第3話 コロッセオ
文字数 4,946文字
葬儀が終わってから、塚ヶ
着替えるのが面倒だったので、黒のネクタイだけ首から取り、礼服のまま新幹線に乗る。
京都18時30分発、東京20時45分着の『のぞみ』。
東京まで、約2時間ある。
通夜の晩に徹夜したことや慣れないことをしたことも重なって、体は
ようやく列車内で自分の席をみつけると、カバンを足元に置いて席に座る。
そして新幹線が出発してすぐ、泥のように眠ってしまった。
――――あれだけ眠かったのに、なぜか目を覚ました。
頭の芯がぼんやりしている。
トイレに行こうとして、ようやく気がついた。
――――新幹線が停まっている――――
何か事故でもあったのだろうか?
それにしても周りが静かだ。
窓の外は暗い。
新幹線内の照明が窓に反射して外の様子はわからないが、夜なのだろう。
車両後方の自動ドアから一人の男の子が入ってきた。
「探したよ、お兄ちゃん」
この子は誰に話しかけているのだろう?
周りをみるが、この子の言葉に反応しているのは俺だけのようだった。
「お兄ちゃんのことだよ。他に誰がいるっていうの?」
黒のロングTシャツの上に水色のチェックのシャツを
…………小学生高学年くらいだろうか。
雰囲気としては、サッカーなんかしていてクラスの人気者といった感じ。
しかしその子に声をかけられる意味がわからず、その小学生を見据えて自分に指を差した。
「そう。お兄ちゃんのこと。寝ぼけているの?」
「いやそんなことより、なんか新幹線が停まっているみたいなんだけど……」
その子は大袈裟に「はぁ」と溜息を吐いた。
「新幹線が停まっていて当然だよ。ここは現実世界、リアルじゃないもの」
現実世界じゃない――――
俺は古い記憶を呼び起こした。
思い出したくない古い記憶。
以前にも同じことがあった。
現実じゃない世界に飛ばされたことが…………
そのときは――――
俺は確認のために、その子に聞いてみた。
予想とは違う応えを期待して……
「なんで俺を探していたの?」
「そりゃ、殺すためだよ」
あっさりと言ってのけた。
しかしそれは俺の予想通りの応えだった。
がく然とする。またこの世界に来た。
そしてまた…………
「お兄ちゃん1人?」
「何でこっちの世界に…………」
「『こっちの世界に』と、この世界のことを口にするということは、お兄ちゃんは何回か、ここに来たことがあるってことだよね?」
…………察しがいい。この子供、切れるのかもしれない。
余計なことは言わない方がいいだろう。
「お兄ちゃんは素人なの? 今まで何回戦った?」
「――――――」
もうすでに戦いは始まっている――――と思った方がいい。
戦わないで済む方法を探すにせよ、最終的に戦わなければならない場合を考えて、あまりこちらの情報を与えない方がいいだろう。
ここは相手から情報を引き出すことに専念しよう。
「………………まあ、だんまりも良いけどね……」
そう言うこの子供、余裕があるのだろうか。
さっきから観察しているが、
「まあ、お兄ちゃんは初心者みたいだから少し教えてあげるよ。この世界はイタリアのコロッセオのようなものだよ。観客はいないけどね。さっき『何でこっちの世界に』とか言っていたけど僕たちのような能力を持った人間。 ――――つまり眠るとこちら側の世界に来ることができる力を持った人間が、ある一定の距離の中で二人とも眠った場合…… ああちょっと違うな…… 二人以上の人間が眠った場合、その眠った人達は、このもう一つの世界に送られるんだ」
つまり、そういう体質の人が近くで同時に眠ると、もう一つの世界に送られるということか…………
「二人以上って言い直したけど、三人とか四人が同時にこの世界に送られることがあるのか?」
「そうだね。あまりないように思うけど、そういうケースもあるよ」
なにが楽しいのか、にやにや笑っている。
「くくっ…… でもまさか、新幹線の中でこっち側に送られるなんてね。まあ周りを見てよ」
そう言われて、周りに目を向ける。
さっきまで気づかなかったが、異様な光景が目に入る。
ビールを飲むために、缶に口をつけて不自然に止まった人。
パソコンを打っていたんだろう、その人の手が止まったまま…………
