第2話
文字数 3,993文字
通路を抜けて広場に出ると、ふたりはフラワーガーデンの周りにあるベンチに腰かけた。
小夜子は先ほど美咲から貰ったハンカチを取り出すと、両手いっぱいに広げてみる。ハンカチは大人用のそれよりふた回りほど小さく、真っ白い生地に中央が黄色になっているピンクの花びらの可愛らしい花が、三輪ほど刺繍されている。
「この花、なんだろうな。お前分かるか?」
「だぶん、コスモスじゃないかしら。キク科コスモス属の総称で、学名も同じコスモス。秋桜(あきざくら)とも呼ばれるように、秋に咲く一年草で赤、白、ピンクの色が特徴的ね。ちなみに花言葉は『少女の純真』だったかも」
「ウキペディアか、お前は」
「これくらい常識よ」
「すごいな、俺なんか花といえば薔薇とヒマワリしか分からん」
「逆にそっちの方がすごいわ」
「じゃあ、この花壇の花は何ていうんだ?」
小夜子はフラワーガーデンに咲き誇る花に目を向けると、あっけらかんとした顔をする。
「知~らない!」
「お前の頭はどうなっているんだ?」
再びハンカチに視線を戻した小夜子は、急に目を近づけた。
「ねえ見て、ここにイニシャルがあるわ」
見ると、ハンカチの右下に小さく『K・M』と縫い付けてある。
「北鳴門美咲だからK・Mか」
「でも、普通逆じゃない?」
「子供だから、その方が分かり易くていいんじゃないか?」
「そうかしら」
小夜子にはそういったものの、高野内はずっと違和感を抱いていた。
徹底した秘密主義で、シャッフルから予告状が来ても、決して船員に協力を申し出ようとしない北鳴門大輔。たどたどしい態度を見せる妙子夫人。呼ばれ方にこだわる美咲。寡黙な秘書の寺山田。そして得体のしれないボディーガードのデービッド。
“この家族には何か秘密があるに違いない”
高野内はそう確信していた。
「あら、高野内さんじゃありませんか」
突然の声に高野内は色めきだった。思わず、その声の主に顔を向けると、そこには大野城エイラが太陽の笑顔を向けていた。
高野内は縮んだバネが戻るように飛び上がると、昨夜の握手の時の感触が蘇る。今日の彼女は、人目を避けるためか、厚手の濃いサングラスをかけており、カジュアルなこげ茶色のブラウスに同色のタイトスカート。アクセントとしての足元のワインレッドのヒールが目を引かずにはいられない。服の上からでも豊満な胸の形がはっきりと判り、ワンレンの髪はやっぱり艶々しく輝いていて、昨日とはまた、別の香水が漂ってくる。明るい照明の下で、彼女の肌は一層透き通って見えた。
飯田橋副船長との関係が気が気でない高野内は、探りを入れてみることにした。「昨夜はどうも。せっかくのデートを邪魔してすみませんでした」
飯田橋は肯定したが果たしてエイラはどう答えるのか? 必死に祈る哀れな探偵と、後ろで呆れるその助手。
「デート? う~ん、デートと言われればデートだし、そうじゃないと言われればデートじゃないし……」
どっちだよ。
少なくとも、いわゆる男女の関係では無さそうだが、本当のところは判らない。彼女はグラビアアイドルであり女優でもあるからだ。表情から心理状態を読み取るという高野内の才能は、ここでも発揮されなかった。尤も発揮したところで――。
「どうしてこちらに?」小夜子が尋ねた。
そうだ、ここはスイートルーム専用フロアだ。まさか、北鳴門と知り合いとは思えない。ということは、もしかして?
