第42話 死者からの殺意
文字数 5,316文字
保健室の隣にある、職員室までたどり着いた。
私が左太ももを撃たれてから、九条君は右肩を貸してくれていた。
でも今は九条君も右肩を撃たれたため、それもできなくなってしまった。
仕方なく、銃のストックを地面につけるようにして、それを杖がわりに北棟1階の職員室前まで来た。
どうやらアサルトライフルの残弾が少ないため、新しい銃を手にいれるらしい。
生徒の教室2つ分の広さのある職員室。
5限目が始まった時間でフリーズした職員室の中は、大半の先生が授業に出払っていたため、人はまばらだったのかもしれない。
九条君は先生の机のあいだを回り、銃を探している。
私が持っている銃の弾薬は満タンなので、新たに別の銃を手に入れる必要はない。
保健室に近い位置にあるもう一つの引き戸へ、私は足を引きずりながらさきに移動する。
たどり着いた引き戸は、職員室の内側に向けて倒れていた。
それを見て思い出す。
職員室前の廊下で、
私が撃った弾丸を
その結果、倒れたのが目の前の引き戸だろう。
そういえば午前中、遅刻した九条君が正座させられていた。
その場所も、倒れた引き戸の外側になる廊下だっけ……
――――まるで遠い昔のように感じる。
九条君がサブマシンガンらしきものを持って、帰ってくる。
「アサルトライフルじゃなくていいの?」
私の言葉に、九条君は自分の持っているサブマシンガンに目を落とす。
「校内だから、そこまで
言い訳みたく九条君は言う。
でも、撃たれた右肩が痛いんだと私は思った。
一般的に言って、アサルトライフルよりもサブマシンガンの方が軽い。
軽い銃の方が、負傷した肩の負担が少なくなる。
不意に、九条君は職員室の壁にかかっている丸い時計に目をやった。
「――――河西、耳を
「……えっ、なんで?」
「いいから……早く……」
――――次に、私が疑問を口にしようとした時だった。
大音響でスピーカーが鳴り出す。
私は身構えもなく、つんざくような音をまともに聞いてしまった。
そもそも両手で銃を抱えているため、耳を塞げない。
九条君はあらかじめわかっていたのか、それほど驚いた様子はなかった。
しばらくするとただの
『――――――――――――――――――て下さい。繰り返します。最終下校時間となりました。まだ学校に残っている生徒は
職員室の壁掛け時計を見る。
――――6時30分、14秒…………
「私が田久井に捕まっていたときも鳴ってたけど、なんなの?」
「…………なんなのって、最終下校時間の放送だな。田久井の注意をそらすために利用した」
「たしか、この職員室で、職員用の放送機材のボリュームを調節できたわよね。元に戻さなくていいの?」
九条君がわずかに頭を振る。
「まだ戦闘は終わっていないかもしれない。だとしたら、このうるさい音は利用できる。このままにしておこう」
九条君が引き戸を踏みつけ、警戒しつつ廊下に出る。
私もそれを追った。
隣の保健室までは、わずかに歩くだけでたどり着ける。
でもその短い距離に、前の銃撃戦で田久井が撃った、ライフルの
踏むと滑りそうな空薬莢に注意しながら、保健室の引き戸の前まで来る。
…………その引き戸は閉まっていた。
――――ほんのわずかな違和感を覚える。
…………九条君も何かに感づいたのか、引き戸の取っ手をつかもうとしない。
「……私たちって、前に保健室から出た時、引き戸を閉めたっけ?」
「いや、開けたままで出たはずだけど……」
「…………あなたが家庭科室で罠を仕掛けていた時、田久井がなかなか来ないって話しをしていたわよね。それって――――」
私はそこまで話して、引き戸の
…………心の中で、暗い部分が広がってゆくのを感じる。
「…………
「……罠ね…………」
ポツリと乾いた声で言った、九条君の言葉に同意する。
少しだけ緩んでいた気を、もう一度引き締める。
九条君を見ると、右肩の出血が増えているためか、白いワイシャツに広がる黒い血がブレザーを着てても確認できるくらいになっていた。
「私が保健室の中を見てくるから、あなたは少し離れたところで待ってて」
