぬぬぬ」
八重子は頬をぶくっと膨らませ、ぷんっとそっぽを向いた。
「なっちゃんが面倒を見るように!」
「最初から八重子さんには期待してないですよ」
くすくすと夏生は笑い、ただひたすら雪人に湯を掛け続けている。
もう湯に戻して、と叶冬に雪人を降ろすように言うと、叶冬は手放すのを名残惜しそうにゆっくりと降ろした。
ゆらゆらと雪人の髪が金魚の尾のように揺れている。
「大丈夫。雪人君が目を覚ましたあとは責任持つよ」
「……信じていいんだな」
「信じなくてもかなちゃんは忘れるよ~っだ!」
「八重子さん黙って」
そうだ。この後どうなるかは秋葉と叶冬には確かめようもない。
もし雪人が金魚屋になってしまったら、叶冬の記憶からも消えてしまう。
ここで全てが終わってしまうのだ。
「……ゆき」
叶冬はぎゅっと強く抱きしめた。それでも雪人は目を覚ますことは無く、ただくたりと揺蕩っている。
ぺたりぺたりと八重子が近付いてきた。いつの間にかその手には金魚鉢を持っている。
これで弔われるのだ。
「この弔いと同時にきみらは現実へ戻る。次目を覚ました時は何も覚えていないだろう」
そんなことを言われても、秋葉は実感がわかなかった。こんな強烈な出来事を忘れるのか。こんな鮮明に映っているこの景色を。
八重子は表情を消していた。さっきまでの暴れぶりが嘘のように穏やかだった。
夏生は少しだけ辛そうな顔をして、にこりと秋葉に微笑みかけた。
「せっかく会えたのに残念です」
「会えるよ。会いたいならきっと」
「あ、そっか。宮村さんはこっちに来ることもあるんですよね」
「うん。見かけたら声かけるよ」
「……はい」
きっとこれも忘れてしまうのだろう。もし街中で声を掛けられても秋葉にはもう分からない。
夏生はにこりと微笑むと、八重子の持つ金魚鉢にカードを差し込んだ。
またこれだ。金魚屋の日常は至って無機質に始まり無機質に終わる。
「さあ、金魚の弔いだ」
――これでもう。
「む!?」
「あなたがミスしなければ店長も雪人さんも本来あるべき人生を送れたんだ。今やってるのはあなたのミスの帳尻合わせじゃないですか。ならもう少し協力して下さいよ!」
「むむむむむぅ!」
「あははは。まったくもってその通り」
「んん!? なっちゃんは誰の味方なんだい!?」
「秋葉君」
「ぬぁに~!? アキちゃんだって今さっき僕に助けてもらったくせにぃ!」
「それはあなたの仕事でしょう。助けて下さいと言ったわけではありません」
「むむむむむぅ! むむむむむぅ!」
「あはははは」
「じゃあどうしろってーんだよ! だってできることなんて無いんだ!」
「いいえ、あります」
「なんだよ!!」
秋葉は夏生を見た。
この男は四十五歳だという。それはおかしな話だが、目の前のこの人間は秋葉達の側に存在した人間の身体だ。
ならば彼も『普通』ではないのだ。
「ありますよね。生者が金魚屋で生きる方法が」
「いいね、秋葉君。俺気に入った」
「僕は嫌いだあ!」
八重子はふんぬぅと地団駄を踏んだ。
秋葉は声を上げて笑い、けれどずっと雪人にお湯を掛けてやっている。
「秋葉君の言うとおり、俺は金魚屋で生活してる。だから周囲からどうこう言われることも無い。雪人君も金魚屋で生活すればいいよ」
「それはどうしたらいいんですか。ただここにいればいいんですか?」
「そうだよ。別に何の修行も必要無い。手続きは必要だけどね」
「こらぁ! 何勝手なことを決めてるんだぁ!」
「自業自得でしょう。それに叶冬君みたいに中途半端に覚えてたらまた面倒なことになりますよ」
「ぐんぬぬぬぬ」
八重子は頬をぶくっと膨らませ、ぷんっとそっぽを向いた。
「なっちゃんが面倒を見るように!」
「最初から八重子さんには期待してないですよ」
くすくすと夏生は笑い、ただひたすら雪人に湯を掛け続けている。
もう湯に戻して、と叶冬に雪人を降ろすように言うと、叶冬は手放すのを名残惜しそうにゆっくりと降ろした。
ゆらゆらと雪人の髪が金魚の尾のように揺れている。
「大丈夫。雪人君が目を覚ましたあとは責任持つよ」
「……信じていいんだな」
「信じなくてもかなちゃんは忘れるよ~っだ!」
「八重子さん黙って」
そうだ。この後どうなるかは秋葉と叶冬には確かめようもない。
もし雪人が金魚屋になってしまったら、叶冬の記憶からも消えてしまう。
ここで全てが終わってしまうのだ。
「……ゆき」
叶冬はぎゅっと強く抱きしめた。それでも雪人は目を覚ますことは無く、ただくたりと揺蕩っている。
ぺたりぺたりと八重子が近付いてきた。いつの間にかその手には金魚鉢を持っている。
これで弔われるのだ。
「この弔いと同時にきみらは現実へ戻る。次目を覚ました時は何も覚えていないだろう」
そんなことを言われても、秋葉は実感がわかなかった。こんな強烈な出来事を忘れるのか。こんな鮮明に映っているこの景色を。
八重子は表情を消していた。さっきまでの暴れぶりが嘘のように穏やかだった。
夏生は少しだけ辛そうな顔をして、にこりと秋葉に微笑みかけた。
「せっかく会えたのに残念です」
「会えるよ。会いたいならきっと」
「あ、そっか。宮村さんはこっちに来ることもあるんですよね」
「うん。見かけたら声かけるよ」
「……はい」
きっとこれも忘れてしまうのだろう。もし街中で声を掛けられても秋葉にはもう分からない。
夏生はにこりと微笑むと、八重子の持つ金魚鉢にカードを差し込んだ。
またこれだ。金魚屋の日常は至って無機質に始まり無機質に終わる。
「さあ、金魚の弔いだ」
――これでもう。