第5話

文字数 1,633文字

 十月十六日。旅行六日目。

 ふたりは約束通り、三佐樹鈴香を夕食に誘った。もちろん琴美も一緒に。場所は船内で唯一の中華料理専門店だった。
 店の前で待ち合わせをすると、時間通りに三佐樹家の三人が現れた。琴美と鈴香、それに彼女の夫である。驚くことに彼の職業も税理士だった。どこぞの関西人とは違い、鈴香の夫は礼儀正しく清潔感もある。もっとも、これが税理士のスタンダードなのかもしれない。
 琴美はこれまでと違い、水色のドレスを着ていた。「今日はピンクじゃないのね」と小夜子が何気なく訊くと、琴美が答える前に、「この子のお気に入りでしたけど、汚れてしまったから着替えさせたの」と、鈴香は取り繕うように弁明した。琴美もどことなく不機嫌そうに下を向いている。
 店に入りテーブルに着席すると、中華料理の回転テーブルが珍しいのか、琴美はしきりに回したがったが、父親が琴美の手を叩いて戒める。
「あなたが名探偵の高野内さんでしたか。家内から聞いてびっくりしました。まさか同じ船に乗っていたとは、思いもしませんでしたからね」鈴香の夫は興味津々といった感じで高野内に詰め寄ってきた。彼もまた週刊誌で記事を読んでいたらしい。
「おじちゃんは偉い人なの?」
 琴美は無垢な瞳を高野内に向けると、おさげ髪がゆらりと踊る。だが、どこか物悲しそうな色がうかがえた。
「そうだよ、こう見えても、おじさんはこれまで、いろんな事件を解決したんだよ。例えば……」高野内は過去の事件の自慢話を語り出そうとしたが、小夜子が慌てて口をはさむ。
「このおじちゃん、嘘つきだから信用しちゃ駄目よ」
「おい小夜子。お前なんてこと言うんだ。北鳴門の事件だって俺が……」
 小夜子はテーブルの下の彼の膝に、爪楊枝を思い切り突き刺す。
「うぎゃ!」悶絶しながら悲鳴を上げる高野内。
「あれ? どうされたのですか?」
 鈴香の夫が心配そうな顔で声を掛ける。鈴香が顔をしかめるのが判った。
 小夜子はすまし顔で「何でもありません。この人、持病があって、時々、発作でこうなるんです。放っておいてあげてください」と説明を入れる。
 何の持病だよと高野内は目を向けたが、小夜子は知らぬ顔で箸を進めている。
 不意に鈴香の夫がエイラの話を持ち出した。
「そういえば、高野内さん知っていますか? この船にグラビアアイドルの大野城エイラが乗っているらしいんですよ。これも家内からの情報なんですがね」
「何人かの乗客が目撃したらしいと噂で聞いたものですから。――本当かどうかなんて知りませんわ」鈴香は琴美の分をとりわけながら言った。
「そうですか、それは私も初耳です」高野内は何も知らない素振りを見せる。
 小夜子は無言のままだった。
 鈴香の夫は箸を止め、高野内の方に身を乗り出してきた。
「もしそうなら、是非一度お会いしたいものですな。何せ、私、彼女の大ファンなんですよ……実は、写真集やDVDをこっそりと隠していたんですが、いつぞや、こいつに見つかって酷い目にあいました」
 そこで鈴香は口を尖らせた。
「あんな女、どこがいいのかしら? 琴美もいるんですから、もっとしっかりしてもらわないと困ります」
 小夜子もそれに続く。
「私も同感です。あんなデカい胸だけが取り柄の女、ファンになる人の気持ちが知れないわ」すると鈴香の夫の気まずい視線を察したのか、「……あっ、ご主人の前で失礼な事を言いました。ごめんなさい」と、頭を下げた。
 小夜子は横目で高野内を睨みつける。
「ねえ、おおのじょうえいらって誰なの?」琴美は無邪気に声を上げた。
 高野内は冷や汗が噴き出た。もちろん、いろんな意味で。――だが、油断していた彼は、この後すぐに、鈴香の夫から衝撃の質問を受ける事となる。
「……ところで高野内さん、私たちはB等ですが、部屋はどちらですか? あなたクラスだと、もしかしてスイートとか」

どうしてみんな同じ質問ばかりをするんだよ!
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