第62話

文字数 1,142文字

             62,
上橋はすぐ反論した、
「裁判長、そのたばこ、指紋鑑定お願い出来ますか?」
「弁護人は指紋鑑定で何を知りたいのですか?」
「血液検査では僅か四種類、その多い少ないはありますが、不特定であります。ですが、指紋検査こそ「万人不同」、「終生不変」であります。もし、たった今、制服ポケットから出て来ましたタバコに、もし、ですよ、野地辰男の指紋がついていた場合、それが何を意味するか、何を証明するか、私は想像するだけで胸騒ぎがします。
 それと、もう一つ、先程、証言のあった、事件当夜の風呂場の小屋、その床に、警察官の制靴の底の模様で、血がついていたので、新聞記者が撮影した写真を証拠品として提出致しますので、その靴底の血液の鑑定もお願い致します。
 ここに別の一枚の写真があります。風呂場の、流し場のところに、踏み潰された石鹸が写っていますが、どうやら風呂場に隠れていた警官が、暗闇の中で気付かずに踏んだと思われますが、不思議なことに、実況見分調書に添付されておりました、現場の畳の上の無数の靴跡に混じって、お判り頂けますか、畳の上に、白く映る、脂身の塊のような、私には、これ、風呂場の石鹸、踏み潰されて靴底に付いた石鹸、に見えますが…」
被告席に座る佐川が、答えの分らぬまま挙手する小学生のように、恐る恐る手を挙げて、
「先生、僕も、それ、見ました」
上橋は裁判長に被告への質問許可を願った、
「被告は何を見たんですか?」
「僕が、東京に連れてこられる時に乗った船で、僕は縄を付けた手錠嵌められて乗船したんですが、僕の前を、その度部警官が歩いて、船に乗る時、僕は油のようなものに足を滑らせて、桟橋から落ちかけたんです。そのまま船に乗って、船室で靴を脱いだ時に、先に脱いだ度部警官の靴の下に、そこまで歩いてきた靴跡にも油の染みみたいな痕がありました。後でそれに気付いた船員さんが、モップを持ってきて拭き取っていました」
上橋は検察官に向かい、
「お尋ねしますが、制靴は、どうなっていますか?」
「本人から預かっていません、多分、今も履き続けていると思われます」
上橋はなおも続けた、
「風呂場に隠れていた警官は、石鹸を踏んだ靴で、想像ですが、先に男、野地辰男を殺して風呂場に隠れ、吉津祥子が帰宅するのを待って上がり込み、第二の犯行を犯した、と犯行の流れが見えてきます。
 また小屋の内壁に複数の、血糊の付いた手で触った手の跡もありましたので、その写真も証拠品として提出しますが、その壁に付いた血液鑑定、またその手形も、絵にして、誰かの物と照合してみたいので、正確なスケッチお願いしたいところであります」
裁判長が検察官に、弁護人の要求に応じるかどうか訊いた、検察官は苦虫噛んだような顔で同意した。
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