「ここに私の部屋があるんです。今、ちょうどエステサロンの帰りなんですの」
「スイートですか、いやさすがですね。やっぱり大野城さんにはここがお似合いです」高野内はうっとりしながら顔をほころばす。
だが、エイラの返事は微妙な感じだった。
「でも、ここだけの話、正直苦手なんです……本当は、もっと下のクラスの部屋で良かったのに、飯田橋さんの計らいで、あんな立派な部屋になってしまいました――私ひとりでは広すぎて持て余します」
その言葉に疑問を抱いた。日本を代表するグラビアアイドルが、まさか一人で旅行しているとは、にわかには信じがたい。飯田橋と同じ部屋ではないことがせめてもの救いだ。
「お一人なんですか? ご家族とか、お友達とか、マネージャーさんとか、一緒に来られなかったんですか?」
「こう見えて私、友達いないの。……芸能界って派手に見えるでしょうけど、案外、孤独者の集まりなのよ。それに訳あって家族とは今、疎遠なんです。今回の旅行もある事情があって独り旅ですの」
ある事情とは一体何だろう。女性の独り旅といえば、例えば、失恋とか、失恋とか、失恋とか……それしか思いつかない。
「そうでしたか。すみません、つまらないこと訊いてしまいましたね。――そういえば大野城さん……」
「エイラでいいわ」クスっと笑みをこぼしながら言った。
「では、エイラさん。もしかして、お昼は松矢野さんと一緒じゃなかったですか? たしか税理士の」
するとエイラは目を丸くした。
「どうして知っているんですか? ――判った! 松矢野さん自身が話したのね。あの人ってホントおしゃべりなんだから。でも、まさか知り合いだったなんて」
そこで高野内は慌てて否定する。あんなガサツな関西人と同類だと思われたくはない。
「たまたま話をしたというだけで、知り合いという程ではないです。でも話によると、あなたの方からデートに誘ったとか」
「違うわよ。――確かに誘ったのは私ですけど、それは松矢野さんが税理士だと聞いて、お茶を飲みながら相談に乗ってもらっただけ。全然デートじゃないわ」
心の中でガッツポーズを取る高野内。しかし、ライバルが一人減ったところで、何の足しにもならないのだが――。それよりも、エイラは税理士の彼と何を相談したのだろう? まさかエイラは税金のトラブルでも抱えているのだろうか。訊きたいのはやまやまだが、プライベートを探って嫌われでもしたら元も子もない。ここはじっと堪えることにした。
「やっぱりそうでしたか。それを聞いて安心しました。松矢野さんとエイラさんとでは、とてもじゃないけど釣り合わないし」
「あらそうかしら? ああ見えて意外と紳士なのよ」
どこが?
松矢野が小夜子をナンパした顛末を暴露してやりたいが、ここは黙っておく。
「そういえば、後ろの方はどちらさんですか?」エイラは小夜子に視線を向けた。
「こいつは私の助手の峰ヶ丘です」
小夜子は語気を強めながらはっきりとした口調で言った。「峰ヶ丘小夜子です。エアコンの霧ヶ峰の方じゃなくて、峰ヶ丘です」
無理もない。今日だけで二回も間違われたのだから。もっとも松矢野の場合は確信犯だと思われるが。
エイラは小夜子の事を気に入ったらしく、「面白い人ね」と手を叩いた。「もしかして、あなたたちは付き合ってるの?」
咄嗟の事に唖然としたが、高野内は速攻で否定する。「まさか。こいつはただの……」
すると小夜子は言葉を遮り、とんでもないことを口走る。
「はい、付き合ってます! 私はこの人の恋人です!」
ええーっ!!??
