第9話

文字数 1,310文字

       9

 その後、ユウリとフィアナは助けた女の子を教員に預け、学校を出た。悪竜(ヴァルゴン)は聖都の至るところに出現しており、二人は各所を転戦した。傷はいくらか負ったがそう苦戦はせず、次々と悪竜(ヴァルゴン)を倒していった。
 残敵を探して、二人は大聖堂の前まで来た。巨大な石造りの建造物の前の道に悪竜(ヴァルゴン)が一体いた。低く唸りつつカノンと対峙している。カノンの背後には、十人近くの男女が立っていた。白色の祭服姿の者に混じり、士官学校の生徒もいる。
 カノンは右足を前に出し、左腰の辺りに黒黄刀を据えている。眼差しは鋭く、普段のお茶目さは微塵もなかった。
 悪竜(ヴァルゴン)の頭が微動した。カノンの右足が滑る。一瞬遅れて黒黄刀が一閃。
 カノンは風のように駆け抜け、悪竜(ヴァルゴン)の背後に至った。悪竜(ヴァルゴン)の身体はぐらつき、地面に倒れ伏した。
 流麗な抜刀術に周囲から歓声が上がった。中には拍手する者もいる。カノンはぺこぺこと、小動物じみた軽快な挙動で何度もお辞儀をしている。
「カノン!」ユウリが呼ぶと、カノンは動きを止めた。花咲くような笑顔をユウリに向けてくる。
「ユウリ君! どうですか! 私、完・全・勝・利です! 見事な居合い切りだったでしょう! 褒めて褒めて!」
 無邪気な台詞にユウリは苦い思いを抱く。
「戦いっぷりは完璧だったよ。けど、これだけ味方がいるのになんで一人で戦ってたんだ?」
「自己研鑽のためです。普通の悪竜(ヴァルゴン)の一匹や二匹、らくしょーで勝てないといけませんから」
 ユウリの詰問にもカノンのにこにこ顔は崩れない。
「わざわざ危険な橋を渡る必要はないだろ。全員でかかれば瞬殺できるんだからさ」
「でもユウリ君。神代の戦では、フィアナさんがいるとはいえメイサ先生抜きで戦ったんですよね? 人のことを言える立場かどうかには、議論の余地がありそうな感じですけれど」
 丸い顎に人差し指を添え、カノンはこてんと首を傾けた。きょとんとした面持ちでユウリを見つめている。
「……そうだな、ごめん」ユウリはしめやかに謝った。場の雰囲気が微妙な感じになる。すると「メイサ・アイシスだ。重要な連絡があるから傾聴するように」どこからともなく女の子の可愛らしい声が響き始めた。
「私たち侵攻部隊は悪竜闇星(ヴァルゴン・ウステル)に乗り込み、敵の根城を占領した。だが狡猾な悪竜(ヴァルゴン)どもは、命を捧げて悪竜闇星(ヴァルゴン・ウステル)に往来を妨げる障壁を張った。ゆえに、障壁を除去するまではルミラリアには帰還できない」
 朗々とした声音でメイサは状況を述べた。予想外の状況に眉を顰めつつ、ユウリは続きに耳を傾ける。
「読み通りルミラリアも攻撃を受けたか。まあ、ほとんど打ち倒せたようで何よりだ。苦労して、悪竜(ヴァルゴン)が苦手な音波を生む術を使っておいて正解だった。我ながら英断だったな」
 いつも通りの不遜な物言いに、ユウリは苦笑する。
「だがまだ事態は収束していない。エデリアの帝都も襲撃を受けている。戦える者は直ちに救援に赴くように。私たちも、障壁が除け次第向かう。ただ申し訳ないが、いつになるかの見通しは立たない。以上。健闘を祈る」
 メイサの説明が終わった。すぐに辺りがざわつき始める。
「早く向かいましょう、ユウリ!」焦った調子でフィアナが言い、ユウリとカノンは小さく頷いた。
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