第46話 桜は散れども

文字数 4,984文字




…………頸椎(けいつい)捻挫(ねんざ)らしい。


急患として、井川(いがわ)に殴られた首元を診てもらうと、若い医師にそう診断された。

他人(ひと)に殴られたと説明すると、警察が飛んでくるかもしれない……

そのため、眩暈(めまい)がして転んだとしか説明できなかった。


俺が病室に戻ると、河西(かさい)はもう帰ったようだった。



次の日、病院での検査の待ち時間に電話をした。

呼び出し音がしばらく続いたあと、ようやく同じクラスの木場(きば)が出た。

「よう九条(くじょう)。退院したのか?」

スマホの向こう側で、低音が響くような音楽が聞こえる。

「まだ検査中だ。お前、今どこにいるんだ?」

「学校近くのカラオケだよ。俺たちは入学してからまだ日が浅いだろ。それで学校が休校になったんで、ちょうどいいとばかりにクラスの有志(ゆうし)でカラオケに来てんだよ」

「……休校? 今日、学校は休みなのか?」


休校になった理由を、俺は知っている。

でもここは、適度に驚いて見せなければならない場面……と思った。


「そう、突然休校になったんだ。それでカラオケにいる」
「なんで、休校になったんだ?」

「数学の田久井(たくい)がな…………死んでたんだって」


ようやく俺が知りたい質問ができるところまで辿り着いた。

木場は学校内の情報通でもある。
ひょっとしたら、いろいろ知っているかもしれない。

「…………田久井が死んでた? どこで死んでたんだ? 死因は?」

「いや、死因まではわからないんだけど、化学準備室で座って、机に()()した状態で死んでたらしい。化学準備室っていったら、昨日化学教師の、井川が休みだっただろ?」

「ああ、そういえばそうだったな……」


相槌(あいづち)を打ちながら、井川が休みだったことを、たった今思い出したように(よそお)った。


「それでたぶん、化学準備室の鍵を持ち出して、中に入ったらしいってことなんだけど……」

「勝手に入って、死んでいたと……?」

「ああ…… でも、化学準備室には内側から鍵が掛かってたんだって…… だから自殺なんじゃないかって言われてるけど……」


いくら木場が情報通といっても、少し詳しすぎるような気がした。

「…………それにしてはお前、えらく詳しいじゃないか?」

「それはだな…… 最初に死体を見つけたのが今日出勤した井川先生と化学部員の男子2人だったらしいんだけど、生徒2人がお(しゃべ)りだったらしくてな…… そいつらが喋ったことが、学校内に感染症のように伝染(でんせん)していてな……」


井川はわざと、お喋りな2人を選んだのだろうか?

田久井の死体には外傷はなく、眠ったように死んでいたはずだ。
その死体を生徒に見せて喋らせれば、一緒に死体を発見した井川自身と関係ないことの証明にもなる。


…………そこまでの推測するのは、考え過ぎだろうか。


「まあそんなことより、九条。検査が早く終わったらカラオケ来ないか? クラスの半分ぐらいの人数が集まってるぞ」
「そうだな、早く終わったら行くよ…… 場所はどこなんだ?」