いきなり恋人宣言をした小夜子は、高野内の腕に強引に抱きついてきた。
お前なんてことを言ってくれるんだ。
高野内の顔は真っ青である。
「残念ですわ。せっかく食事にでも誘おうと思ったのに」
エイラは髪をかき上げた。また甘い香りがしたが、今はそれどころではない。
「いや、それはコイツが勝手に……」
「どうぞ、お幸せに」
そういってエイラはスイートルームのある奥の廊下に向かった。
カードキーを差し込み、ドアノブに手を掛けたところで、エイラは、唖然としている高野内に顔を向ける。
「良かったら今度遊びに来ませんか? 今はちょっと散らかってますが、明日以降なら片づけておきますから。……高野内さんの話も聞きたいし。ふたりとも私のお友達になってくれると嬉しいな」
ドギマギして声が出せなかった。ようやく紡ぎ出た言葉は、「ありがとうございます。こいつとは今すぐにでも縁を切って、明日必ず伺います」だった。
友達でも構わない。エイラとお友達になれるのなら死んでも良かった。高野内はシャッフルの事なんて、もうどうでもよくなっていた。
「そういえば高野さんたちのお部屋はどちらですか?」
いきなり現実に引き戻される。
またその質問か。どうしてみんな、その質問をしてくるのだろう。いじめか。
高野内は適当に誤魔化す。「……現在、ある人の依頼である調査をしています。すみませんが、守秘義務がありまして私たちの部屋を教えることは出来ないんです。ご了承ください」
半分は本当だ。
「D-57号室です!」小夜子はあっさりと答えた。
エイラは思わずふき出すと、慌てて口を抑える。D等の事を笑ったのではなく、高野内のピエロ具合が面白かったらしい。
「そうでしたの。良ければ私の部屋と交換します?」
エイラは笑いをこらえるような素振りで部屋へと消えた。
がっくりと膝をついて頭を抱える。脳内の喜怒哀楽のルーレットが回ると、やがて『怒』のところで止まった。
「さー! よー! こー!」地獄の底から聞こえてきそうな唸り声。
すると、自称探偵の恋人から、何事も無かったかのように、あっけらかんとした声が聞こえた。
「エイラさん、意外といい人そうね。――私もエステに行って来ま~す!」
逃げるように去っていく小夜子。
やり場のない怒りを抑えながら、仕方がなくトボトボと甲板の喫煙所に向かった。煙草だけが彼を裏切らない。
五本目の煙草を灰にしたところで、ようやく怒りも収まり、それでも、戻るのはためらわれた。そこでもう一本灰にしてから、部屋に向かうことにした……。
小夜子は先ほど美咲から貰ったハンカチを取り出すと、両手いっぱいに広げてみる。ハンカチは大人用のそれよりふた回りほど小さく、真っ白い生地に中央が黄色になっているピンクの花びらの可愛らしい花が、三輪ほど刺繍されている。
「この花、なんだろうな。お前分かるか?」
「だぶん、コスモスじゃないかしら。キク科コスモス属の総称で、学名も同じコスモス。秋桜(あきざくら)とも呼ばれるように、秋に咲く一年草で赤、白、ピンクの色が特徴的ね。ちなみに花言葉は『少女の純真』だったかも」
「ウキペディアか、お前は」
「これくらい常識よ」
「すごいな、俺なんか花といえば薔薇とヒマワリしか分からん」
「逆にそっちの方がすごいわ」
「じゃあ、この花壇の花は何ていうんだ?」
小夜子はフラワーガーデンに咲き誇る花に目を向けると、あっけらかんとした顔をする。
「知~らない!」
「お前の頭はどうなっているんだ?」
再びハンカチに視線を戻した小夜子は、急に目を近づけた。
「ねえ見て、ここにイニシャルがあるわ」
見ると、ハンカチの右下に小さく『K・M』と縫い付けてある。
「北鳴門美咲だからK・Mか」
「でも、普通逆じゃない?」
「子供だから、その方が分かり易くていいんじゃないか?」
「そうかしら」
小夜子にはそういったものの、高野内はずっと違和感を抱いていた。
徹底した秘密主義で、シャッフルから予告状が来ても、決して船員に協力を申し出ようとしない北鳴門大輔。たどたどしい態度を見せる妙子夫人。呼ばれ方にこだわる美咲。寡黙な秘書の寺山田。そして得体のしれないボディーガードのデービッド。
“この家族には何か秘密があるに違いない”
高野内はそう確信していた。