サラリーマンが車内販売の女の人に硬貨を渡そうして、その販売員の手にお金が落ちる前、空中でお金が静止している。
「ねっ、わかるでしょ。ここはさっきまでいた世界のようで、全く違う別の世界。この世界から元いた世界に戻るためには、どちらかが死ぬしかない」
「――――ちょっと待って。どちらかが死ななければ、元いた世界に戻れないという証拠はどこにあるの?」
戦闘を避けようと、俺は疑問を投げかける。
「アッハッハッハ、それを証明するには僕が死ぬしかないよね。かと言って、お兄ちゃんが死んだら、その時点でお兄ちゃんにはわからなくなる。だからそれをお兄ちゃんに証明することはできないよ。これは僕の経験から言って、というしかない」
丁寧に答えてくれたように聞こえるが、その子の顔には
俺はその他の方法…………
二人とも生きて元の世界に帰る方法がないのかと聞いたのだが、それは考慮されていないらしい。
「じゃあ、場所を変えよっか?」
目の前の子供は天に腕をかざし、「
しばらくして、視界がブラックアウトした。
目が慣れてくると、俺は片側1車線の道路の真ん中に立っていた。
新幹線の中から、どこか知らない町に移ったようだ。
車道に立っているが、車はヘッドライトを点けたままで一台も動いていない。
そしてその車に乗っている人や歩道を歩いている人…………
その他の人も皆フリーズしている。
しばらく呆然としていると、通りの向こうからさっきの子供が歩いてきた。
「わかった? 新幹線の中じゃ思いっきり戦えないし、こうして戦い易い場所を選ぶんだ。そして……」
その子が一度言葉を切って、手の平を天にかざし、「銃」と叫んだ。
…………と同時に、今までフリーズしていた周りの人が一斉に黒い煙となって消える。
その代わりに何か重いものが落ちる音があちこちから聞こえてきた。
目で見てわかっていても、今の現象を把握するまで時間がかかった。
つまり人が消えて、その代わりに銃が現れた。
いや、もっと
――――でも自分の中で、『信じられない光景』と表現したくなるのは噓だ。
思い出したくなくて、自分を誤魔化そうとしただけ……
久しぶりに見たから、そう思っただけだ。
今の一連の出来事は見たことがある。
以前、小学生の時に…………
ただ、前回の時は『銃』じゃなく『刃物』だったが。
男の子が道路の端までゆっくりと歩いていって、拳銃を一つ拾い、戻ってくる。
――――戦闘は避けられないのか?
この子はもう殺し合いを避けるつもりはないのかもしれない。
この子供…………いやもう心の中で子供と言う必要はないか?
…………ガキで十分だ。
このガキ、さっきから見ていると、銃の扱いになんとなく慣れているような気がする。
「今僕が言った、場所と武器の指定は後から眠ってこの世界に来た人しかできないんだ。新幹線の中でお兄ちゃんが先に眠って、僕が後から眠ったので、僕の方が場所と武器の指定をできたというわけ…………」
目の前の小学生にしか見えないガキは、さも退屈といった感じで続ける。
「これでわかったでしょ。ここは戦うための世界。人が武器になるんだから、どうしようもなく殺し合うための場所だね」
「武器を指定なんてしなけりゃ良かったじゃないか? そうすれば戦わなくても済むだろ」
ガキは首を振る。
そして、さっきとは少しまとう雰囲気を変えて、話し始める。
「今までここに来た人が、武器を指定しなかったことはないよ。なんでだと思う? みんな殺しを
身をよじって、笑っている。
とても子供の出す声だと思えない。容姿と言動が一致していない。
まるで羊の皮を被った……ってやつだ。
ガキは笑いながら、銃の上部を少し手前に引いて、何かを確認している。
「それにしてもお前、ずいぶん銃の扱いに慣れてるみたいじゃないか? よく使うのか?」
「質問が多いよ、お兄ちゃん……」
一瞬だが、小学生とは思えない鋭い眼光を俺に向けた。
「こっちの質問には答えてくれないのに…… まっいいか。今までに何度か使ったことがあるよ。銃は人を殺すのに最も効率がいい道具の一つだからね。でもこの世界で2、3回ほどだよ」
そういいながら、銃の握り手の下から何かを出し、確認したりしている。
銃を2、3回使ったくらいで、あんなに手慣れたように扱えるのか?
