第58話

文字数 1,959文字


           58,
 裁判長は、今日の開廷を中止し、改めて検察官から報告を受けて後、今後どうするか検討すると宣して閉廷しようとしたが、上橋は怒りを露わに裁判長に、このまま開廷し、弁護人側が呼び寄せた、遠来の二人の証人に、今ここで証言させるべきだと訴えた。
 裁判長は、検察官に向かって云った、
「今回の検察側の失態に、私は正直、検察側に悪意がありはしないかとさえ感じている。今や当事件裁判に対し、傍聴席に多くの報道関係者が居るように、国民の多くが注目し、成り行きを見守っている中、同行の参考人の行方を見失ったことに私は正直、もしや検察警察側に他に何か意図が有りはしなかったかとさえ疑ってしまう。
 当事件に大きく関わり、被告の有罪無罪を判断するに於いて、また別人物の犯行の可能性も探るべき当法廷に於いて、今回参考人として出廷を求めた人物は、非常に貴重な、重要な証言も期待された人物であり、本来なら、証人とすべきところを、検察側の拒絶、猛反対があり、当法廷は偽証罪など法的責任を課さぬ条件で、参考人としての出席を命じたのであるが、その参考人の出廷を実現出来なかったことに私は大きな憤りを感じ、そして当法廷に対する検察側の侮辱をも感じる。
 ただ今、弁護人は、参考人不在のまま、遠来の証人二人に対し、証言をさせるべきだと主張されたが、私も、一日も早く事件事実を解明し、真実を知るためには、是非その証言を今ここで聞くべきだと思う、もし証言に異議ある場合には参考人の出廷を待って申し立てればよい、この判断に検察官に異論はないと思うが、如何か」
検察官は渋々同意した。

 裁判長は、岡田医師を証人席に呼び入れた、その身分を確認し、必ず事実のみを述べることを誓約させた。
 上橋が質問した、
「証人に訊ねます、
先ず、二遺体の死因について、ですが、検案書には、二遺体共、腹部を刺された故の失血死、と鑑定されておりますが、これに間違いはないのでしょうか?」
岡田医師は、意外に落ち着いた様子で、答えた、
「ええ、検案書にそう書いたのは間違い有りません」
「検案書にそう書いたのは間違いありません、と仰いましたが、何だか、そのことに納得されていないように当職には聞こえるのですが」
「そう聞こえるも何も、元から納得なんぞしておりません、今日、ここに居ると聞いていたんですが…」
岡田医師は廷内を見回して、
「ここに来ていないですが、犯人を捕まえた警官が検案書を受け取りに来て、オレが、遺体の首に付いた痣を見せて、その時はその写真を見せて、これ、絞殺の疑いがある、と云うと、その警官、
(先生、もうそんなことはどうでもいいんだ、よ、包丁で刺されて殺された、ってことで処理することに決まってんだから、死因が何であっても一緒なんだから)
と云って、オレが作りかけていた検案書、取上げられて、幾らオレがヤブでも、後で刺殺と絞殺の区別もつかなかったのか、分からなかったのかと云われるのイヤだから、オレんとこに訪ねて来た新聞記者さんに渡しておいたんだが、そこにちゃんとした鑑定を書いて残しておいたんだ」
上橋が、そのカルテと首に痣の付いた写真を裁判長に渡した。裁判長がそのカルテを受け取るのを待って、岡田医師は続けた、
「そのカルテに、オレは、
(顔面にうっ血あり,腫脹が強く,眼の結膜や顔面皮膚に溢血点、が見られた、これは二つの遺体に共通する)
と書いた。オレは、遺体を見てすぐ絞殺死を疑ったんだが、あの警官は…」
上橋が、裁判長に向かって云った、
「裁判長、敢えて云うまでもないですが、証人の云う「あの警官」が誰を指しているかお判り頂けていると思うのでありますが」
裁判長から渡されたカルテを見ながら検察官が抗議した、
「裁判長、異議あり、そのカルテが、作為的に、作成された可能性もあります」
岡田医師はそれを聞くと、怒ったように、云った、
「オレがそれを偽造したって云うのか、何を証拠にそんなことを云うんだ、偽造したのはお前たち警察の方だろうが。それに、そのカルテに付けとる写真、良く見るんだ、首筋に見えるだろ、痣が、男にも、女にも?
 その写真、~島署の別の警官が、検体終わった時に、もうこの写真要らねえからって棄てて行ったんだ、オレはカメラなんて持っちゃいねえんだ。
 オレだって正直云や、その首筋の痣、特に念入りには調べてないさ、だってあの警官、オレが詳しく調べると云っても、二人とも腹、刺されて死んだんだ、そんな無駄なことしなくていい、そんなことしても余分に金は払って貰えねえぞ、さっさと死因は失血死だったと書けばいいんだ、と、あいつ、あの度部ってやつ、さっさと遺体を持ち出して行ったんだ」
裁判長は、検察官に反証するかどうか尋ねた、
「参考人の出廷を待って改めて確認したいと思います」


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