第83話

文字数 1,731文字

             83,
 杉戸のところに、用務員が、みかん箱程の大きさの紙箱の小包一つと、カレンダーのような巻物一本、そして一通の封書を運んで来た。
 全てそれぞれに、金釘文字で、社会部、~島署事件担当者様、と宛先が書いてあり、差出人は、同じ金釘文字で、
「大韓民国、慶州市住民、
朴明哲」
 カレンダーのように巻いた筒、破れぬよう慎重に開けて、広げると、それはほぼ等身大に描かれた、吉祥天女像の掛け軸、その見事な絵に、いや、何よりも、その艶っぽさに、杉戸や同僚は思わず息を飲んだ。
 そして封書が先に開けられ、二枚の紙片が杉戸に渡された、全てハングル文字、杉戸は在日二世の記者を呼んで、訳して貰った、
一枚目の内容、
「日本国、
~新聞社社会部、~島署事件担当者様、
同封する手紙は、東京都議会議員成瀬に宛てたと同じ内容の私の手紙です。
 私は一本の掛け軸を、成瀬の悪事の数々、中でも、警官度部を汽車から突き落として殺した事実を口外しないことを条件に、金佰萬圓で成瀬に売りつけることに合意して、手紙の通り、~月~日、午後二時、上野駅構内公衆赤電話の前で、成瀬と落合い、交換することに成りました。
 しかし、成瀬が、素直に私との約束を守るとは決して思えません、当日、申し合わせた場所、時間に、成瀬は多くのヤクザ者を集めて私を待ち伏せさせて拉致し、何処かで私を殺すことは間違いありません。
 あの男は、人間ではありません、人が拷問に晒され、死んで行く様子を、へらへら笑い、そしてその顔には、ひとへの憐みなぞ一切ありません、やつは、人間ではありません。
 私の母は、私の目の前で度部に犯され、殺されました、私は抵抗して、奴に銃で脚を撃ち抜かれました、脚は腐って、悪臭を放ち、蛆がたかっています、
長く生きられるとは思えません。しかし、この傷が必ず役に立つ時がすぐに来ると確信するようになりました。
 私の死骸は、土に埋められるか、山で焼かれるか、それとも海に沈められるか私には分かりません、ですが、私の骸が運よくひとの目に触れた時、この、腐った脚が、この死骸が私のものであり、私が成瀬の手の者に殺されたことを証明してくれます。
 成瀬に宛てた手紙に、成瀬の、慶州赴任中の非道の数々を、そして元部下度部を殺した状況も書き添えております。
 今日の、韓日の国力の差は余りに大きく、成瀬が、慶州で行った悪事を、私が東京のど真ん中で旗を振ってぶちまけたところで、道行く人は私を狂人でも見るように通り過ぎ、高級車に乗ってふんぞり返り、私の側を通り過ぎていく日帝の残党共が、私の声に耳を傾ける筈もなく、まして奴らが、成瀬と同罪の残党共が、成瀬を糾弾するとは到底思えません、
 ですが、例え、蟻のひと噛みだろうが、私が、死に換えて、日本のひと達に、私の、いや我ら虐げられた朝鮮民族の叫びの、泣き声の一つでも聞いて頂ければ、今や、政界にまで勢力を伸ばさんとする悪徳の、ひとでなしの男を、その華やかな舞台から引き摺り下ろす奇跡への一歩となる、ひと噛みになるかも知れません。
 ~島での冤罪事件裁判で、被告の無罪を勝ち取った皆さまの、正義への、真実を求めてやまない皆さまの活躍を聞き、心に深く感銘をうけました。
ここに私の訴え、是非皆さまにお聞き願いたく、そして、鬼畜成瀬の悪事を世に公表して日本の人々に広く、例え一人にでも知って頂ければ、私はここで命を絶たれようとも、決して後悔致しません。
「吉祥天女像掛け軸 一本、
「成瀬が、あとをつける私の目の前で、東京駅構内のゴミ箱に捨てた白いコート、です、右胸の辺りに、度部を刺殺した時の、返り血が滲んております…
                              朴明哲」

 杉戸は、もう一枚の、成瀬に宛てたと同じ内容の手紙一枚も、訳して貰って読んだ。杉戸は、白いコートに滲んだ血痕の染みの鑑定を大学法医学部に依頼した。

 数日後、横浜、本牧ふ頭近くの岸壁の沖合に、男の遺体が流れているのを漁師が見つけた。引き揚げられ、検死の結果、喉を刃物で切り裂かれて即死、と判明、遺体の脚、大腿部に、時期は判定不可だが、古い銃創があり、そこが腐乱して蛆が巣食っていた、と報告された。
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