第2話

文字数 1,316文字

       2

 神代の戦の体験の翌日から、士官学校のユウリのクラスにフィアナが来た。エデリアの軍学校からの交換留学生としてだった。
「こ、この学校の絶対的エースのわたしが、超初心者のビギビギのビギナーにこうもこてんぱんにされるとは。やってくれるじゃないですか転校生。プ、プライドがぱきっとへし折られちゃいましたよ」
 肩下まで至る豊かな茶髪を有する少女が、目を見開き驚嘆の声を上げた。「ちょこん」という表現がしっくりくる小柄さだが、大きくて澄んだ碧眼はおそろしく清らかである。
 少女の名は、カノン・マルカス。フィアナと同じ一六歳だが身長は頭一つ低く、見かけは十二、三歳だった。
 交換留学二日目の昼休み、フィアナは椅子に座ってカノンと対峙していた。二人の間にある机には、鳥を象った駒がたくさん置いてある盤が見られた。ルミラリアで親しまれているボードゲーム「鳥棋(ちょうぎ)」である。
 周囲にはユウリを含めて、二十人近い生徒がいた。その多くは男で、興味深げな視線を盤上に向けている。
「ふふん、この手のゲームはエデリアにもあるのよ。そして私の戦績は百六十二勝三敗。つまりほぼ敵なしなのよね。だから私にもプライドがある。絶対に負けるわけにはいかないの。あと私は転校生ではないわ」
 背筋を伸ばした姿勢のフィアナはきっぱりと告げた。いつもの自信に満ちた眼差しをカノンに向けている。
 するとカノンのわななきが止まった。潤んだ瞳できっとフィアナをにらみ返し、可憐な朱色の唇を開く。
「だがしかーし! わたしはプライドの高さでもこの学校のエースなのです! だから再戦! ひたすら再戦! わたしが勝つまで再戦です!」
 びしり! カノンは華奢な右手を水平に掲げた。伸ばしきった人差し指は、フィアナの鼻のわずか手前に位置している。
(まったく、この学校の童女キャラはどうしてこうもくせ者ばっかなんだよ?)ユウリは嘆息する。
「性格が残念な、童女にしか見えない美少女」男子生徒の間でのカノンの評価だった。ただ本人は噂には無頓着なほうで、外見だけは称賛されている事実も気づいていない様子である。そして何よりのユウリにとっての難点は。
「見てて下さい、ユウリ君! その麗しい両眼をぐっと見開いて! わたしはあなたの愛の力で、転校生フィアナ・マリアーノという最高峰を見事、撃破して見せますゆえ!」
「……お、おう。まあそこそこに頑張ってくれ。あとフィアナは転校生ではないな」
 カノンの決意に満ちた宣言に、ユウリはおずおずと返答した。しかしカノンは、眩しいようなものを見る目を止めない。
 他の生徒からの好奇の目を感じ、ユウリは小さく俯いた。およそ一年前、ユウリは席が隣になった関係で色々と面倒を見てやった。するとどういうわけか、カノンはユウリを運命の人とロックオンしたのだった。悪い気はしないのだが、恋愛感情まではいまだなかった。
 カーン、カーン。時計塔の中段にある鐘が鳴り響いた。昼休み終了の合図だった。
「ああもう! 鐘の音がわたしの行く道の邪魔をする! 創造神ルミラルよ! あなたには慈悲の心はないのですか!」
 何やら一人で叫んでいるカノンを置いて、ユウリたちは皆、自席に戻っていった。
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