第86話

文字数 1,227文字

             86(終回)、
 杉戸は天女像の掛け軸を返還するため、骨董屋に会った。骨董屋は、こんな恐ろしい怨念込められたもの、うちには置いておけない、と断る。しかし、暫し預かり、その間、一応は全国の骨董屋に廻状を送り、この掛け軸に何か心当たりがないか尋ねてみる、情報が入れば、その元の所有者に還してやる、と約束した。
 杉戸は、尋ねた、骨董屋は、答えた、
「この掛け軸は、その作者は不詳ながら、数点、我が国の由緒ある古寺に散在していた、と聞いたことがある。今もあるかどうかは分からない。
作風から、成瀬議員からも聞いたが、聖武天皇の時代に遡り、その頃の絵師が画いたものではないかと教えて頂いた、私にも、心当たりする古文書があり、それを調べてみた。
 苦労したが、有った」
これです、
と骨董屋は、煤で燻んだような、今にも、ぱらぱらとひび割れて零れ落ちてしまいそうな古い小冊子を見せた、骨董屋は説明する、
「「日本霊異記」と云う古文書です、奈良の薬師寺の僧で、景戒、と云うお坊さんが、行基大徳の集団に付き従って諸国を回っていた時の話を説話集にまとめたものです、」
と云って、その、中巻 第十三の項を、朗読して聴かせてくれた、
『生愛欲戀吉祥天女像感應示奇表緣
和泉國泉郡血淳山寺,有吉祥天女像。聖武天皇御世,信濃國優婆塞,來住於其山寺。睇之天女像,而生愛欲,繫心戀之,每六時願云:「如天女容好女賜我。」優婆塞夢見婚天女像,明日瞻之,彼像裙腰不淨染汙。行者視之,而漸愧言:「我願似女,何忝天女專自交之。」媿,不語他人。弟子偷聞之。後其弟子,於師無禮,故嘖擯去。所擯出里,訕師程事。里人聞之,往問虛實,並瞻彼像。淫精染穢。優婆塞不得隱事,而具陳語。諒委,深信之者,無感不應也。是奇異事矣。如涅槃經云:「多婬之人,畫女生欲。」者其斯謂之矣。』
 杉戸は骨董屋の朗読を、或る一人の男の姿をそこに映して、聞いていた。
「それで、私は、すぐ、この和泉國泉郡血淳山寺を、地元の骨董屋仲間の紹介で、訪ねてみました、ご住職は既に亡く、元寺男として働いていたひとに事情を説明して、元々その掛け軸を飾ってありましたところを案内して頂きました、丁度、この掛け軸、そこに掛けるとぴったりと嵌る痕がくっきりと残っていました。
 ごの方の話では、戦前から長い間、元の住職が亡くなって閉山していたんですが、ひとの話で、近在で悪さの限りを尽くす、良からぬ輩が、この寺を根城にしているようだ、一度、調べた方がいいよと注意されて、警官と一緒に、寺に入ると、中は、散々に食い残した物を散らかして、どこかで盗んできたものを置いたまま、だった、と、そして一番奥の仏様の奥に掛けてあった、「天女像」が無くなっていたことに気付いたが、もうどうしようにも手が無いと諦めていた、と聞きました。
 杉戸さん、如何、です、一緒に、この掛け軸、持ってこの寺、訪ねてみませんか?」

                        終。

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