「どこ行くんだよ? てか河西の方が重傷だろ…… 俺が確認してくるから、ここで待ってろって……」
九条君が私の腕を掴んだので、それをやんわりと
「ここで活躍しなかったら、今回の戦闘では私はただのお荷物じゃない? 危ないことはしないから待ってて」
真剣に言うと理解してくれたのか、九条君は一度だけ
二人で保健室前から離れる。
保健室のある北棟1階廊下から、東側連絡通路と交差する所までやってきた。
東側連絡通路は、私と九条君とで
職員室前よりも、廊下に落ちている空薬莢の数が多い。
何かあったら連絡できるように、スマホをスピーカーモードで通話状態にし、胸ポケットに入れる。
九条君はその場に留まり、私はさらに東側連絡通路を
中棟は保健室のある北棟と並行に建てられている建物。
その2階まで上がり、廊下の窓ガラスから中庭を通して、1階にある保健室の中を見る。
窓ガラスを開けて詳しく探さなくても、異物はすぐに見つかった。
引き戸の取っ手、その真下の床の上に何かが置いてある。
「……どう? なにか見つかったか?」
胸ポケットのスマホから、九条君の声が聞こえる。
「引き戸に接触するような状態で、床の上に箱のようなものが置いてあるわ」
「爆発物かな……」
「十中八九、そうでしょうね……」
スマホから、大きなため息が聞こえる。
「箱の大きさはどの程度なんだ?」
「年末なんかに、よく売り出しているのを見かけるみかん箱、そのものね」
「はあ? ちょっ、そんなでかいのか?」
「裸眼でも箱の横に、みかんって書いてあるのが見えるわ」
「今からそっちに行くから、ちょっと待って」
「わかったわ」
九条君が来るまでに、窓ガラスを開けて射撃の準備をした。
SCP70/90――このアサルトライフルは長いこと持ってた気がするけど、ようやく使うときがきたみたいだ。
走ってきたのか、九条君がすぐにきた。
よほど爆発物の大きさに驚いたらしい。
私と同じく眼が良いのか、窓から保健室のほうを見下ろしてすぐに確認したようだ。
「……本当だ。みかんって書いてある。あれ……爆発したら、どの程度の破壊力になるんだ?」
「爆発の規模はわからないけど…… 田久井が設置したと考えるなら、引き戸を開けると、保健室の外にいる人間を殺傷できるんじゃない」
おそらく、九条君が家庭科室で罠を仕掛けている間に、田久井も罠を仕掛けていたということなんだろう。
…………死んでからも面倒なヤツ。
「……あれは引き戸を横にスライドさせると、雷管に通電する仕組みか?」
九条君はみかん箱の起爆方法に興味があるようだ。
――――とにかく箱の外観からは、爆発の規模はわからない。
でも撃ってみれば、それはわかるはず……
全開にした窓から、ライフルを構える。
「ちょっと待って!」
そう言った九条君が、すぐそばの教室に入っていった。
そしてカーテンと椅子を持って帰ってくる。
「爆発の規模によっては、割れた窓ガラスが
カーテンが必要かわからないけど、椅子に片脚をつけて座ることで、銃を保持しやすくなった。
さらに九条君が自分のブレザーを窓枠に置いてくれたことで銃身が安定する。
最後にカーテンで私を
「……光学照準器なしのアイアンサイトだけで、当たるのか?」
「やってみないとわからないけど、距離は100メートルもないんだから、たぶん当たると思う」
「……すごいな。俺は全然自信ないけど……」
自分の周りがカーテンで暗くなったのを見て、九条君に話す。
「このまま撃つと、カーテンの中に銃声がこもるかもしれないけど、いいの?」
「じゃあ、立ってカーテン持っとくよ。撃った瞬間に、カーテンを下ろすから……」
距離は60メートルぐらいだろうか……
…………そして2階から1階への撃ち下ろし。
微調整を済ませて、九条君に話しかける。
「いい?」
「どうぞ」
自分の
銃声と同時に、九条君がタイミングよくカーテンを押し下げる。
しかしカーテンの真っ暗闇の中でも、ターゲットに当たったことはわかった。
――――すぐ身近で起こったかのような爆発音。
建物が揺れる感覚……