「あら、高野内さんじゃありませんか」
突然の声に高野内は色めきだった。思わず、その声の主に顔を向けると、そこには大野城エイラが太陽の笑顔を向けていた。
高野内は縮んだバネが戻るように飛び上がると、昨夜の握手の時の感触が蘇る。今日の彼女は、人目を避けるためか、厚手の濃いサングラスをかけており、カジュアルなこげ茶色のブラウスに同色のタイトスカート。アクセントとしての足元のワインレッドのヒールが目を引かずにはいられない。服の上からでも豊満な胸の形がはっきりと判り、ワンレンの髪はやっぱり艶々しく輝いていて、昨日とはまた、別の香水が漂ってくる。明るい照明の下で、彼女の肌は一層透き通って見えた。
飯田橋副船長との関係が気が気でない高野内は、探りを入れてみることにした。「昨夜はどうも。せっかくのデートを邪魔してすみませんでした」
飯田橋は肯定したが果たしてエイラはどう答えるのか? 必死に祈る哀れな探偵と、後ろで呆れるその助手。
「デート? う~ん、デートと言われればデートだし、そうじゃないと言われればデートじゃないし……」
どっちだよ。
少なくとも、いわゆる男女の関係では無さそうだが、本当のところは判らない。彼女はグラビアアイドルであり女優でもあるからだ。表情から心理状態を読み取るという高野内の才能は、ここでも発揮されなかった。尤も発揮したところで――。
「どうしてこちらに?」小夜子が尋ねた。
そうだ、ここはスイートルーム専用フロアだ。まさか、北鳴門と知り合いとは思えない。ということは、もしかして?
「ここに私の部屋があるんです。今、ちょうどエステサロンの帰りなんですの」
「スイートですか、いやさすがですね。やっぱり大野城さんにはここがお似合いです」高野内はうっとりしながら顔をほころばす。
だが、エイラの返事は微妙な感じだった。
「でも、ここだけの話、正直苦手なんです……本当は、もっと下のクラスの部屋で良かったのに、飯田橋さんの計らいで、あんな立派な部屋になってしまいました――私ひとりでは広すぎて持て余します」
その言葉に疑問を抱いた。日本を代表するグラビアアイドルが、まさか一人で旅行しているとは、にわかには信じがたい。飯田橋と同じ部屋ではないことがせめてもの救いだ。
「お一人なんですか? ご家族とか、お友達とか、マネージャーさんとか、一緒に来られなかったんですか?」
「こう見えて私、友達いないの。……芸能界って派手に見えるでしょうけど、案外、孤独者の集まりなのよ。それに訳あって家族とは今、疎遠なんです。今回の旅行もある事情があって独り旅ですの」
ある事情とは一体何だろう。女性の独り旅といえば、例えば、失恋とか、失恋とか、失恋とか……それしか思いつかない。
「そうでしたか。すみません、つまらないこと訊いてしまいましたね。――そういえば大野城さん……」
「エイラでいいわ」クスっと笑みをこぼしながら言った。
「では、エイラさん。もしかして、お昼は松矢野さんと一緒じゃなかったですか? たしか税理士の」
するとエイラは目を丸くした。
「どうして知っているんですか? ――判った! 松矢野さん自身が話したのね。あの人ってホントおしゃべりなんだから。でも、まさか知り合いだったなんて」
そこで高野内は慌てて否定する。あんなガサツな関西人と同類だと思われたくはない。
「たまたま話をしたというだけで、知り合いという程ではないです。でも話によると、あなたの方からデートに誘ったとか」
「違うわよ。――確かに誘ったのは私ですけど、それは松矢野さんが税理士だと聞いて、お茶を飲みながら相談に乗ってもらっただけ。全然デートじゃないわ」
心の中でガッツポーズを取る高野内。しかし、ライバルが一人減ったところで、何の足しにもならないのだが――。それよりも、エイラは税理士の彼と何を相談したのだろう? まさかエイラは税金のトラブルでも抱えているのだろうか。訊きたいのはやまやまだが、プライベートを探って嫌われでもしたら元も子もない。ここはじっと堪えることにした。
「やっぱりそうでしたか。それを聞いて安心しました。松矢野さんとエイラさんとでは、とてもじゃないけど釣り合わないし」
「あらそうかしら? ああ見えて意外と紳士なのよ」
どこが?
