第11話 かつての京都市

文字数 4,013文字




…………全速力で走った。

でも警察署に着くまで、すごく時間がかかった気がする。


建物の入り口の自動ドアが開くのを待てず、その間をすり抜けた。

色々な受付窓口がある。
ここだけ見ると、まるで市役所の窓口と変わらないような気がする。


…………でも、ここにも刃物はあるけど人はいなかった。
明かりがついているだけで誰もいない。


わずかな希望をもって、1階から順に回ってみた。

様々な扉を開けて中をのぞく。
気が引けたけど、女子トイレにも入って誰かいないか確認した。

1階には誰もいない。

次に2階にまわる。
パッと見ても誰もいない。同じく扉を開いて回った。

3階、4階も調べたが、やっぱり人はいない。


1階に戻って、一般人が利用できないような場所にあった階段を昇る。
ドラマであるような取調室みたいな小さな部屋もあったが、誰もいない。


さらに上の階に進むと、(てつ)格子(ごうし)の部屋が並んでいた。
こんな街中にある警察署にも、鉄格子の部屋があることに少し驚いた。

もし鉄格子の中に人がいたとしても、その人に助けを求めていいものかわからない。

けど確認のために、自分の胸の高さまであるプラスチックの板に近づき、鉄格子の中をのぞく。格子と重なるように細かい網目状のフェンスがあるが、それを通して中をのぞいた。


狭い部屋の中には誰もいない。

部屋の隅に散らばるように刃物が3つ。
それと簡単に囲ってあるトイレがあるだけだ。


他の鉄格子の部屋をすべて見てみる。
けど、誰もいなかった。


…………僕は警察署の社会科見学に来ているわけじゃない。
すぐにきた道を引き返した。



警察署内のほとんどすべてを見て回った。
――――結局誰もいない。

でもさっき1階を見て回った時、地下があるのを確認していた。
最後の望みはその地下だけだった。


1階に降り、開いていた扉を通って、階段を降りていく。

地下は無機質なコンクリートで固めただけの通路が広がっていた。
曲がり角があり、その先が地下駐車場につながっているようだ。

…………通路の途中に扉はある。
でも鍵がかかっているのか開かなかった。


駐車場とは反対方向の通路へ向かおうとしたところで、人の気配がした。
僕が降りてきた1階の方からだ。

ほっとして、その人に会いにいって助けを求めようと駆け出した。


――――途中で足をとめる。

1階はさっき調べている。
ということは、誰かこの警察署に入ってきたということだろうか? 


…………たぶんそうだろう。

1階はもう隅々まで人がいないか探したあとだ。
だとしたら、あのサラリーマンが入ってきた可能性もあるんじゃないだろうか?


急いで駆け戻り、一番奥の通路の(かど)で隠れる。

…………そこで気づいた。

この奥の通路の先にある扉が開いていた。
小さな受付窓口のような場所のとなりにある、金属の扉が開いている。

でも今は、誰がこの警察署に入ってきたのか確認する方が先だ。


意外に早く、その人物はこの地下に降りてきたようだ。
さっき僕が1階まで走って行こうとした時の足音を聞いていたのかもしれない。


………………だれ?


革靴のゆっくりとした足音が聞こえる。
もしこの人が僕と同じく人を探しているのなら、こんなに遅い足取りだろうか?

嫌な予感が頭の中をぐるぐる駆け巡る。


――――壁に隠れて、じっと階段の方へ目を向けた。

「――ッ」

階段を降りてきた人はグレーのスーツを着ていた。
それもさっき僕を襲ったように、右手にナイフを持っている。

たぶん、あのサラリーマンだ。


…………見つかったかもしれない。
僕はすぐに通路の奥の扉まで走り、音をたてないようにゆっくりと扉を閉めた。

すぐに扉の鍵をかける。

そして外から見えないように、椅子の上から受付窓口の上についていたシャッターを降ろした。



真っ暗になった部屋の明かりを点けて、部屋の奥に行こうとして気がついた。

部屋の広さは僕の部屋の半分ぐらいだろうか?
たいして広くない部屋の左右の棚に、拳銃や手錠なんかが並んでいる。

倉庫のようなものなのだろうか?

初めて見る、その黒光りする拳銃を見る。


すると、この部屋の扉のノブを回す音が聞こえてきた。
急いで銃を取り、ケースに入って並んでいる銃の弾を手に取る。

でもどうやって銃に弾を入れるのかわからない。


…………ドアノブを回す音が聞こえていたが、しばらくしてその音は止んだ。


ほっとして、銃の色々な部分を触っていると、中央の丸い部分が横に外れた。

刑事ドラマで見たことがある。
この丸い穴に弾を入れるはずだ。

全部の穴に弾を入れると、持っていた5発の弾すべてが丸い穴に収まった。
そして弾の入った丸い部分を銃の中心に戻す。


部屋の奥からじっと耳を澄ます。

…………人がいる気配がない。


あきらめてどこかに行った?
でも待ち伏せしているかもしれない。

とりあえず、ここに隠れていたほうがいい。


今になって、左腕が思いだしたように痛み出した。
今まで緊張で、心が張り詰めていたため感じなかったのか?