なにより、九条君が持っているはずのカーテンが激しくはためく音…………
短い地震のような揺れが収まってから、九条君がゆっくりとカーテンを振りほどいた。
見えるのは、足元から少し離れたところに散らばる、たくさんの割れたガラス。
自分が立っている廊下に、足の踏み場もないほど細かく光る凶器が散乱している。
窓の外を見ると、今も遅れて垂直に落ちてくる無数のガラス…………
その向こう、ターゲットがあったはずの北棟1階からは煙が出ていて、見通せなくなっている。
海外のニュースでよくある、テロ直後の映像を間近で見ているような気分だ。
しばらくして、爆発した場所の煙が晴れてくる。
切り立った
学校の北棟が、まるでRPGゲームのダンジョンの入口みたいになっていた。
爆発前、保健室はこの範囲までと、長方形で指し示すことができた。
でも今は、その
…………天井も崩れてしまって、何かが落ちてきているようだった。
どれだけの火薬を使うと、こんな風になるのか――――
カーテンを持ってきてくれた九条君に、お礼を言おうとして横を見た。
でも自分の隣には誰もいない。
その時初めて、自分の耳が少し遠くなっていることに気がついた。
ガラスが割れた窓から、さっき通った1階の東側連絡通路を見る。
九条君が早歩きで、北棟に向かっていた。
「ちょっと、危ないわよ!」
そう言ったつもりだった。
でも聴力がまだ戻っていない自分の耳には、自分の声も小さく聞こえるだけ……
私は窓枠に残された九条君のブレザーを手にする。
そして足を引きずり、銃を杖にして、九条君の後を追った。
空気中にさえ、細かいガラス片が浮遊しているような感じがする。
そんなことお構いなしで、俺は歩いて保健室に向かう。
俺が家庭科室で罠を作っているあいだ、田久井も罠を作っていたということ…………
でもニトロセルロースあたりから、せっせと作れるものじゃない。
爆発物は現実世界から持ち込んだ、としか思えない。
現実世界から大量の火薬を持ち込んで、保健室に仕掛けた…………
保健室はこの狭い学校の中で唯一、治療道具がそろっている場所だ。
つまり俺たちが立ち寄りやすい場所……
それをわかっていて、仕掛けたということだろう。
保健室のある北棟までやってきた。
壁には、亀裂も入っているようだ。
――――ガラスを踏みしめて前に進む。
保健室はすぐそこだ。
でもそこが保健室であったのかどうかは、元の様子を知っている人間じゃないとわからないだろう。
引き戸だったものが折れ曲がって、その上にコンクリートの固まりが乗っかっている。
保健室と廊下を隔てていた壁が、解体工事中みたいに、一部を残し無くなっている。
わずかに下り坂のようになった床を進み、大きく開いた穴から中を見てみた。
…………天井が半分なかった。
保健室の入口があった場所からその奥、中庭のほうに向かって放射状に天井が消えている。
2階の教室から生徒の机や椅子が落ちてきていた。
爆発のエネルギーが、比較的放出しやすい窓ガラスに向かったということなのだろうか。
まるでロボットアニメで出てきそうなビームを斜め上に発射するとこうなる、と言いたげなありさまだ。
――――――そもそも、この火薬の量……
ここまでの殺意は、今まで感じたことがない。
ふと見ると、足元に小さな金属の玉がいくつか落ちている。
…………パチンコ玉だろうか?
ここまでの火薬を使っておきながら、まだ殺傷力を上げるために爆薬にパチンコ玉を仕掛けたということなのか。
上から粉のようなものが落ちてきているのを感じて、うしろに身を引いた。
コンクリートと机、それと椅子がひと固まりになって、下り坂になった2階の床から一度に落ちてきた。
重量感のある音を立てて、埃を舞い上がらせる。
田久井はこの方法を
俺と河西が戦って勝ったのは、本当に偶然だったのでは……そう思った。
そしてこれから自分の身に降りかかる、とてつもない殺意について考えないわけにはいかなかった。
――――自分の口から息が漏れているのを感じた。
自分が笑っているのだということがわかったのは、しばらく後になってからだった。