第80話

文字数 1,589文字


          80,
 杉戸は、長野駅前に居た、手に地元新聞の切り抜きを持ち、そこに掲載された成瀬の、出迎えた後援会のひと達に向かって笑顔で写る、白いコート姿の成瀬の立つ位置、その背景を照合していた。
 成瀬の背景に写った二台のタクシー、それと目の前の風景にあるタクシー、ドアーの社名と、車型はほぼ一致する。
杉戸は、タクシー乗り場に向かい、そこで客待ちで、車の外でタバコを吸う運転手に話し掛けた、
「ああ、覚えているさ、地元の大先生だよ、あれだろ、あの、誰かが、元警官だって云ってたかな、汽車から飛び降りて、その同じ汽車に乗って来てたんだよ、あの日。
ああ、一旦、迎えの車に乗って、後援会長の家に行って、小一時間くらいして、戻ってきて、ここからまた別のタクシーに乗り替えて、ああ、それ、あの車、だよ、田邉さんの車で、田邉さんが、先生を実家まで送って行ったんだよ、あの日は」
 杉戸は運転手に礼を云って、教えて貰った、タクシーの方に行きかけると、その運転手、タバコを足で揉み消しながら、
「それ、もう一つ、田邉さんの車の後ろ、緑の線の入った車、その車の運転手、早田さんも、後から来た客に云われて、田邉さんの車の後を追って、先生の家まで往復したって云ってたな」
 杉戸は、成瀬の乗った車を追った乗客の方に興味が湧いて、緑の線の入ったタクシーの後部座席に乗り込んだ。
「運転手さん、早田さんて云うんだよね、成瀬議員の実家まで送って欲しいんだけど」
 名前を呼ばれてタクシー運転手、振り向いて杉戸の人相を確めて安心したか、車を発進させた。
「お聞きしたいんだけど、私は~新聞の記者で、杉戸と申します、さっき、別の運転手さんからお聞きしたんですが、先日、成瀬議員がこちらに来られた時、成瀬議員、駅前からタクシーに乗って実家の方へ行かれた、とお聞きしたところなんですが、その成瀬議員が乗った車を追って、そのあと、成瀬議員の実家まで、別の客、早田さんが載せて行かれたとお聞きしたんですが」
「ああ、そうだよ、それ、オレだよ、その客、載せてったよ、でもさ、その客、日本語が全く分からないんで、ちょっと困ったんだけど、漢字、書いて貰って、良く漢字も知らないようでしたが、成瀬議員を載せた車のあとを走ってくれって、身振り手振り、で、何だか、さ、闇市でもほっついていそうな、感じ、でさ、何だかいやな感じがしたんだけど」
「日本人じゃなかった、んですか?」
「朝鮮語、だろうね、あれは、それぐらいは、オレにだって区別が付いたけどね。その客って、さ、成瀬議員が駅から出て来た時、そのあと降りて来たみたいで、ちょっとびっこひいてる感じだったけど、成瀬議員が後援会長の車で駅前から出て行って、戻ってくるまでその辺りうろうろしていたんだけど、成瀬議員がタクシーに乗り換えて実家に向かうとすぐオレの車に乗って来て、あの車の後をつけろ、あの車のあとをつけろって」
「で、成瀬議員の実家まで?」
「そうだよ、で着いても、オレに離れた処で待て、みたいに云って、オレも金、貰ってないんで、仕方なし、先生の屋敷から離れた処で待って、そのままトンずらされたら大変なんで隠れて、その男、見張っていたんですよ、そしたら、その男、邸の、先生が開けた門の隙間から中へ入って行って、オレもあとついて行って様子窺っていたら、その男、先生が、蔵の入り口のところで、多分、錠前の鍵、忘れたんですか、錠前、ガチャガチャやって、諦めて、田邉さんの車に乗って、駅に戻って、オレもその男、載せて、駅に戻って、そいつ、メーターの倍くらい金、払ってくれてさ、オレ、疑ったりして、悪いな、と」
 杉戸は、成瀬議員の実家まで送って貰い、暫く外観を眺めて車に戻り、長野駅まで戻って来た。そしてそのまま長野支社まで車で走った。
 その車内で、杉戸は、突然現れた人物に強い興味を抱いていた、


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