第46話

文字数 2,352文字

          46,
 裁判所玄関前で待って、杉戸は佐川の両親と付き添いらしき男に、声を掛け、途方に暮れ、蒼褪めた顔の三人に名刺を渡した。
「少しお話、出来ますでしょうか?」
父親らしき男に話し掛けると、代わって付き添いの男が答えた、
「ご勘弁願います、これ以上、訊かれてもお答えすることは何もありません」
「私は、数日前まで~島で事件の取材をしておりましたが、取材を進めているうちに色々と、ご子息の公男さんを犯人とするには多くの矛盾があることが判りまして、何んとかご子息を助けられないかと…」
「いい加減なことを云って旦那様を誑かさないで下さい」
付き添いの男が杉戸を押し退けようとする、父親がそれを制して、
「杉戸、さんと仰る?んですか?あなたを傍聴席でもお見掛けしていました。息子の事件に何か関心を持って頂いているふうにお見受けしていましたが、どういうこと、なんでしょうか?あなたもお聞きのように、息子は自分から罪を認めて、弁護士先生も云ったように、ただただ情状酌量を…」
「いきなりで恐縮ですが、お聞きします、あなたは公男さんに頼まれて、三十萬圓を~島に届けられました、これは間違いないですか?」
「ええ、うちの、この番頭、園山と云うんですが、この番頭に持たせて届けさせました、女の受け取りも持って帰っております」
「そのお金、今、何処にあります?」
夫婦は互いに顔を見合わせ、そして番頭の顔を見た、番頭は首を振る。
「誰も、知らないんです、誰も見ていないし、それに誰も、そのお金を探そうともしていません」
父親は、意味不明の顔をして杉戸を見詰める。
「現場に無かった、んです。思い出して下さい、先程、検察官、そのお金について、二人を刺殺して、金品を奪った、と云いましたが、それが今何処に在るか、ひとことも陳べていません。
お判り、ですか?金品を奪った、と云っていますが、その金品について、何も具体的に説明していません。普通、ひとは、そう聞かされますと、ああ、お金が奪われた、盗まれた、それは多分、犯人が盗んで何処かに隠した、と勝手に思い込んでしまい、それで一人合点、納得してしまいます、それ以上追及しません、そんなひとの心理の隙を衝いた、ひとの思考の流れを利用した物の云い方です。
 はっきり云います、現場には、番頭さんが確かに渡したそのお金は一銭も無かったんです。番頭さんにお聞きします、そのお金、何かに入れて渡したんですか?それとも風呂敷包みとか、ですか?」
「鞄、です。鞄に入れて、あの女に渡して、女は、中身を念入りに確認して」
「その鞄、その後どうされました?持って帰られましたか?」
「そのまま、あの女に渡して」
「その鞄も、現場には有りませんでした、公男さんと鉢合わせた警官は、公男さんを連れて家の中に戻り、遺体二つを発見しています、が、そのお金について、その鞄について何か報告した形跡が有りません、番頭さんが渡したその当日のこと、ですよ。
 番頭さん、思い出して下さい、公男さんが逮捕された後、警察はそのお金について何か番頭さんに訊きましたか?」
番頭は旦那の顔を見直し、そして首を振った、
「いえ、私の方から、お金のこと、警察に、訊ねたんです」
「公男さんを逮捕してから、三十萬圓の受け渡しがあったことを番頭さんに聞いてから警察は、署内全警官総勢15人総出で、事件現場隅々まで捜索しました。さほどに大きくもない家の中、敷地内、有れば見つからない訳はありません。その後、番頭さんに、警察から何か云って来ましたか?」
「いいえ、何も、そのまま、無しの礫、です」
父親が、二人の問答がもどかしくなったか、割って入った、
「あなたが何を云いたいのか判りません、お金のことは私たちには今はどうでもいいのです、わたしたちが今知りたいのは、息子の公男が犯人じゃないのか、公男は人を殺したのか、殺していないのか」
「問題はそこなんです、ご主人、自分の子供が人を殺した、大変なことをしてしまった、それで気が動転してしまって、もうお金のことなんかどうでもいい、そう思うだろうことを見越して、誰かがそのお金を何処かに隠し、誰かがうるさく言い始めれば、こんなところにあった、と持ち出せばいい。何も無ければ自分のものにすればいい。
 公男さんが、二人に騙されたと知って、そのお金を奪い返そうと、取り返す為に二人を殺した、と検察はその動機を決め付けていますが、そのお金が何処に在るか、起訴状にはひとことも陳べていません。わざと云わないのではなく、知らない、から云えない、のです」
佐川の両親、番頭は、互いに顔を見合わる、しかしその顔は困惑し切っていた。
杉戸は断言した、
「息子さん、公男さんを犯人、とすべき証拠は何一つとしてありません」
母親が杉戸の前に出て来て、問い詰めるように云った、
「じゃ、どうして、公男は自分がやったと白状したんですか?」
「云わされた、から、です」
母親は、その意味を理解し、夫に振り向いて云った、
「ひどいことされたんですか、あの子は。あなた、このひとの話を聞きましょう、聞いてどうすれば私らにあの子を助けられるか教えて頂きましょう。今更、こんなこと云ってもしようがないのですが、あの子が、公男が殺人犯人として逮捕されたと聞いて、すぐ知り合いの弁護士先生に頼んだんですけど、新聞で、事件の状況や、警察で公男が犯行を自供したと聞いてその弁護士先生から、無理、だと断られて、それで、国選って云うんですか、そんな制度を利用するしかなかった、んです、私たちには。
 ああ、だから、わたし、あなたに云ったじゃないの、公男がまさかひとを殺すなんて、ああ、どうして信じてやらなかったんでしょう」
「奥さん、~島に、弁護士、誰も、誰一人、調べに来ていませんでした」

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