第1話
文字数 1,750文字
部屋に戻ると、ふたりは仮眠を取ることにした。小一時間ほど横になり、やがて起き上がって壁の時計を見ると、針は五時十六分を指していた。
少し早めのディナーを提案しようと小夜子の方を見ると、いつの間にか薄紅色のイブニングドレスに着替えていた。肩からは、昨日のとは違う紫のハンドバッグが下がっており、金具のところにシンボルらしきマークが見えた。おそらく高級ブランドのマークだろうが、高野内は知る由もない。彼が分かるのはルイ・ヴィトンとシャネルだけだったからだ。
「そんな恰好じゃ、いざという時に動き辛いだろう。さっきみたいに絡まれたらどうするんだ?」
そう声を掛けると、小夜子からは陽気な声が返って来た。
「その時は、あなたがちゃんと守ってくれるんでしょう? オシャレは女のたしなみよ。――大丈夫。明日はちゃんとした格好をするから。それよりあなたも少しはオシャレに気を配ったら? まさか一週間もその恰好でいるつもりなの?」
そのまさかであった。高野内は何が悪いといった顔を小夜子に向ける。
部屋を出てエレベーターに乗り込むと、途中で外国人らしき男が乗り込んできた。
身長は百九十センチくらいあり、白のワイシャツに迷彩柄のズボンを履いる。頭はスキンヘッドで、幅の広く色の濃いサングラスをしていた。褐色の彫りの深い顔立ちで年齢は四十歳前後に思えたが、サングラスのせいではっきりしない。シャツの上からもしっかりと分かる程の鍛え上げられた筋肉をしていて、高野内たちが入ってくるなり、その威圧的な顔をふたりに向けた。どう見ても一般客の風貌ではない。おそらくは警備員か……いや警備員なら制服を着ている筈だ。だとしたらボディーガード。ボディーガードと言えば――。
「オ前ガ高野内カ」
男は抑揚のない独特の言い回しで、いきなり話しかけてきた。おそらく日本語はあまり得意ではないのだろう。高野内の事を知っているという事は、彼はもしかして――。
「もしかして、デービッドさんですか?」
高野内は、さっき北鳴門が言っていた話を思い出していた。確かそんな名前のボディーガードがいると。
小夜子を見ると明らかに怯え、高野内の背中ですくみあがっている。
「話ハ聞イテイル。余計ナ事ハスルナ」
デービッドの機械的とも取れる拙 い話し方とその風貌に、高野内はアーノルド・シュワルツェネッガー演じるターミネーターを重ねた。
「余計な事とはどういう意味です。俺たちは北鳴門さんの依頼を受けて、協力しようとしているのですよ」
「アレハ我々ガ守ル。オ前ニ用ハナイ」
ターミネーターはそう言うと、顔を階数表示のランプに向け、それ以上の言葉を発しなかった。
やがてエレベーターがレストランのフロアに着くと、彼もまた降りてくる。やがて直角に進路を変えると、ハンバーガーショップの中へと消えていった。
俺たちに用がないとはどういう意味だろう。いくらあの男が屈強なボディーガードだとしても、シャッフル相手にかなうわけがない。
だが、高野内は左の脇の部分に僅かな膨らみがあるのを見逃さなかった。そこに拳銃を忍ばせているのだと確信した。
ターミネーターのことは気になったが、まずは腹ごしらえと、レストラン街の入り口で案内板を見る。高野内と小夜子は、迷った挙句、今夜はイタリアンの店に入ることにした。
時間が早いせいか、店内は閑散としており、五十席ものテーブルには親子連れが二組いるだけだった。
メニューを広げて、お勧めとあるスペシャルコースを注文すると、高野内は腕をテーブルに乗せながら身を乗り出した。
「なあ、どう思う?」
「どう思うって?」
「さっきのターミネーター。物凄く怪しくないか?」
「ターミネーター?」
「デービッドの事だよ」
すると小夜子は、さっきまであんなに怯えていたはずなのに、今は楽し気に「ダダン、ダン、ダダン」とターミネーターのテーマ曲を口ずさんだ。「別にいいんじゃない? ボディーガードなんだもの。あれ位あった方が頼もしいじゃない……誰かさんと違って」
小夜子の目が鋭く高野内を射抜く。
「悪かったな。どうせ俺なんか、すぐに殺されるザコキャラだよ」
