第50話

文字数 1,118文字


        50,
 上橋弁護士は、お茶を口に含み、ぐちゅぐちゅとやって、飲み込んだ、そして、思い出したように、
「それと、もう一つ」
と云って立ち上がり、小脇に薄めの台帳を抱えて戻って来た、
「これ、さ、被告の供述調書、これも、裁判所から、次回公判までに目を通すようにと渡してくれたんだ、余っ程、検察も裁判官も、私のことを能無し、歯の無い鼠、だと思っている証拠、だね」
自嘲するように苦笑いを浮かべた。
(でも、そのおかげで、こんな貴重な資料、手に入れることが出来た)
と杉戸は危うく云い掛けて止めた。杉戸の表情を読んだか、上橋は云った、
「歯の無い窮鼠、猫を噛む…」
たばこのヤニでほぼ真っ茶に染まった歯を剥き出して笑う。

 杉戸は改めて上橋に今回事件の弁護人を務めてくれるよう正式に頼んだ、勿論、その報酬の大幅増額も条件にしてだが、上橋はその提示額を聞き直し、そしてにこりと笑うと快諾した。

 杉戸は、実況見分調書、また供述調書二つの台帳を読み、そして今後重要となりそうな部分を別帳面に書き留めた。そして更にこれら公式の書面上の事実と、杉戸が聞き集め、調べた情報とを照らし合わせ、その異なる箇所、事実と違う部分、または供述を抽出し、それが何を意味するか上橋弁護士と検討した。
 そして、二人は、これら事実と矛盾し、相違する点を今後の公判廷に於いてどのように表現し、被告の無実を訴えていくか話し合った。
 結果、上橋と杉戸の二人は一つの結論に行き着いた、それは、警官度部を証人として召喚し、事件発生当時の状況を口頭で証言させ、その矛盾するところを追求する方針を決めた。
実際、当事件に於いては、警官度部だけが、被告以外、事件唯一の当事者であり、目撃者であり、被告を逮捕し、被告を取り調べて自白供述書を作成し、実況見分調書の作成者でもある。
 もし裁判官、検察官が警官度部を証人として法廷に召喚することを拒否すれば、これ以上の公判審議継続を拒否する、ことも決めた。


 第二回公判は、前回と同じ、地裁~号小法廷で開かれた。傍聴席には、佐川の両親と付き添いの番頭、他には杉戸も見知った他社の記者二、三人の姿があるだけだった。
 法廷正面に、前回と同じ顔ぶれの裁判官、右にこれも前回と同じ検察官、そして左に上橋弁護士が、前回同様、おやつの時間、配られる菓子を待つ園児のように、ちょこんと佇んでいる。
 入廷を命じられて、被告佐川が、前回より痩せた印象で、同じ皺くちゃなシャツを着て、袖口を折り、両腕をだらりと下げて入って来た。その顔には、前回は、緊張し切った表情だったが、今日は、更に緊張してか、血の気が失せて蒼白になっている。
 その顔を、佐川の両親が心配そうに見ている。
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