第1話
文字数 1,457文字
十月二十五日。旅行から帰ってから一週間後。
この日も仕事が無く、高野内は一日中ソファーでまどろんでいた。
ニュースやワイドショーでは、弥生丸での事件を大々的に取り上げていて、連日のようにその話題で持ちきりだった。
高野内は敢えて事件の報道をシャットダウンしていて、パチンコ屋で交換したフィリップモリスの煙を堪能していた。この銘柄は初めてだったが、これまでの安煙草と違い、煙の香りに深みを感じた。
窓から差し込む夕日に照らされながら、週刊誌のアダルト記事にぼんやりと目を通す。
やがてコーヒーを淹れようと立ち上がった時に、事務所のドアが開く。
「探偵、いる?」
制服姿の小夜子は、いつものように勝手に入り込むと、散らかり放題の室内をたしなめた後で、一通の手紙を差し出してきた。封が切られているところを見ると、既に読み終えているらしい。
「昨日、うちのポストに届いたのよ。琴美ちゃん、元気にしているみたいね」
どうやら三佐樹琴美から手紙を受け取っていて、それを読ませたくて訪ねてきたようだった。もちろん普段から出入りしているので、手紙の件が無くとも、我が物顔で居座るつもりでいるようだが。
便箋を開くと、子どもらしい、つたない文字が躍っていた。だが、高野内のそれと比べると、よほど読みやすく、しっかりした文字である。
『さよこおねえさんへ。 お元気ですか? 私はとっても元気です。この前は、いろいろ遊んでくれて、ありがとうございました。とっても楽しかったです。あれからママは元気がないです。パパは相変わらず忙しそうにしているけれど、旅行から帰ってきてからは、前よりも遊んでくれるようになりました。でも、最近は私のよくわからない発明にこり出していて、お母さんも困っています。お気に入りのピンクのドレスは、けっきょく捨てられてしまいましたが、また新しいドレスを買ってもらったので、とってもまんぞくしています。さよこおねえさんは、どんな服が好きですか? よかったら、宮崎まで遊びに来てください。三佐樹琴美』
便箋を封筒に戻すと、腹立たし気に小夜子に返し、コーヒーを傾ける。
「何だ? 俺のことは全然書かれていないじゃないか。せっかく遊んであげたのに」
「子ども相手に何言っているの! たまたま書いていないだけで、きっと感謝していると思うわよ」
それにしても一言くらいは、と反論するが、取り付く島もなく、小夜子もコーヒーを淹れた。
だが、突然疑問が浮かび上がった。あの時、鈴香は、汚れたので着替えさせたと言っていた。しかし、手紙では“捨てられた”と記述してある。一体どんな汚れ方をしたのだろうか?
「なあ、琴美ちゃんのピンクのドレスの事について、何か聞いていないか?」
「いいえ、何にも。――どうして、そんな事が気になるの?」
何でもないと空返事をして、まぶたを閉じながら思いにふける。
そういえば、事件について、一つだけ判らないことがあった。寺山田は、何故、あんなことを証言したのだろう?
それは事件のあった夜、北鳴門の寝室に鍵がかかっていたことだ。鈴香の証言とも食い違うし、彼らが北鳴門を殺害したならば、当然シャッフルの仕業にしたかったはずだ。そのために停電や発煙筒のトリックを仕組んだわけだし。
それにわざわざ“白い”煙と言ったのも、今思えば、不自然と言わざるを得ない。もし、敢えて彼らが北鳴門を殺したように見せかけたとすれば――。
小夜子を残したまま、高野内はふらりと事務所を出た。
この日も仕事が無く、高野内は一日中ソファーでまどろんでいた。
ニュースやワイドショーでは、弥生丸での事件を大々的に取り上げていて、連日のようにその話題で持ちきりだった。
高野内は敢えて事件の報道をシャットダウンしていて、パチンコ屋で交換したフィリップモリスの煙を堪能していた。この銘柄は初めてだったが、これまでの安煙草と違い、煙の香りに深みを感じた。
窓から差し込む夕日に照らされながら、週刊誌のアダルト記事にぼんやりと目を通す。
やがてコーヒーを淹れようと立ち上がった時に、事務所のドアが開く。
「探偵、いる?」
制服姿の小夜子は、いつものように勝手に入り込むと、散らかり放題の室内をたしなめた後で、一通の手紙を差し出してきた。封が切られているところを見ると、既に読み終えているらしい。
「昨日、うちのポストに届いたのよ。琴美ちゃん、元気にしているみたいね」
どうやら三佐樹琴美から手紙を受け取っていて、それを読ませたくて訪ねてきたようだった。もちろん普段から出入りしているので、手紙の件が無くとも、我が物顔で居座るつもりでいるようだが。
便箋を開くと、子どもらしい、つたない文字が躍っていた。だが、高野内のそれと比べると、よほど読みやすく、しっかりした文字である。
『さよこおねえさんへ。 お元気ですか? 私はとっても元気です。この前は、いろいろ遊んでくれて、ありがとうございました。とっても楽しかったです。あれからママは元気がないです。パパは相変わらず忙しそうにしているけれど、旅行から帰ってきてからは、前よりも遊んでくれるようになりました。でも、最近は私のよくわからない発明にこり出していて、お母さんも困っています。お気に入りのピンクのドレスは、けっきょく捨てられてしまいましたが、また新しいドレスを買ってもらったので、とってもまんぞくしています。さよこおねえさんは、どんな服が好きですか? よかったら、宮崎まで遊びに来てください。三佐樹琴美』
便箋を封筒に戻すと、腹立たし気に小夜子に返し、コーヒーを傾ける。
「何だ? 俺のことは全然書かれていないじゃないか。せっかく遊んであげたのに」
「子ども相手に何言っているの! たまたま書いていないだけで、きっと感謝していると思うわよ」
それにしても一言くらいは、と反論するが、取り付く島もなく、小夜子もコーヒーを淹れた。
だが、突然疑問が浮かび上がった。あの時、鈴香は、汚れたので着替えさせたと言っていた。しかし、手紙では“捨てられた”と記述してある。一体どんな汚れ方をしたのだろうか?
「なあ、琴美ちゃんのピンクのドレスの事について、何か聞いていないか?」
「いいえ、何にも。――どうして、そんな事が気になるの?」
何でもないと空返事をして、まぶたを閉じながら思いにふける。
そういえば、事件について、一つだけ判らないことがあった。寺山田は、何故、あんなことを証言したのだろう?
それは事件のあった夜、北鳴門の寝室に鍵がかかっていたことだ。鈴香の証言とも食い違うし、彼らが北鳴門を殺害したならば、当然シャッフルの仕業にしたかったはずだ。そのために停電や発煙筒のトリックを仕組んだわけだし。
それにわざわざ“白い”煙と言ったのも、今思えば、不自然と言わざるを得ない。もし、敢えて彼らが北鳴門を殺したように見せかけたとすれば――。
小夜子を残したまま、高野内はふらりと事務所を出た。