それとも相当の
「大丈夫だって、お兄ちゃんもすぐ慣れるからさ、銃の扱いに…… でも慣れる前に死んじゃうかもしれないけどね」
口の
「あ~あ、疲れた。久し振りの戦闘だったんで、嬉しくなって色々説明しちゃったよ。結局、僕がお兄ちゃんを殺すんだから、話しても意味なかったね。ああ、でも最期に聞いてもいい? お兄ちゃんさ、黒のスーツ着てるけど、普通のスーツとちょっと違うよね。しかもネクタイ外しているところを見ると、ひょっとしてそれって、
「…………祖母の葬儀の帰りだ」
「アハッハッハッ。葬式の帰りに殺されるなんて呼ばれてるんじゃないの? 死んだ人に……」
――――ガキが腹を抱えて、笑っている。
俺は怒りを必死にこらえて、この世界の情報を得るために無表情を取り
まだ得られる情報があるかもしれない。
「そうだ、楽しませてくれたお礼に教えてあげるよ。その辺に落ちてる銃を拾ってみて。聞こえるから…… 神の声が……」
「神の声って、なんだ?」
「まあ銃に触ったらわかるから。じぁあ、そろそろゲームを始めようか……」
ガキが俺に銃口を向ける。
そして
弾丸は俺の左足から少し離れたアスファルトで
間を置かず、今度は右足近くで跳弾。
「…………お兄ちゃん、少しはやる気を見せてよ。こっちは久し振りの狩りでワクワクしてるっていうのに。ああ、現実世界で新幹線が東京駅に到着すれば、元の世界に戻れると思っているなら甘いよ。この世界は現実世界に比べて、時間の流れが速いんだ。あと4~5時間はこっち世界にいることになるかもね」
笑いながら、ガキは続ける。
「それともひょっとして、まだこっちの世界で死んでもリアルで死なないと思ってる? こっちでの死は、現実での死だから…… 確かめて見たかったら、死んでみてもいいよ。でもさっきも言ったように、こっちで死ねば、向こうでも死ぬので確かめようが無いけどね」
バカにするように、くくっと笑っている。
「もういいかな……退屈だよ」
「ちょっと待って」
ガキがあからさまに、嫌な顔をする。
「殺し合いに何の意味がある。お互いに殺し合いをしなければ、もっと別の方法で帰れる可能性があるんじゃないのか?」
俺の質問に心底、面倒臭そうに応える。
「この世界で殺し合いをしなかったケースはないね。そこら中に銃があふれているんだ。これはもう、神が殺し合いをしろと言っているようなものでしょ。それに相手を殺さずに、リアルに戻れたっていう話は聞いたことないし…………」
少し間が空いた後、ガキが長い息を吐く。
――――すると、またガキが雰囲気を変えた。
「クククッ…… もういいかな。これで授業は終了だよ。ここからは本気でいくから……」
ガキが再び銃口を向ける。
と思ったら、俺に
左腕にわずかな痛みを感じる。
…………かすったようだ。
ドロリとした無感情の色をたたえたガキの目が、真正面にいる俺を
さっきとは別人…………
まるで狂気に酔っているかのようだ。
…………こいつ、マジだ。
銃口をわずかにずらして、さらにガキが撃った。
チリッと、こめかみが痛む。
そして間違いなく汗ではないものが、耳の側を流れていく。
無表情のままのガキが宣言した。
「さあ、殺し合いを始めよう」