第4話

文字数 1,381文字

 気が付くと、すでに深夜十二時を回っていた。小夜子が欠伸を噛み殺すと、ふたりはバーを出て部屋に戻ることにした。
 途中、甲板の喫煙所に寄り道すると言って、小夜子とエレベーターホールで、一旦別れる事にした。
 その時、何者かが小夜子の後をつけている気配を感じ、辺りを探ってみた。しかし、それらしい人物は見当たらない。結局、気配の正体は判らずじまいだった。

 甲板に出ると、そこには誰もおらず、高野内は喫煙所でゆっくりと白い煙を吐き出す。夜空に輝く星々を眺めながら、明日の事を考えることにした。
 予告状によると、明日の今頃には怪盗シャッフルが現れることになっている。部屋の中には北鳴門夫妻と娘の美咲。秘書の寺山田とボディーガードのデービッドの五人がいるはずだ。元軍人だと北鳴門が言っていたデービッドは、おそらく拳銃を持っているだろうし、部屋の前の広場には高野内たちがスタンバイする予定になっている。入り口のドアと寝室には当然鍵が掛けられるだろうし、備え付けとはいえ、立派な金庫もある。正面からの侵入は恐らく不可能だろう。 
 ドアが駄目なら窓はどうだろうか? 
 しかし、北鳴門の話だと、部屋の窓はどれも転落防止のためか、せいぜい十センチ程度しか開かないという。その上、防弾ガラスになっているみたいだ。しかも、当然いずれの窓にも鍵が掛けられるはず。それに窓の下にはテラスも無く、海に直結しており、とてもよじ登れそうもない。部屋のすぐ上は甲板になっているが、そこにもクルーたちがいて、二十四時間監視しているらしい。窓からの侵入も全くの不可能に思えた。
 もし、仮にシャッフルが何らかの方法で部屋に侵入し、ダイヤを奪うことに成功したとしても、それをどこに隠すのだろうか? ここは海の上なのだから、いくら巧妙に隠したところで、とても隠し切れるものじゃない。さすがにその時は、北鳴門も警察に通報し、船員にも協力を求めるだろう。いずれ寄港した先で警察が乗り込んできて、下船する乗客や荷物を徹底的に調べ上げ、発見されるのは間違いない。つまりこの船全体が巨大な密室となる訳だ。豪華客船とスイートルームとその寝室の金庫。怪盗シャッフルは三重の密室に挑まなければならないのだ。
 以前調べた資料を思い起こす。奴は今まで、多少ケガを負わせることはあっても、人を(あや)めたりはしていない。だが、念のために、母娘は別の部屋に避難させておいた方がいいのかもしれない。確か北鳴門はスイートがもう一部屋空いていると言っていた。多少値が張るだろうが、それくらいは出し惜しみしないだろう。小夜子は満室だといっていたが、もっと安い部屋もキャンセルが出たかもしれないし、最悪スタッフに頼んで、保護の名目でかくまってもらうこともできる。手遅れになる前に、もう一度北鳴門と相談してみることにしよう。
 高野内は、二本目の吸殻を灰皿に捨てながら腕時計を見ると、ここに来てもう三十分程経っているのに気が付いた。さっき見かけた不審な人物も気になる。
 雲の少しかかった中秋の名月に浸ることもなく、星降る甲板をバックに小夜子の待つ第二の我が家へと急ぐことにした。
「また、松矢野とかいう関西弁の男に絡まれていたりして」高野内は小走りしながらそうこぼした。
もちろん冗談のつもりだったが、実際に彼を待っていたのは、もっと衝撃的な事実だった……。
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