第5話
文字数 1,458文字
ベンチに座って腕を組むと、ドアのある廊下に目をやった。奥は突き当りになっており、はめ殺しの大きな窓が見える。外は真っ暗で、当然ながら景色は何も見えないが、水滴が少しついているのが微かに確認できた。その数が次第に増えていくところをみると、先ほど展望デッキで見えた雨雲が、もうここまで攻めてきたことが推測で来た。どうやら、風も出てきているらしい。先ほど嵐が近づいていると飯田橋が言っていたが、その予報はかなり正確なようだ。
フロアからの出入り口は、エレベーターの一基しかない。エレベーターホールの向かい側にある非常階段へと続く防火扉があったが、試しにドアを開けてみようとしたところ、びくともしなかった。やはり非常時にしか開かない構造になっているらしい。
「……ところで私が来なかったら、一人で見張るつもりだったの?」
「当然だろ。ここからならドアも見えるし、何かあっても、すぐに駆け付けられる」
「でも、こんなところに、いかにもみすぼらしい中年のオッサンが一人で座っていたら、絶対怪しまれるわよ」
「みすぼらしい中年のオッサンで悪かったな。だが、心配には及ばない。ここはスイートルーム専用のフロアだぜ? 一般の乗客が通る事は滅多にないだろう。この時間だとなおさらだ」
「でも、パトロールで警備員が巡回してくるかもしれないじゃない。もし見つかったら絶対に捕まって、ぐるぐる巻きにされた上に拷問を受けて、散々いたぶられた挙げ句、きにされて海に放り出されるわよ」
「やくざ映画の見過ぎだよ。大体ベンチに座っていたぐらいで、そんな事になる訳ないだろう」
「それは冗談としても、警官みたいに職務質問くらいされるかもしれないわ。D等の客だとわかったら、少なくともここにいることが出来なくなるじゃないの。それとも正直に『怪盗シャッフルから予告状が届いたから、ここでダイヤを守っています』っていうつもり?」
「言う訳ないだろう。俺って、そんなに怪しいか?」
「うん!」
「即答するな! そこは否定しろよ」
小夜子は高野内を見上げながら軽く微笑む。突然、高野内の左手を掴んだかと思うと、強引に自分の肩に回した。
「おい、何するんだ」
「ほら、こうやってカップルのふりをしないと、警備員に睨まれるわよ」
「だからって、いくらなんでも……」
「ほら、照れない照れない」
柔らかな肩の感触が手のひらに伝わると、頬がほんのりと紅色になるのを感じずにはいられなかった。
「カップルというより親子みたいだけどな」照れ隠しにジョークを言った。
「精神年齢は逆だけどね」小夜子は本気のトーンで返す。
「それだけ、無駄口が叩ければ上等だぜ」
気が付くと、小夜子は全身を震わせていた。昨夜、襲われた時の恐怖がぶり返したのかとも思ったが、ひんやりとした冷気を頬に感じ取り、かなり気温が下がってきているのがわかった。十月初旬だというのに、降り出した雨のせいか、その広場は底冷えのする冷蔵庫のようだった。このフロアに暖房設備はついていないらしい。
高野内は立ち上がって上着を脱ぐと、小夜子の背中にそっと掛ける。
「ありがとう。意外とジェントルマンなのね」
「今ごろ気付いたかい。報酬は家賃五か月分にしてくれよな」
「あれ? いつの間に契約が再開したのかしら?」
「おいおい、俺がいつ辞めると言った?」
「調子いいわね。報酬の件、考えておくわ」
ふたりは口を閉じると、お互いの手を握り合いながら、冷たい廊下と遅く流れる時計を交互に睨み続けていた……。
フロアからの出入り口は、エレベーターの一基しかない。エレベーターホールの向かい側にある非常階段へと続く防火扉があったが、試しにドアを開けてみようとしたところ、びくともしなかった。やはり非常時にしか開かない構造になっているらしい。
「……ところで私が来なかったら、一人で見張るつもりだったの?」
「当然だろ。ここからならドアも見えるし、何かあっても、すぐに駆け付けられる」
「でも、こんなところに、いかにもみすぼらしい中年のオッサンが一人で座っていたら、絶対怪しまれるわよ」
「みすぼらしい中年のオッサンで悪かったな。だが、心配には及ばない。ここはスイートルーム専用のフロアだぜ? 一般の乗客が通る事は滅多にないだろう。この時間だとなおさらだ」
「でも、パトロールで警備員が巡回してくるかもしれないじゃない。もし見つかったら絶対に捕まって、ぐるぐる巻きにされた上に拷問を受けて、散々いたぶられた挙げ句、きにされて海に放り出されるわよ」
「やくざ映画の見過ぎだよ。大体ベンチに座っていたぐらいで、そんな事になる訳ないだろう」
「それは冗談としても、警官みたいに職務質問くらいされるかもしれないわ。D等の客だとわかったら、少なくともここにいることが出来なくなるじゃないの。それとも正直に『怪盗シャッフルから予告状が届いたから、ここでダイヤを守っています』っていうつもり?」
「言う訳ないだろう。俺って、そんなに怪しいか?」
「うん!」
「即答するな! そこは否定しろよ」
小夜子は高野内を見上げながら軽く微笑む。突然、高野内の左手を掴んだかと思うと、強引に自分の肩に回した。
「おい、何するんだ」
「ほら、こうやってカップルのふりをしないと、警備員に睨まれるわよ」
「だからって、いくらなんでも……」
「ほら、照れない照れない」
柔らかな肩の感触が手のひらに伝わると、頬がほんのりと紅色になるのを感じずにはいられなかった。
「カップルというより親子みたいだけどな」照れ隠しにジョークを言った。
「精神年齢は逆だけどね」小夜子は本気のトーンで返す。
「それだけ、無駄口が叩ければ上等だぜ」
気が付くと、小夜子は全身を震わせていた。昨夜、襲われた時の恐怖がぶり返したのかとも思ったが、ひんやりとした冷気を頬に感じ取り、かなり気温が下がってきているのがわかった。十月初旬だというのに、降り出した雨のせいか、その広場は底冷えのする冷蔵庫のようだった。このフロアに暖房設備はついていないらしい。
高野内は立ち上がって上着を脱ぐと、小夜子の背中にそっと掛ける。
「ありがとう。意外とジェントルマンなのね」
「今ごろ気付いたかい。報酬は家賃五か月分にしてくれよな」
「あれ? いつの間に契約が再開したのかしら?」
「おいおい、俺がいつ辞めると言った?」
「調子いいわね。報酬の件、考えておくわ」
ふたりは口を閉じると、お互いの手を握り合いながら、冷たい廊下と遅く流れる時計を交互に睨み続けていた……。