(四)
文字数 1,877文字
「何かしら」
「こら、行くんじゃないよ。危ないことだったらどうするんだ」
「そうだよ。店長みたいのがいたらどうするの」
「ちょっとアキちゃん。それはどういう意味だい」
「そのままの意味です」
本心だが、また妙な空気にならないように和ませるつもりで秋葉はわざと笑ってみせた。
兄はぎゃんぎゃんと騒ぎ妹はきゃらきゃらと笑っていて、やっぱりこの調子が良いのだろうなと安堵のため息を吐いた。
「まったくひどい言いがかりだよ」
「あ、お土産売ってますよ」
「アキちゃん少しは人の話を聞きたまえ」
「金魚がいっぱいいますよ。あ、風鈴可愛いですね」
「むきぃ! ふんだ! もういい! 紫音おいで! 何か買ってあげよう!」
「本当!? やったあ!」
叶冬は妹の肩を抱いてお土産エリアへと突進して言行った。
秋葉も後を付いて行こうと思ったが、その時ぬうっと目の前を金魚が通過した。突然のことに驚いて、うわっと叫んでよろめくと何者かにぶつかってしまう。
「わあ!」
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「はい。僕もよそ見してて。すみません」
秋葉はよろめいただけだったが、ぶつかられた方はころりと尻餅をついていた。十代だろうか、女の子のような可愛らしい顔をしているが少年だ。しかし顔に似合わず髑髏柄のダメージTシャツに黒地に血が飛び散ったような柄のダメージジーンズという気合の入った格好だった。
けれどその手には金魚のストラップという可愛らしい物を持っていて、丁寧な挨拶やぺこぺこと頭を下げてくれるあたり背伸びして悪ぶっているように見える。
「おお、おお、どうしたんだい。何も無いところですってんころりしおってからに」
「や、突然金魚が飛んで来たから」
「え!? どこから!?」
「壁から。こいつら建物はすり抜けて来るんだ」
「へー! 可愛いー!」
「壁すり抜けるのが?」
女の子だからか叶冬の妹だからか、紫音も独特な感性だ。
兄妹はすり抜けてるところが見たいとはしゃいでいたが、その時ぐいっと強く腕を引っ張られた。あまりにも唐突で、秋葉は再びよろめいたが振り返った先にいたのは先ほどの愛らしい少年だった。
「テメェ今なんつった!」
「……はい?」
「金魚が飛ぶって言わなかったか」
「え、あ、いえ、そんなことがあったら素敵だねって話で」
「嘘吐け! 壁すり抜けるとか言ってたじゃねえか!」
――何だこの変貌ぶりは。
さっきと随分態度が違い、しかも何故金魚の話に怒り心頭食いつかれたのか分からず戸惑いを隠せない。
何だこの事態はと頭を抱えたが、少年は秋葉を見上げながら胸倉を掴んで引っ張ってきた。
「ちょ、ちょっと、君一体」
「お前も空を飛ぶ金魚を見るのか。そうなのか」
「え?」
「どうなんだ! 本当に見えるのか!」
「お前も、って、え? あの、まさか」
君も金魚が見えるの、と聞こうとしたが、それよりも早くに叶冬が間に入ってきた。
「ちょいとお待ちよ少年。そんな凄まれちゃあ話もできやしない」
「……なんだお前。関係無い奴はすっこんでろよ」
「関係あるよ。僕はこの子の保護者なんでね」
「はあ? 同じくらいじゃねえかお前ら」
「僕は三十五歳でこの子は成人したばっかりの未熟成人だ。そんなもんだから話は僕が代わりに聞こう。何しろ僕は金魚屋だからね」
「金魚屋!? あんたも見えるのか金魚!」
「いいやまったくこれっぽっちも見えないよ」
「……あ?」
「この人は金魚専門水族館の館長です」
「金魚屋の店長様とお呼び」
叶冬はさあ呼んでごらん、と大袈裟に胸を張った。
土産物屋という人の多い場所でまた怪しい行動に出たものだ。店員に不審がられた秋葉たちは、貴重な常識人である紫音がまあまあと宥めて少年と共に外へ出た。
「で。お前本当に空飛んでる金魚が見えてんのか」
「ロックな風体で空飛ぶ金魚なんてロマンチストだねえ。何故そんなことを考えついたんだい?」
「あんたには関係無い。おい、お前なんて名前だ」
「俺? 俺は」
「よし! 誘拐だ!」
「は?」
「うわっ! お、おい!」
叶冬はあろうことか少年を担ぎ上げると、秋葉と少年を車の後部座席に放り込んだ。
「何すんだよ!」
「餌だ餌だぁ!」
「は!?」
「金魚屋に新しい餌が来た! さあ帰るよ!」
新しい餌ということは古い餌があるということで、それはもしかしなくても自分のことだろうかと秋葉は苦笑いを浮かべた。
助手席に乗っている紫音はお茶請けはお煎餅ね、と笑っている。やはり図太い娘だ。
こうして謎の金魚少年を連れて帰ることになり少しばかり胸が高鳴るが、それよりもまずこれが誘拐として罪に問われないことを祈るばかりだった。
