第81話

文字数 2,145文字

                81,
(いったい、何者?)
これまで、杉戸が取材して来た中で、こんな人物の姿は一度も登場していなかった。朝鮮人のようだが、唯一考えられるのは、朝鮮慶州に赴任中の成瀬、もしくは度部に関係した人、かも知れない。それに、タクシー運転手の話から、度部が突き落とされた汽車、成瀬が下車した汽車に、この男も乗って来ていた、と思える。この男は、成瀬か度部のどちらかのあとをつけて長野まで来たのか…?
 だとすれば、この男の目的は何だ?男は成瀬の実家までつけて行き、そこで、成瀬が倉庫か蔵の前で、錠前をガチャガチャやっているところまで見ていた、と云う。
しかし、いったい何者?何の為に、二人を追ってきた?

 長野支社の野本記者に会った、電話で何度か話をしたが顔を合わすのは初めてだった、挨拶もそこそこに、杉戸は、長野駅に突然現れた男のことについて話をした、そして、この男が、成瀬が実家の倉庫の前で、鍵を忘れたのか、錠前をガチャガチャ鳴らしていたのを見ていたようだ、と話をすると、野本記者は何か思い出したか席を立つと、自分の鞄から手帳を取り出して、その内の一ページをめくって杉戸に見せた。
「これ、じゃないですか?」
(轢死者、軌道上発見残留品、
旧日本兵用背嚢、一つ、
背嚢の中に、三十萬圓程の佰圓札券の束、
鍵、一個)
とメモ書きがある、そしてそのページの裏に、背嚢の形状と、鍵の形状をスケッチしてあった。鍵の形は、昔ながらの錠前用の、柄の長い、丈夫そうな鍵の絵、だった、
野本は、声を潜めて云った、
「成瀬議員は、先の都議会議員選挙で大金を各界有力者にばら撒いた、とこの地元では実しやかに囁かれています。元警視庁捜査一課長の肩書だけでは、幾ら与党候補でも、全くの無名の新人、ましてや元憲兵隊隊長、元警視庁捜査一課長、普通ならまず、この肩書、一般の市民に嫌われる、と云うか、党の推薦さえ貰えなかった、と云われています。
その辺り後援会でも、今回は無理かと諦めていたようですが、蓋を開けてみると、先ず与党議員から圧倒的な数の公認証と推薦状が後援会に届き、投票結果は断トツのトップ当選、地元では喜ぶ一方で、大分、余程の大金を突っ込んだんだろうと専らの噂、その証拠に、立候補する前に、議員の実家の倉庫から毎日のように骨董品の数々が持ち出されて東京に運び込まれたと、これは運送屋の運転手の話も含め、半分は真偽不明ですが、証言は有ります、
 その持ち出された骨董品は、全て古代朝鮮の、彫り物や絵画、何れも国宝級のものばかりだった、と聞いています。
 それを金に換えて有力者に現金で配った、中には、そのままその骨董品を渡したか…まんざら嘘、噂ではないと思います。現実に、推薦さえとれないと云われていた議員がトップ当選、他に何か理由、考えられますか?」
初めて聞く、成瀬議員当選の裏話、しかし、事実、成瀬は朝鮮で、しかも骨董品の宝庫と云われる慶州で、憲兵隊将校としてそこで君臨し、部下の度部を使ってそれら価値ある財宝を盗ませていたのではと杉戸は推測していた。
 二人の関係性について、これまでは想像するしかなかったが、成瀬の実家の倉庫に古代朝鮮の秘宝が蔵されていると聞いて、杉戸はこれで成瀬と度部の二人の悪の関係を確信した。
 杉戸は、先日、店に持ち込まれて来た掛け軸に絡んで、盗んだ、金返せと揉めて殺人にまで発展した事件が有った時、その盗品を売買した罪で骨董屋が警察に出頭したが、その骨董屋から同僚記者が聞き出した話を思い出す。
 同僚の話では、初めに朝鮮人らしき男が「吉祥天女像」の掛け軸を持って闇市に現れ、在日の男を経由して、その「天女像」を骨董屋に持ち込んだ、この骨董屋と成瀬議員は先々先祖の代まで遡る程古い付き合いをしていると云う話だった。
 そこで杉戸はふと閃いた、成瀬が蔵に隠した骨董品を持ち出して、何処かの骨董屋に買い取らせて換金し、その金を有力議員らに配ったと云う噂話を聞いたが、ここで云う骨董屋とは、本社同僚記者の話に出て来た東京の骨董屋のことを指しているのではないかと思い当った。
 この骨董屋、取り調べの際、担当警官に散々悪態をついていたようだが、骨董屋が成瀬議員の名前を出した時点で、無罪放免、となったと云う。
 それにしても、成瀬の後を、長野駅までつけてきた、朝鮮人らしき男は、いったい何者か?
杉戸はもしや、この男、「天女像」を骨董屋に持ち込ませた朝鮮人らしき男と同じ人物、ではないか?
もし、同じ人物だったとして、成瀬を、度部を付けてきたその目的は…?

 支社から駅まで送って貰う車中で、ハンドルを握る野本がぼそりと云う、
「新聞屋になって、最近、つくづく、自分たちの仕事って、いったい何だろうって思うんですよ」
成瀬の、都議会議員当選の裏話、その証拠の数々をもっと多く、取材中に握ったのかも知れない、しかし、真偽不明のまま、それを公表することは出来る訳がない、多分、そのことを云っているのだと杉戸は思った、しかし、杉戸は黙った、答えようがなかった、杉戸自身も、年中、同じように何か大きな壁に阻害され、どうして?どうすれば?とその度、自問し、答えを求めるが、未だに何一つ、答えらしきものを見い出せないでいる。


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