(一)
文字数 1,415文字
富が沼駅に着き貰った地図の場所へ行くと、着いた場所は公民館だった。
二階建てではあるが敷地は狭く、町を上げてのイベントや行事をやるにしてはやや狭いように感じる。
駅から三十分近く歩いたがどこも人はまばらで商店街も閑古鳥が鳴いていたあたり、町おこしをしたいのだろうというのは言わずもがなだ。
公民館の受付に声をかけると応接室へと通されたが、埃っぽくてソファは薄汚れてる。
叶冬は入った途端にうわ、と嫌そうな顔をして着物を畳んだ。明らかに高級なそれが汚れるのは嫌なのだろう。
まるで客を歓迎する気の見られないその部屋で待っていると、背の低い中年の男性がやって来た。男は工場員のような作業着を着ていて煤や泥で汚れている。やはり客を歓迎する気が見られない。
「富が沼町内会会長の佐伯修平です」
「御縁金魚屋の御縁叶冬です」
叶冬は名刺交換をしようとしていたが、佐伯は持ち合わせがないと言って片手で受け取るとすぐにズボンのポケットへ放り込んでしまう。
これは名刺交換のマナーを知らないのだろうことは秋葉にも分かった。
それにアポイントを取ってやって来る客がいるならお茶を出すのが礼儀だ。別にお茶が飲みたいわけではないが、部屋は汚い服も汚い礼儀もマナーも何も無い大人はあまり好きになれなかった。
「まさか店長自ら足を運んで下さるとは」
「うちの金魚が活躍する場所を見ておきたいと思いまして」
「さすが金魚屋さんですね。ところでそっちの子は誰です?」
「金魚に詳しい金魚の少年です。子供を連れ戻したいのなら若い感性も必要でしょう。きっとお役に立てるかと」
「へえ。こんな細い子が大丈夫ですか」
金魚に詳しいわけではないのでそれを疑われるのは別に構わないが、それと身体の細さは何の関係があるのか。あったとしても訝しげにじろじろ見るというのは単純に感じが悪い。
イラついたのが顔に出たのか、叶冬にぽんっと背を軽く叩かれた。
――そうだ。これは仕事なんだ。
ここで不愉快さを露骨に出せば佐伯と同レベルだ。秋葉は叶冬の笑顔で落ち着きを取り戻し、ふうとため息を吐いた。
それにしても、叶冬は想像以上にきちんとしていた。てっきりいつもの調子で意味不明なことを言い出すのではないかと心配していたが、礼儀正しいし普通に喋る姿。着物を脱いだのも失礼がないようにかもしれない。
秋葉は金魚屋の店員ではないが、一緒にいる以上は迷惑を掛けないようにしなければと改めて姿勢を正した。
「では先に手続きをしましょう。書類はご記載いただけましたか」
「はい。こちらに」
「有難う御座います。拝見します」
通常手続きの全てはオンラインで済ませているらしい。だが佐伯はパソコンが苦手だとかでPDFとは何ぞやから説明せねばならなかったらしく、その方が面倒なので今回は話を聞くついでに手書きにすることにしたらしい。
まだ四十代だろうに、今時パソコンが苦手で仕事はできるのだろうか。それとも作業着が汚れ切っているのを見るに肉体労働なのだろうか。
書類を書く手も遅く文字も流れているので読みにくい。しかもこれは何を書くんですか、電話番号は公民館でいいですか、等逐一質問をしているのも苛立ちを覚えた。
相手に気配りもせず自分で考えることもしないというのは秋葉の苦手なタイプでついあら捜しをしてしまうが、叶冬はにこにこと微笑んで回答をしている。社会人って大変だなと思っていると、ところで、と叶冬は話を変えた。
二階建てではあるが敷地は狭く、町を上げてのイベントや行事をやるにしてはやや狭いように感じる。
駅から三十分近く歩いたがどこも人はまばらで商店街も閑古鳥が鳴いていたあたり、町おこしをしたいのだろうというのは言わずもがなだ。
公民館の受付に声をかけると応接室へと通されたが、埃っぽくてソファは薄汚れてる。
叶冬は入った途端にうわ、と嫌そうな顔をして着物を畳んだ。明らかに高級なそれが汚れるのは嫌なのだろう。
まるで客を歓迎する気の見られないその部屋で待っていると、背の低い中年の男性がやって来た。男は工場員のような作業着を着ていて煤や泥で汚れている。やはり客を歓迎する気が見られない。
「富が沼町内会会長の佐伯修平です」
「御縁金魚屋の御縁叶冬です」
叶冬は名刺交換をしようとしていたが、佐伯は持ち合わせがないと言って片手で受け取るとすぐにズボンのポケットへ放り込んでしまう。
これは名刺交換のマナーを知らないのだろうことは秋葉にも分かった。
それにアポイントを取ってやって来る客がいるならお茶を出すのが礼儀だ。別にお茶が飲みたいわけではないが、部屋は汚い服も汚い礼儀もマナーも何も無い大人はあまり好きになれなかった。
「まさか店長自ら足を運んで下さるとは」
「うちの金魚が活躍する場所を見ておきたいと思いまして」
「さすが金魚屋さんですね。ところでそっちの子は誰です?」
「金魚に詳しい金魚の少年です。子供を連れ戻したいのなら若い感性も必要でしょう。きっとお役に立てるかと」
「へえ。こんな細い子が大丈夫ですか」
金魚に詳しいわけではないのでそれを疑われるのは別に構わないが、それと身体の細さは何の関係があるのか。あったとしても訝しげにじろじろ見るというのは単純に感じが悪い。
イラついたのが顔に出たのか、叶冬にぽんっと背を軽く叩かれた。
――そうだ。これは仕事なんだ。
ここで不愉快さを露骨に出せば佐伯と同レベルだ。秋葉は叶冬の笑顔で落ち着きを取り戻し、ふうとため息を吐いた。
それにしても、叶冬は想像以上にきちんとしていた。てっきりいつもの調子で意味不明なことを言い出すのではないかと心配していたが、礼儀正しいし普通に喋る姿。着物を脱いだのも失礼がないようにかもしれない。
秋葉は金魚屋の店員ではないが、一緒にいる以上は迷惑を掛けないようにしなければと改めて姿勢を正した。
「では先に手続きをしましょう。書類はご記載いただけましたか」
「はい。こちらに」
「有難う御座います。拝見します」
通常手続きの全てはオンラインで済ませているらしい。だが佐伯はパソコンが苦手だとかでPDFとは何ぞやから説明せねばならなかったらしく、その方が面倒なので今回は話を聞くついでに手書きにすることにしたらしい。
まだ四十代だろうに、今時パソコンが苦手で仕事はできるのだろうか。それとも作業着が汚れ切っているのを見るに肉体労働なのだろうか。
書類を書く手も遅く文字も流れているので読みにくい。しかもこれは何を書くんですか、電話番号は公民館でいいですか、等逐一質問をしているのも苛立ちを覚えた。
相手に気配りもせず自分で考えることもしないというのは秋葉の苦手なタイプでついあら捜しをしてしまうが、叶冬はにこにこと微笑んで回答をしている。社会人って大変だなと思っていると、ところで、と叶冬は話を変えた。