「こら、行くんじゃないよ。危ないことだったらどうするんだ」
「そうだよ。店長みたいのがいたらどうするの」
「ちょっとアキちゃん。それはどういう意味だい」
「そのままの意味です」
本心だが、また妙な空気にならないように和ませるつもりで秋葉はわざと笑ってみせた。
兄はぎゃんぎゃんと騒ぎ妹はきゃらきゃらと笑っていて、やっぱりこの調子が良いのだろうなと安堵のため息を吐いた。
「まったくひどい言いがかりだよ」
「あ、お土産売ってますよ」
「アキちゃん少しは人の話を聞きたまえ」
「金魚がいっぱいいますよ。あ、風鈴可愛いですね」
「むきぃ! ふんだ! もういい! 紫音おいで! 何か買ってあげよう!」
「本当!? やったあ!」
叶冬は妹の肩を抱いてお土産エリアへと突進して言行った。
秋葉も後を付いて行こうと思ったが、その時ぬうっと目の前を金魚が通過した。突然のことに驚いて、うわっと叫んでよろめくと何者かにぶつかってしまう。
「わあ!」
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「はい。僕もよそ見してて。すみません」
秋葉はよろめいただけだったが、ぶつかられた方はころりと尻餅をついていた。十代だろうか、女の子のような可愛らしい顔をしているが少年だ。しかし顔に似合わず髑髏柄のダメージTシャツに黒地に血が飛び散ったような柄のダメージジーンズという気合の入った格好だった。
けれどその手には金魚のストラップという可愛らしい物を持っていて、丁寧な挨拶やぺこぺこと頭を下げてくれるあたり背伸びして悪ぶっているように見える。
「おお、おお、どうしたんだい。何も無いところですってんころりしおってからに」
「や、突然金魚が飛んで来たから」
「え!? どこから!?」
「壁から。こいつら建物はすり抜けて来るんだ」
「へー! 可愛いー!」
「壁すり抜けるのが?」
女の子だからか叶冬の妹だからか、紫音も独特な感性だ。
兄妹はすり抜けてるところが見たいとはしゃいでいたが、その時ぐいっと強く腕を引っ張られた。あまりにも唐突で、秋葉は再びよろめいたが振り返った先にいたのは先ほどの愛らしい少年だった。
「テメェ今なんつった!」
「……はい?」
「金魚が飛ぶって言わなかったか」
「え、あ、いえ、そんなことがあったら素敵だねって話で」
「嘘吐け! 壁すり抜けるとか言ってたじゃねえか!」
――何だこの変貌ぶりは。
さっきと随分態度が違い、しかも何故金魚の話に怒り心頭食いつかれたのか分からず戸惑いを隠せない。
何だこの事態はと頭を抱えたが、少年は秋葉を見上げながら胸倉を掴んで引っ張ってきた。
「ちょ、ちょっと、君一体」
「お前も空を飛ぶ金魚を見るのか。そうなのか」
「え?」
「どうなんだ! 本当に見えるのか!」
「お前も、って、え? あの、まさか」
君も金魚が見えるの、と聞こうとしたが、それよりも早くに叶冬が間に入ってきた。
「ちょいとお待ちよ少年。そんな凄まれちゃあ話もできやしない」
「……なんだお前。関係無い奴はすっこんでろよ」
「関係あるよ。僕はこの子の保護者なんでね」
「はあ? 同じくらいじゃねえかお前ら」
「僕は三十五歳でこの子は成人したばっかりの未熟成人だ。そんなもんだから話は僕が代わりに聞こう。何しろ僕は金魚屋だからね」
「金魚屋!? あんたも見えるのか金魚!」
「いいやまったくこれっぽっちも見えないよ」
「……あ?」
「この人は金魚専門水族館の館長です」
「金魚屋の店長様とお呼び」
叶冬はさあ呼んでごらん、と大袈裟に胸を張った。
土産物屋という人の多い場所でまた怪しい行動に出たものだ。店員に不審がられた秋葉たちは、貴重な常識人である紫音がまあまあと宥めて少年と共に外へ出た。
「で。お前本当に空飛んでる金魚が見えてんのか」
「ロックな風体で空飛ぶ金魚なんてロマンチストだねえ。何故そんなことを考えついたんだい?」
「あんたには関係無い。おい、お前なんて名前だ」
「俺? 俺は」
「よし! 誘拐だ!」
「は?」
「うわっ! お、おい!」
叶冬はあろうことか少年を担ぎ上げると、秋葉と少年を車の後部座席に放り込んだ。
「何すんだよ!」
「餌だ餌だぁ!」
「は!?」
「金魚屋に新しい餌が来た! さあ帰るよ!」
新しい餌ということは古い餌があるということで、それはもしかしなくても自分のことだろうかと秋葉は苦笑いを浮かべた。
助手席に乗っている紫音はお茶請けはお煎餅ね、と笑っている。やはり図太い娘だ。
こうして謎の金魚少年を連れて帰ることになり少しばかり胸が高鳴るが、それよりもまずこれが誘拐として罪に問われないことを祈るばかりだった。