第10話

文字数 1,833文字

       10

 ファルヴォスが舞い始めた。竜旋棍から黒炎波が射出される。間断なく四方八方に死の炎がまき散らされていく。
 ユウリは風扇を生成。片手であおいで風を起こし、炎の波をいなして躱す。
 少し先では、カノンが徐々にファルヴォスに近づいていた。ユウリのように異能力は使わず、純粋な見切りで避け続けていた。
「ユウリ君!」黒炎波をしゃがんで回避し、カノンはぴしりと言い放った。
「おう!」ユウリは即答し、雷槌を小振りした。雷が飛んでいき、カノンの黒黄刀に命中。するとバチバチと雷光を帯び始めた。
 黒黄刀は神鳥聖装(セクレドフォルゲル)由来。ゆえにその材質は特殊であり、電気を吸収して威力を増す性質があった。ただ一つ間違えればカノンが感電する、諸刃の剣の技だった。
 カノンがファルヴォスに急接近。斜め下から斬り上げる。神速の一撃。だが。
 黒炎がファルヴォスを包んだ。黒黄刀は防がれる。それでも、斬撃が当たった箇所にわずかに隙間ができた。
 ファルヴォス、竜旋棍を一閃。しかしカノンの反応も速い。刀の柄で棍を弾いて、身体への致命打を免れる。
 反動でカノンは後退していく。ファルヴォスは竜輪を飛ばす。金髪の男子が割って入った。両拳に取り付けた小盾で弾き軌道を変える。
(炎の壁が破れた? 高威力の技なら突破もできるのか?)
 ユウリは思案しつつ、雷槌を縦横に振るった。雷が四筋、ファルヴォスへと飛んでいく。
 またしても黒炎に阻まれた。それでもファルヴォスの気は引けた様子で、カノンたちは安全域へと移動できていた。
「ユウリ! できたぜ! あと十秒ちょいでブッ放す! そいつと戦い続けて、必殺の攻撃が躱されないようにしてくれ!」
 シャウアの必死そうな声がした。
「巻き添えは大丈夫なのかよ!」ユウリはファルヴォスから視線を外さずに答える。
「俺を誰だと思ってんだ! その心配はねえ! ユウリたちばっか矢面に立たせて悪りいが、もうちょい堪えてくれ!」
 力強いシャウアの返答を受けて、ユウリは雷槌を消して水盾を手に取った。意を決し、翼を羽ばたかせてファルヴォスへと接近する。
 シャウアの指示が聞こえていたのか、他の生徒も一斉にファルヴォスにかかっていった。
「羽虫ドモガ! 頭ガ高イゾ!」ファルヴォスが怒鳴った。竜旋棍を恐ろしい速度で振り回す。
 黒炎波が全方位に飛んだ。これまでとは比べものにならない数だった。生徒たちは各々の神鳥聖装(セクレドフォルゲル)でやり過ごそうとするが、凄まじき猛攻に次々と撃破されていく。
 水盾で防ぎ、風扇で逸らし、ユウリは徐々にだがファルヴォスに近づいていった。少し遠くではカノンが、神がかった身体の捌きで炎を避け続けていた。
 ファルヴォスの目の前まで至った。右手竜旋棍の一撃が来る。読んでいたユウリは水盾で防いだ。
 間髪入れずにファルヴォス、もう一本の竜旋棍を振るった。ユウリ、風扇で応じる。一瞬つばぜり合いになるが、「がっ!」激痛が生じる。竜旋棍がこめかみにぶち当たった。恐ろしい力に堪えきれず、風扇による防御は突破されたのだった。
 かすむ視界の端で、ファルヴォスが右の竜旋棍を構えた。今度は何の障害もなしだ。頭への一閃。ユウリは反射的に目を閉じた。
 ガキン! 金属音がした。一本の刀が竜旋棍とユウリの間に割り込んでいた。ユウリは持ち主に視線を向ける。
 カノンだった。鬼気迫る表情でファルヴォスを睨んでいる。
「カノン!」ユウリは叫んだ。
「させません! させるはずがないのです!」悲痛な口調でカノンは吠えた。丸く愛らしい瞳には薄く涙が浮かんでいる。
「よし、準備はバッチリだ! そんじゃあ行くぜお前たち! 高らかに、勇壮に、誇りを持って唱えろ!」
 シャウアが元気いっぱいに怒鳴った。ユウリはそちらへ目を向ける。蝶翼を身につけた十人ほどの生徒が、真剣な表情で立っていた。そして、一斉に息を吸い込んで、唱えた。
「「摂理(エデン)の真性は聖にして貴。されど神敵、暴悪なれば、邪に染まりても其を滅す。出でよ、黒神蝶!」」
 声が響き、空気に溶けていった。するとユウリたちの頭上に透明の何かが現出し、実体化した。
 全身が黒の一羽の蝶だった。威風堂々たる翼を小さくはためかせている。
(まさかあれは! 神代の戦の!)ユウリが絶句する一方で、黒神蝶を呼び出した生徒たちはほぼ同時に両手を組み祈り始めた。
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