第1話

文字数 1,745文字

 それからふたりでレストラン街に降りてみたが、どうにも食欲が湧かない。そこで踵を返し、ショッピング街で時間を潰す事にした。
 美咲たちを捜索した時は、ゆっくり見る余裕なんて無かったが、改めて見てみると、そこには、いろんな店があった。みやげ物屋はもちろん、貴金属店やブティックを始め、CDショップを兼ねた書店、ゲームセンターから質屋まで軒を連ねていて、それぞれが活気に満ちている。ちょっとした街と言えるだろう。ちょうど煙草が切れていたので、電器屋の隣にあるコンビニに足を入れた。入り口の貼り紙によると、この店は朝九時から深夜十二時までの営業らしい。
 窓際の雑誌コーナーに、大野城エイラが表紙のファッション誌が並べてあるのが目に止まり、自然に手が伸びる。巻頭で冬物のコートをオシャレに着こなして、はにかみながらポーズを決めている彼女は、昨夜や昼間のような大人びた雰囲気とは違い、コケティッシュな印象だった。水着の写真が無かったのは少し残念だったが、彼女と知り合いになり、小夜子と一緒とはいえ、部屋にまで誘われた事を思い出すと優越感に浸らざるを得ない。
 ページをペラペラとめくると、モデルたちのわざとらしい笑顔と、他愛のないゴシップ記事が続く。そこには『都市伝説! 雨の日しか現れない謎の骨董店』、『人気アイドル、ティンカーベルズ佐倉伊織 その衝撃の真実に迫る!』、『独占スクープ! 巨大ヒーロー、キョセイBの正体とは!』などの世俗的な見出しが踊っていた。
 雑誌を閉じて棚へと戻し、いつもの煙草を手にレジに向かうと、ちょうど小夜子が会計を済ませたところだった。小さい茶色の紙袋を、ポーチに素早く入れるのが目に留まる。
「おい、何買ったんだよ」
「女の子にそんな事訊かないの」小夜子は頬を膨らませる。
「ああ、ナプキンか」
「あなたって本当にデリカシーが無いのね」
「デモクラシーなら知っているけど」
「面白くないわよ。それにデモクラシーの意味、ちゃんと判ってるの?」
「……ほら、あれだろ? 『その日暮らしー』みたいな。そういえば『大将でも暗しー』って言葉もあったな」
「そんな言葉なんて無いわ。――子どもじゃないんだから、知らないと恥ずかしいわよ。ちゃんと辞書を引きなさい」
 買ったばかりの煙草をポケットに突っ込み、入り口の自動ドアへと向かうと、さっきの雑誌コーナーの向こうに、この場所に似つかわしくないと思われる物が目に飛び込んできた。
「小夜子、見てみろよ。こんなところで虫取り網が売ってあるぞ。海の上でどうやって虫を捕まえようってんだ?」
「そんな訳ないでしょう。よく見なさい、あれは玉網(タモ)よ。釣りなどに使う魚をすくう網」
「へえ、タモさんか」
「タモリさんみたいに言わないの」
 確かに、その横には釣り竿やテグスなどのフィッシングツールが並んでいる。近づいてみると、カラフルなルアーが目を引き、コンビニの一角とは思えないほどの充実ぶりだ。タモと呼ばれた網は、伸び縮み出来るようになっていて、説明書きのシールによると、最長三メートルまで伸びるらしい。
「でも、どうして船の中で釣り具を売っているんだ? この船から直接海に釣り糸を垂らしていいのか?」
「そんな事したって釣れる訳ないでしょう。この船は時速二十八ノットで運行しているのよ。フィッシングなんかやったら、たちまち竿が流されるわ」
「その二十八ノットって、どれくらいの早さなんだ?」
「車で言うと、五十五キロくらいかしら」
「じゃあ、なんで釣りもできないのに、そんなもの売っているんだ? みやげ用か?」
「そうじゃなくて、船の中で使うのよ」
「この船で釣りなんか出来るのか」
「それが弥生丸の売りの一つよ。客室の下のフロアに、プール程の釣り堀が設けられていて、船旅をしながら、ちょっとしたフィッシングも楽しめるの。釣り竿のレンタルもあるみたいだから、今夜の件が無事に片付いたら、明日にでも行ってみましょうよ。――実はそれも今回の旅の楽しみのひとつなの」
「釣るのは得意だろ? いろんな意味で」
「あなたこそ、しょっちゅう釣られているみたいですけど」

 店員の咳払いが聞こえ、二人は背中を丸めるように表に向かった……。
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