第15話

文字数 2,776文字

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(何だあの姿は。無機的というか、生物って感じがしない。というか翼もないのにどうやって宙に浮いてるんだ。……気味が悪いな)
 ユウリは変身したリグラムを注視しつつ思考を巡らせていた。
「まずは翼なき者にはご退場願おうか。神聖なる戦場に不相応極まりない」
 リグラムが冷静な調子で言い捨てた。するとユウリの視界の端に、純黒の物体が入った。
 ユウリははっとしてそちらに顔を向けた。人間大の渦があり、近くにシャウアがいた。難しい面持ちでリグラムを見ていて、背後の渦に気づいていない。
「シャウア、後ろだ!」ユウリは右手を口に添えて大声を出した。
 シャウアはきょとんとした顔になり、振り向いた。しかしすでに遅かった。渦はぐわりと大きさを増し、シャウアの身体を包み始めた。
「シャウア!」フィアナの悲鳴が耳をつんざく。シャウアは手足をばたつかせる。だが渦は完全に全身を包み、収縮し始めた。渦はやがて点になり、跡形もなく消え去った。
「シャウアをどこへやった!」ユウリは声を荒げた。
「答える義理などありはしないよ」落ち着いた声音でリグラムは応じる。
(くそっ!)ユウリが心中で毒づいていると、リグラムが頭から前進した。魚が水中を行くような奇妙な動きだった。
 右、左。ユウリは雷槌を振り回した。二筋の雷がリグラムへと向かう。
 リグラムはぬるりと空中を滑り、雷を躱した。速度を上げてユウリに迫ってくる。
(普通の悪竜(ヴァルゴン)みたいに予備動作がないから、捉えにくいったらない! 線がダメなら面で攻撃だ!)
 ユウリは雷槌を消して風扇を出した。身体の後ろにテイクバックし、斜め上へと振り抜く。
 緑色の暴風が吹き荒れ、リグラムに到達。リグラムはその場に縫い止められる。
 トライデント片手にフィアナが滑空。静止したリグラムへと突きを放つ。
 刹那、リグラムの皮膚の一部が銀色に変わった。トライデントはそこに当たり、ギンッ! 鈍い金属音がして弾かれる。
 フィアナは反動でのけぞった。リグラムは向き直り、がぱりと口を大きく開けた。
 微細な黒色の何かが吐き出され始めた。フィアナはとっさに左手を振るい、子ユリシスの障壁を長方形に展開。防御に成功する。が。
 一度障壁に跳ね返された「何か」は、迂回してフィアナに向かい始めた。ユウリは瞠目して目を凝らす。
(小さな、悪竜(ヴァルゴン)? それも俺とフィアナが戦った奴よりずっと小さな……)
 推察する間にも、極小悪竜(ヴァルゴン)はフィアナに迫っていく。ユウリは再び風扇を振るった。風が発生し、フィアナのすぐ前に至った。極小悪竜(ヴァルゴン)は身体側面に食らい、はるか向こうへと吹き散らされる。
「ありがとユウリ!」朗々と言い放ち、フィアナはもう一本トライデントを生成。二本を同時に投擲する。
 だがリグラムは身体を部分的に金属化。トライデントは二本とも命中するが、ダメージは与えられない。
「身体がダメなら、顔です!」キビタキ化による移動で、カノンがリグラムの頭部に迫った。黒黄刀を振り下ろし顔面を両断せんとする。
 キンッ! カノンの斬撃も金属化によって阻まれた。リグラムは尾をぶん回し、カノンの胴体を狙う。
 カノンの姿が一瞬で消えた。すぐにひらりとアゲハがユウリの元に飛んできて、人間になった。
「やっかいですね。どれだけ高速で攻撃を加えても、それを上回る超反応で皮膚を金属に変えちゃうんですから」
 形の良い顎に右手を添えて、カノンは思慮深い様に呟いた。