…………徐々に痛みが酷くなっていく。
切られた腕を見ると転んだせいだろうか、服が黒くなっていた。



――――腕の痛みに耐えながら、どのくらい経っただろう。
ドアの外に出て、逃げ出したい気持ちで一杯になる。

でも、今は我慢だ。
外よりここの方が、100倍安全なんだから。


じっとしていると足音が聞こえてきた。たぶんあの男だ。

足音がドアの前でやんだ。
そしてドアノブを一度ガチャガチャと回す。

それを聞いて僕は座ったまま後退り、壁を背にするように通路の一番奥で身を(ちぢ)こめた。


しばらく耳を澄ませていると、じゃらじゃらと金属音が聞こえる。


――――かっ、鍵の音!

…………と、金属の擦れる、聞き慣れた鍵穴に鍵が入る音が聞こえた。


震えながら、両手に握った銃を前に出そうとする。
でも腕にガタガタと震えが伝わり、真っ直ぐに銃がドアに向かない。


鍵穴に鍵が入った音がしたけど、ドアノブを回す音は聞こえてこない。
たぶん鍵が違ったんだ。

鍵を引き抜く音の後、また新しい鍵を試すのか、ジャラっと音がした。
カチカチと、鍵穴に入らなかった音がする。


何度も鍵を試す音がした後、それをやめたのか音がしなくなった。

僕は、ほっとして銃を下ろそうとした。
その時、ドンと大きい音がした。

僕は何が起こったのかわからず、飛び跳ねるように背筋を伸ばした。

続けてドンともう一度。

男が体当たりしている、ドアに……

ドン、ドン、ドン、…………


…………だっ、大丈夫だ、大丈夫。

あの扉は頑丈(がんじょう)だ。
男が体当たりしたくらいで開いたりはしない。


大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫――――


呪文のようにそう心の中で思っていると、体当たりの音が消えた。
ドアの前には人の気配がしない。


――――行ったようだ。
もうあきらめたのだろうか?

胸を()で下ろすと、急にトイレに行きたくなった。


…………ダメだ。
今、外に出るわけにはいかない。

………………がまん、がまんだ。



時間が経つにつれトイレに行きたくて、座っているのも辛くなってくる。
いつの間にか、さっき男が体当たりした時とは違った震えが全身を覆っていた。

震えに身を任せ、必死に我慢していたため気づかなかった。
また鍵穴に鍵を差し込もうとする音が聞こえていた。


ガチャッと、鍵穴に鍵が差し込まれた音がした。


ダメだ。もう限界。漏れそう……
鍵穴に差し込まれた音で、もう我慢の限界を越えようとした。

しかし男は入って来なかった。鍵が違ったようだ。


でも僕は安心している場合じゃなかった。
漏らすのを我慢する限界をとっくに越えていた。


両目を固く(つむ)り、息を詰まらせる――――


次の瞬間、ガチャッと音がした。

目を開けたとたん、(また)の間に生暖かい液体が広がる。


――――ゆっくりとドアノブが回され、扉が開いてゆく。


男は無表情だった。
あれだけ何度も鍵を変えてドアを開けようとしたり、体当たりしたのに。

僕に対する怒りやドアを開けた喜びは全くないようだった。


でも男は部屋を見渡して、何かに気づいたようだ。
無表情を崩して、驚いているようだった。


――――そうだ。
この部屋の銃を見て驚いているんだ。


僕は漏らしたのを忘れて、手放していた銃を拾う。

その僕の姿を見ていたのだろうか?
いきなり僕に向かって走り迫ってきた。

あっという間に距離が縮まる。


放心状態からいきなり緊張状態になり、目をぎゅっと瞑り、震える手で引き金を引いた。


――――指を何回引いただろう?

カチン、カチン、と音が鳴るだけになったのを聞いて、ゆっくり目を開けた。


男が倒れている。
僕の左足の20センチ先に、男が握ったサバイバルナイフがあった。


握っていた銃を落として、立ち上がり爪先立ちになる。

ぴったりと背中を壁につけたあと、男の脇を通り抜けて部屋を出た。


地下から一階への階段を二段跳びで昇る。

股下がぐっしょり濡れて気持ち悪かったが、必死になって駆けた。
そして警察署の入り口を飛び出した。



「……眠い……」

そう言った後、隣に目を向ける。
俺と同じ制服を着た女子生徒が怪訝(けげん)な目を向けながら、早足で通学路を歩いて行った。

…………おそらく不審人物だと思ったのだろう。

だが眠いものは眠いのだ。
これは魂の叫びだ。口をついて出たとしても仕方がない。


週末は、自転車に乗って塚ヶ原市(つかがはらし)を見て回った。
ようやく市の全体像を把握できてきたところだ。

しかし金曜、土曜と一睡もしなかったせいで、日曜日の夜、日付が変わってから寝落ちした。


子どもの頃の出来事を鮮明に夢に見たせいで、こうして月曜の登校時間には間に合ったが…………


初めて向こうの世界で戦った時の夢。まだ小学生だった時のことだ。
つい最近まで、夢だと思っていた。

だが、たとえ夢でも人を殺したかもしれないということが、トラウマとして自分の中に残っていたということなんだろうか…………

トラウマを抱えてしまうような弱い心で、この先、生きていけるのだろうか?


学校に近づくにつれ、自分と同じ年の奴らが元気に笑い合っているのが見える。


…………そもそも俺は、この睡眠不足を抱えたまま、生きていけるのだろうか?










ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み