第26話

文字数 2,004文字

         26,
「じゃ、杉ちゃんにこの後、一人で頑張って貰うしか、ないね」
それで、さ、今日、警視庁で佐川を移送してきた車、見ていたんだけど、佐川らしき男が後部座席で、両脇、警官に挟まれて乗っていた、多分、あの、片側の、恐ろし気な顔した警官が、度部だと思うんだけど、どんな経歴?
「島民の一人が、2、3か月ぐらい前、巡回中の度部巡査、呼び止めて、お茶出して、ちょっと話をしたことがあると聞いて、その婆さんに会ってみたんだ、
 お故郷は?と訊くと、山陰辺りの何処かの村出身だと、本人、云ってたらしいけど、それが山陰のどの辺りかは詳しくは訊いていない、いや聞いていても忘れたかも知れない。
 けど、その婆さん、云ってた、多分山陰のひとじゃないと思うって、訛が、ちょっと違うって、その婆さん、娘の婿が島根出身で、どうしても訛が抜けないと嘆いていて、その婿の喋り方と、ちょっと違う、みたいな。
 本人、東京言葉、無理して喋っているみたいだけど、どっちかと云えば、関西弁みたい、関西出身じゃないかな、と云ってた。
 元々、ね、~島、滅多と凶悪事件なんか起こらないところだけど、あの度部巡査が終戦すぐに赴任して来てから、島の治安が良くなった、と島の人は皆、そう云うね。
 酒、飲んで、日本刀持ち出して斬り合う喧嘩沙汰になって揉めても、度部巡査に仲介に入って貰ったら、どっちもしゅんとなる、
 訊けば、凄いんだって、その睨みつける眼力が。逆らえば、自分がその日本刀で頭、かち割られるような、そんな目つきで睨まれたんだって。
 だから評判はいい。今度の事件でも、もしあそこに度部巡査が通り掛からなければ、他の警官が通りかかっても、どうせへっぴり腰になって犯人に逃げられて、犯人、現役バリバリの自衛隊員、どうせ終戦前まで軍隊に居たんだろ?こんな狭い島、そんな自衛隊員が警察に追われて、どこかの家に逃げ込んで、持ってた包丁振り回して、いったい何人、殺されたか判らない、と皆さん、云ってたね。
 誰も、犯人を取り押さえる現場、見ていないのに、犯人、度部巡査に一睨みされただけで、一瞬に怯んでしまって、自分から両手、差し出した、みたいなこと云ってる。
でも、申し訳ない、この巡査の実際の経歴は何も調べてない、時間、が無かった、ま、時間があっても、あそこでは調べようもないけどね」
近い内の再会を約して二人は別れた。


 原田の話から、杉戸は、原田もそうしていたように、同じ一人の男の姿を、その芝居の場面場面に想定して、互いの話を聞き、喋っていた。その人物は、度部巡査、しかいない。
 この茶番劇を見ていれば、誰にだって、それこそ大河内伝次郎扮する丹下左膳の映画に出て来る配役の顔触れ見るだけで、誰が悪役か判るように、この~島殺人事件芝居の悪役を誰が務めているか、誰にでもすぐ判る。
 しかし、杉戸は、悩んだ。こんな、誰が真犯人か判り切った事件なのに、その犯行を証明するものが何もない、いや、それどころか、その動機さえ、不明瞭だった。
 原田の話から、度部が、吉津祥子に毛嫌いされていることを、知ってか知らずか、毎夕「キツネ」に通い、閉店間際まで、そこに居続けていた事実は、度部巡査が吉津祥子に惚れ切っていたことが証明される。
 しかし、他の常連客達は、吉津祥子が、そんな度部を嫌っていた、いや、それどころ気味悪がってさえいた口振りで、度部を悪しく罵っていた。
 これだけで、度部が、吉津祥子に一方的に想いを募らせていたことが判る。しかし、果たして、こんな話だけでは、現実には何の証拠的価値も無いし、犯行を裏付けるものとして認めてはくれない。
 これと似たような話は幾らでもある、或る酒屋の若夫婦が殺された、犯人はすぐ逮捕された、酒屋の新妻に横恋慕したことが動機だったと認定された、しかし本人は、首に、輪っかのついた縄を掛けられるまで、無実を訴えた、
「知らん、俺はやってない、助けてくれ」
また、或る高利貸しの老人が殺された、犯人はすぐ捕まった、犯行動機は、借金返済をしつこく請求されて、かっとなって刺し殺した、と公判で検察は繰り返し主張した。 
 だがこの犯人は、毎月決めた額を遅滞なく支払いしていたことが判った、では何故捕まった?殺された高利貸しから執拗な返金請求を受けていた警官が、その罪を細工してこの男の仕業に見せかけた。
 度部巡査への疑惑、その動機は、精々がこの程度のレベル、絵に画いた餅にもならない。
今回は、逮捕した警官の側にこそ、多くのかつ有力な犯行動機がある。しかし、検察、警察は身内の犯行をひた隠しして、身内を守ろうとする遺伝的習性がある。
 新刑訴法が施行されて彼是もう数年、しかし警察の体質、特に身内擁護の姿勢、身内の悪事隠匿隠蔽への習性は何も変わっていないし、未来永劫変わらない、いや却ってその執着心は強くなっている。
 何故?理由は、たった、一つ…
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