第14話

文字数 1,510文字

              14,
 そのまま度部はその部屋で待った。頃合いをみて外に出、裏口に回り家の陰に隠れた。浴びた返り血の匂いに煽られたか、蚊が狂ったように唸りを上げて度部に襲い掛かる。これに辟易した度部は、離れの棟に風呂場を見つけ、そこに逃げ込んだ。

 女が歩く下駄の音。月明かりにかざして腕時計を見た。予定通り、だった。度部は風呂場から出て、帰って来た吉津祥子の後を忍び足でついていく。
吉津祥子は、疲れた足取りで家に入って座敷に上がり、布団を乱暴に被って寝る金貸しに気付いて声を掛けた、
「いま、帰ったよ、あんた、どうしたの、あら、めずらしいね、こんなにはやく、やっぱり長旅、疲れたんや…」
この声掛けで、度部は、金貸しと吉津祥子の本当の関係が判った。吉津祥子の口にうまく騙されていたと判った。男は金貸しでも何でもない、この男こそ、別れたと云う亭主、だったのだ。
「疲れてんのかもしれんけど、ちょっとあんた、起きてどっかに隠れててちょうだいよ、もうすぐ、あいつが来るからさ、うちが他の男とするとこ見たかったら見ててもいいんやで」
吉津祥子は、畳の上に撒き散った血飛沫に気付き、息を飲み、そして男に被せた布団を剥ぎ取った。横たわった血みどろの男の死体に目を剥き、悲鳴を上げようとしたその口を後ろから度部は塞いだ。
 吉津祥子は、振り返り見た、度部、だった。度部の顔を見て吉津祥子は全てを察した。叫んでみたところで、抗ってみたところでどうにもならないと一瞬に悟った。
度部が何故こんなことをしたのか、何が欲しいのか考えるまでもない。それを与えればいい。そう覚悟すると心は落ち着いた。体から力が抜けた。
 度部にも吉津祥子の心の変化が読めた。羽交い絞めする手を緩めた。吉津祥子は着ている着物を肩から脱ぎ落した。そして畳に座った。それでもやはり、口はまだまだわなわなと震えていた。吉津祥子は自ら畳に仰向けに寝た。度部も裸になって覆い被さった。
吉津祥子は度部の耳に囁いた、
「あんた、うち、ころさんといてえな、な、たのむわ、たすけてえな」
だが、度部は不能だった。吉津祥子の顔に、一瞬、驚きの表情、そして蔑みの視線が見えた。
 吉津祥子は何か云い掛けた、度部はその吉津祥子の真っ白い肌の首に腕を巻き付けた、吉津祥子は驚いて目を剥いた、度部は吉津祥子の首に巻いた腕を絞める、徐々に強く絞める、吉津祥子は苦しくなって眼を閉じ、その眼に皺を寄せた、だがやがてその眼はがっと見開き…そして吉津祥子の首はがくりと落ちた。

 男のポケットから抜き取った煙草に火を点けて吸った。まずい安物の煙草だが、興奮し切った脳に不思議な安らぎを覚えてくれた。
 背後でパタッと音がして度部は振り返った。仰向けたままの吉津祥子の真っ白でふくよかな肌、膨らんだ胸に載せていた片腕が、力を失ったせいか畳に落ちていた。
 吉津祥子の顔を見直して度部は驚いた、それは、白い毛に覆われた狐の顔、だった、
(きつね…?)
度部は、ある夜の事を思い出した、
 それは度部が悪の限りを尽くし、追われて逃げ、隠れた和泉國泉郡血淳山の廃寺,そこで度部は吉祥天女像を見つけた、天女像への欲情にかられた度部は、天女像を犯した、
しかし目覚めてみれば、横に寝ていたのは白い狐、狐は云った、
(私は、倭国は和泉の郡、血惇山寺の床下に巣を営む狐、名を吉津禰と申します)
度部は、その狐の首を斬り落とした、まさにその狐の顔、だった。
 度部は死んだ吉津祥子を犯した。度部は、天女像を犯して以来、生身の女を犯せなくなっていた、度部は生身の女は殴り倒して犯した、抗えば殺して屍姦した。
 度部は、吉津祥子の腹に包丁を突き刺した。
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