第53話

文字数 1,111文字


             53,
「…」
検察官は押し黙った、
上橋弁護士は、証言台に立つ佐川に、前に出るよう促した、
「被告に訊ねます、今履いている靴、いつから履いていますか?」
「僕は、この靴が気に入っていて、買って以来ずっとこの靴を履いています」
「犯行現場から飛び出して、警官にぶつかった時にはどの靴を履いていましたか?」
「今、履いているこの靴、です」
上橋弁護人は検察官に向き直って云った、
「被告の血塗れの服、包丁は証拠品として保管していますが、何故、被告の、付着した血を拭き取った靴は何故押収しなかった、のですか?鑑定もされていないようですが」
検察官は暫し、沈黙していたが、苦虫噛んだような顔で云った、
「~島署は、全警官署長も含め僅か十数名、しかもこんな凶悪事件に不慣れな署員ばかりで対応したと聞いております、とにかく凶悪犯罪事件が発生しその処理に署内が混乱していた為に、忘れてしまったのかもしれません」
「その時点では失念した、と言い訳できるかも知れませんが、被告はこの靴、付いた血を拭きとった後も、ずっと、身柄拘束されて以来、~島署留置場内でも、東京に移送されてからもこの靴、ずっと履き続けていますが、いつでも押収出来たと思うのでありますが、何故証拠物件として押収しなかったのですか?」
検察官は答えない。
上橋は被告佐川に向かって、訊いた、
「被告は、この靴、最近、洗いましたか?」
「逮捕される以前から、今日まで、一度も洗っていません」
上橋は裁判長に向かって云った、
「被告の履いている靴、鑑定する必要があると思いますが、ただ裁判長にお願いしたいのは、その場合、公正中立な機関でお願いしたいのであります」


 裁判長ら三人は、競技の為、退廷し、暫く時間を措いて戻ってくると、
「次回公判日は~月~日とします」
と、裁判長は告げた。

 第三回公判、前回に傍聴席には佐川の両親と番頭、記者の姿も数人しかなかったが、
前回の否認を受けて、在京の新聞社殆どから記者が出席していた。国鉄に関係する事件事故が、冤罪だと騒がれ始めて以後、今や全国各地、冤罪事件裁判は世間の注目を浴びる。

 開廷早々、裁判長は、被告佐川の靴の鑑定結果を告げた、
「被告から押収した靴から、血液反応は無かったと、鑑定結果が届いております」
検察官が即座に異議を申し立てた、
「確かに、被告の、犯行時に履いていた靴を押収し、鑑定していなかったことは警察の不手際だったことを認めます。しかし裁判長、その鑑定した靴が、犯行時に履いていた靴だったかどうかは未だ確認出来ている訳ではありません」
杉戸と弁護士上橋が予想した通りに、検察官の異議申し立て、だった。
 上橋が起立して、検察官に云った、

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