松矢野が小夜子をナンパした顛末を暴露してやりたいが、ここは黙っておく。
「そういえば、後ろの方はどちらさんですか?」エイラは小夜子に視線を向けた。
「こいつは私の助手の峰ヶ丘です」
小夜子は語気を強めながらはっきりとした口調で言った。「峰ヶ丘小夜子です。エアコンの霧ヶ峰の方じゃなくて、峰ヶ丘です」
無理もない。今日だけで二回も間違われたのだから。もっとも松矢野の場合は確信犯だと思われるが。
エイラは小夜子の事を気に入ったらしく、「面白い人ね」と手を叩いた。「もしかして、あなたたちは付き合ってるの?」
咄嗟の事に唖然としたが、高野内は速攻で否定する。「まさか。こいつはただの……」
すると小夜子は言葉を遮り、とんでもないことを口走る。
「はい、付き合ってます! 私はこの人の恋人です!」
ええーっ!!??
いきなり恋人宣言をした小夜子は、高野内の腕に強引に抱きついてきた。
お前なんてことを言ってくれるんだ。
高野内の顔は真っ青である。
「残念ですわ。せっかく食事にでも誘おうと思ったのに」
エイラは髪をかき上げた。また甘い香りがしたが、今はそれどころではない。
「いや、それはコイツが勝手に……」
「どうぞ、お幸せに」
そういってエイラはスイートルームのある奥の廊下に向かった。
カードキーを差し込み、ドアノブに手を掛けたところで、エイラは、唖然としている高野内に顔を向ける。
「良かったら今度遊びに来ませんか? 今はちょっと散らかってますが、明日以降なら片づけておきますから。……高野内さんの話も聞きたいし。ふたりとも私のお友達になってくれると嬉しいな」
ドギマギして声が出せなかった。ようやく紡ぎ出た言葉は、「ありがとうございます。こいつとは今すぐにでも縁を切って、明日必ず伺います」だった。
友達でも構わない。エイラとお友達になれるのなら死んでも良かった。高野内はシャッフルの事なんて、もうどうでもよくなっていた。
「そういえば高野さんたちのお部屋はどちらですか?」
いきなり現実に引き戻される。
またその質問か。どうしてみんな、その質問をしてくるのだろう。いじめか。
高野内は適当に誤魔化す。「……現在、ある人の依頼である調査をしています。すみませんが、守秘義務がありまして私たちの部屋を教えることは出来ないんです。ご了承ください」
半分は本当だ。
「D-57号室です!」小夜子はあっさりと答えた。
エイラは思わずふき出すと、慌てて口を抑える。D等の事を笑ったのではなく、高野内のピエロ具合が面白かったらしい。
「そうでしたの。良ければ私の部屋と交換します?」
エイラは笑いをこらえるような素振りで部屋へと消えた。
がっくりと膝をついて頭を抱える。脳内の喜怒哀楽のルーレットが回ると、やがて『怒』のところで止まった。
「さー! よー! こー!」地獄の底から聞こえてきそうな唸り声。
すると、自称探偵の恋人から、何事も無かったかのように、あっけらかんとした声が聞こえた。
「エイラさん、意外といい人そうね。――私もエステに行って来ま~す!」
逃げるように去っていく小夜子。
やり場のない怒りを抑えながら、仕方がなくトボトボと甲板の喫煙所に向かった。煙草だけが彼を裏切らない。
五本目の煙草を灰にしたところで、ようやく怒りも収まり、それでも、戻るのはためらわれた。そこでもう一本灰にしてから、部屋に向かうことにした……。