「金属…………。電気なら、通るか?」ユウリは呟いた。
「それよユウリ! やってみましょう!」少し離れた位置からフィアナが言い放った。
 するとリグラムの全身の至るところに、切り込みのような白線が生じた。一秒もしないうちに、次々と線は膨らんでいく。
「全身に、口?」ユウリが言葉を漏らすや否や、リグラムの数多の「口」からうじゃうじゃと何かが現れた。極小悪竜(ヴァルゴン)だった。リグラム同様、のっぺりとした外形で、キィキィと深いな鳴き声が不気味だった。数は千では利かないように思える。
「来るわよ!」危機感たっぷりにフィアナが叫ぶと、極小悪竜(ヴァルゴン)の大群が三手に分かれた。
(なんて数だ!)ユウリは戦慄しつつ、「カノン! 俺の後ろに来い!」と言い放った。刀では多数の敵に対応できないと考えてだった。
「ごめんなさいユウリ君!」カノンは申し訳なさそうにユウリの後ろに移動した。
 ユウリは風扇を大きく横薙ぎにした。緑色の風が渦を巻き、極小悪竜(ヴァルゴン)に襲いかかる。
 大多数は風を受けて吹き飛ばされていった。だが攻撃範囲の端だった者は、大きくは後退せずユウリたちに接近してくる。
(くそっ! 切りがない!)焦燥に駆られつつ、ユウリは雷槌を両手持ちした。己の内から生じるインスピレーションに従い、「雷晶壁(ディアクラスタ)!」新技を詠唱し、胸の前で柄の先端を基転に回転させる。
 バリリッ! 雷鳴が轟き、雷槌の頭部から雷の線が伸びた。雷槌が一回転すると、眼前に雷の壁が顕現。形状は正六角形で、幅はユウリの伸長の三倍近くある。
 次々と極小悪竜(ヴァルゴン)が雷壁に激突。瞬時に帯電して戦慄き、地面へと墜落していった。
 極小悪竜(ヴァルゴン)の大波が途切れ、ユウリはフィアナに視線を向けた。
 フィアナは障壁とトライデントで極小悪竜(ヴァルゴン)に対処していた。だが、その内のいくらかには突破を許しており、身体のあちこちに極小悪竜(ヴァルゴン)が貼りついていた。
「ああっ!」フィアナが苦しげに呻いた。トライデントが落下していく。
 ユウリははっとしてフィアナへと飛んでいった。風扇を小振りし弱めの風を発射。フィアナに当たると、取り付いていた極小悪竜(ヴァルゴン)が剥がれていった。
 苦痛の表情をしていたフィアナは、きっと己に付いていた極小悪竜(ヴァルゴン)たちを睨んだ。一足飛びに近づくとトライデントを振るい、次々と命を刈り取る。
 カノンがフィアナの隣に着いた。恐ろしい速度で黒黄刀を操り、残った敵を屠っていく。
 ユウリも追いついて援護し、極小悪竜(ヴァルゴン)を全数片付けた。「くっ!」フィアナが唐突に右腕を押さえて身体を丸めた。
「フィアナ!」ユウリはフィアナの全身を注視する。濃紺の軍服はあちこちに破れがあり、覗く皮膚かはおびただしい量の血が出ていた。特に右腕は酷かった。
「あいつらに、噛まれて……。ごめん、ユウリ。足手まとい、よね」
 はあはあと辛そうに呼吸しながらフィアナは謝罪した。
「成程。この攻め手はなかなかに有効なようだな。では遠慮無く、もう一度試させて貰おうか」
 怪しげな口振りで言葉を吐くと、ぐぱり。再びリグラムの全身の「口」が開いた。すぐさまぐじゃぐじゃと、無数の極小悪竜(ヴァルゴン)が体外に出てくる。
「──まだあれだけいるのかよ」ユウリは眉を顰めて呟いた。
「ユウリ君。わたしの大事な黒黄刀に、あなたの雷を。それでわたしは、あの悪魔を討ちます」
 カノンは顔の前で黒黄刀を掲げた。小さな顔には強い決意の色が滲んでいる。
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