「またひがんでる」
「ひがんで無えよ」
「やっぱりひがんでる」
ふたりのじゃれ合いは、ディナーが終わるまで続けられた。
少し早めのディナーを提案しようと小夜子の方を見ると、いつの間にか薄紅色のイブニングドレスに着替えていた。肩からは、昨日のとは違う紫のハンドバッグが下がっており、金具のところにシンボルらしきマークが見えた。おそらく高級ブランドのマークだろうが、高野内は知る由もない。彼が分かるのはルイ・ヴィトンとシャネルだけだったからだ。
「そんな恰好じゃ、いざという時に動き辛いだろう。さっきみたいに絡まれたらどうするんだ?」
そう声を掛けると、小夜子からは陽気な声が返って来た。
「その時は、あなたがちゃんと守ってくれるんでしょう? オシャレは女のたしなみよ。――大丈夫。明日はちゃんとした格好をするから。それよりあなたも少しはオシャレに気を配ったら? まさか一週間もその恰好でいるつもりなの?」
そのまさかであった。高野内は何が悪いといった顔を小夜子に向ける。
部屋を出てエレベーターに乗り込むと、途中で外国人らしき男が乗り込んできた。
身長は百九十センチくらいあり、白のワイシャツに迷彩柄のズボンを履いる。頭はスキンヘッドで、幅の広く色の濃いサングラスをしていた。褐色の彫りの深い顔立ちで年齢は四十歳前後に思えたが、サングラスのせいではっきりしない。シャツの上からもしっかりと分かる程の鍛え上げられた筋肉をしていて、高野内たちが入ってくるなり、その威圧的な顔をふたりに向けた。どう見ても一般客の風貌ではない。おそらくは警備員か……いや警備員なら制服を着ている筈だ。だとしたらボディーガード。ボディーガードと言えば――。
「オ前ガ高野内カ」
男は抑揚のない独特の言い回しで、いきなり話しかけてきた。おそらく日本語はあまり得意ではないのだろう。高野内の事を知っているという事は、彼はもしかして――。
「もしかして、デービッドさんですか?」
高野内は、さっき北鳴門が言っていた話を思い出していた。確かそんな名前のボディーガードがいると。
小夜子を見ると明らかに怯え、高野内の背中ですくみあがっている。
「話ハ聞イテイル。余計ナ事ハスルナ」
デービッドの機械的とも取れる
「余計な事とはどういう意味です。俺たちは北鳴門さんの依頼を受けて、協力しようとしているのですよ」
「アレハ我々ガ守ル。オ前ニ用ハナイ」
ターミネーターはそう言うと、顔を階数表示のランプに向け、それ以上の言葉を発しなかった。
やがてエレベーターがレストランのフロアに着くと、彼もまた降りてくる。やがて直角に進路を変えると、ハンバーガーショップの中へと消えていった。
俺たちに用がないとはどういう意味だろう。いくらあの男が屈強なボディーガードだとしても、シャッフル相手にかなうわけがない。
だが、高野内は左の脇の部分に僅かな膨らみがあるのを見逃さなかった。そこに拳銃を忍ばせているのだと確信した。
ターミネーターのことは気になったが、まずは腹ごしらえと、レストラン街の入り口で案内板を見る。高野内と小夜子は、迷った挙句、今夜はイタリアンの店に入ることにした。
時間が早いせいか、店内は閑散としており、五十席ものテーブルには親子連れが二組いるだけだった。
メニューを広げて、お勧めとあるスペシャルコースを注文すると、高野内は腕をテーブルに乗せながら身を乗り出した。
「なあ、どう思う?」
「どう思うって?」
「さっきのターミネーター。物凄く怪しくないか?」
「ターミネーター?」
「デービッドの事だよ」
すると小夜子は、さっきまであんなに怯えていたはずなのに、今は楽し気に「ダダン、ダン、ダダン」とターミネーターのテーマ曲を口ずさんだ。「別にいいんじゃない? ボディーガードなんだもの。あれ位あった方が頼もしいじゃない……誰かさんと違って」
小夜子の目が鋭く高野内を射抜く。
「悪かったな。どうせ俺なんか、すぐに殺されるザコキャラだよ」
「またひがんでる」
「ひがんで無えよ」
「やっぱりひがんでる」
ふたりのじゃれ合いは、ディナーが終わるまで続けられた。