「九条さん、九条( )啓吾(けいご)さん……」


ちょうどタイミングよく、検査室前の看護師が俺の名前を呼んだ。

「悪い。看護師に呼ばれた。あとでまた電話かけるわ」
「おう、またあとでな……」

電話を切り、俺は呼ばれた診察室に入っていった。



結局、次の日も学校は休校になった。

警察がまだ調べているのかも知れないし、学校としてはもう一日休みにして、間を置きたかったのかもしれない。


河西とは県立中央病院で別れた後、連絡を取っていなかった。

河西と同じ中学だったという木場に、あらかじめ河西の住所を聞いておく。
そしてその日の夜、河西の自宅近くの公園まで足を運んだ。

そこから河西に電話をかけた。

向こうの世界で何度も電話していたため、もう完全に記憶してしまった電話番号をスマホに表示し、通話ボタンをタップする。


「はい…… なんでしょう?」


…………声に抑揚(よくよう)がない。

まるで、どうして電話を掛けてきたのですか、と言われているみたいだ。


「あの……少し会って話ができないかな。財布も返してほしいし……」

財布のことを出さないと、嫌ですと言われてしまうと思った。


公園の場所を言うと、1時間後にと言われて電話が切れた。

15分もかからない場所のはずなのに、どうして1時間後なのかと思ったが、黙って待つことにした。



夜空を眺めながら、公園の片隅にあるブランコを()いだ。

ブランコの真上には、桜の木の枝が張り出していた。
今年の春はいろいろなことがあって、桜が咲いているのを見た記憶がない。

自分の真上にある枝には、黄緑色した、小さい葉が風に揺れていた。


思い(ふけ)っていると、河西が姿を現した。
白いワンピースに、淡いピンク色のカーディガンを羽織っている。


河西が何も言わずに、俺の隣のブランコに座った。

髪が少し濡れているように感じる。
風呂上がりなのだろうか?

病室で渡した俺の財布を、河西は静かに返してきた。

「……ありがとう。財布の中、確認してもいい?」

「どうぞ、あなたの財布なのだから……」


一応、ことわってから財布の中をのぞいた。

「あれ、減ってないけど…… 使ってないの?」


河西に渡したときにあった1万6千円は、そのままになっていた。

「タクシーで帰った後、同じ金額だけ元に戻したのよ。借りたカネは返すのが、河西家の家訓(かくん)なのよ。それより、井川に殴られた首は大丈夫なの?」

「頸椎捻挫。しばらく安静にしていれば大丈夫って、医者が……」


それから木場から聞いた田久井の話を、簡単に説明した。

河西は学校に友達がいなさそうだ。
初めて聞く話は多いだろうと思った。


そしてその話に、俺たちにしかわからない推測をつけ加える。


まず、田久井が河西を襲うにあたって、あらかじめ日程を決め、その日に井川が学校を休むように内通(ないつう)していた可能性があること。

井川が休んでいたため、田久井の死によって警察の追求が井川に向く可能性は少ないこと。

爆発物の()りかが、化学準備室内の薬品庫の中であった可能性が高くなったこと。

そして、もうすでに井川により、その保管場所は変えられていること。


…………こんなところだろうか。


河西が俺の話に、疑問をはさむ。

「爆弾の保管場所を変えたって話だけど、そもそも井川はアレを解体するって言ってたわよね。あなたは本当に、井川が解体すると思ってるの?」

「いや、思っていない……」

首を振ると痛いので、言葉で否定した。


雷管(らいかん)を抜くのは造作(ぞうさ)もないこと……と、井川は言っていた。簡単にいつでも抜けるのなら、今じゃなくていいと思う。だからあの爆発物はまだ生きている」

「やっぱりそうよね…… もう一度学校で戦うようなことがあれば、アレが出てくることもあるってことね……」


あの爆発規模を考える。
10メートル以内で食らったら、衝撃で内臓が破裂するんだろうなと思った。


「……河西は? 俺の入院先、県立中央病院から帰った後、朝から学校に登校したのか?」

「もちろん、登校したわよ。1限目から自習になって、2限目には休校になったけど……」

「賢明だな。いつもと違う行動はしないほうがいい」

「あなたのところに警察は来た?」


俺のところに警察がやってくるだろうか……
全く想像していなかった。

「…………田久井が死んだのと同じ時間だけど、別件として救急で運ばれた人間のところに来るだろうか?」

「わからないわよ…… 逮捕はできないでしょうけど、話を聞きに来るかもしれないわ。警察が話に聞きに来るというだけで、あなたにとってダメージになるでしょ?」

「…………そうだな、それは嫌だな。でもそれを言うなら、河西のところにも来るかもしれないってことになるけど?」

「ほんと、これも田久井の置き土産(みやげ)なのかしらね…… はぁ……」


道路沿いにある街灯からブランコがあるこの位置まで、薄い光が届いている。

この適度な暗がりが、昼間は子供の遊び場でも、夜になると犯罪の温床(おんしょう)になったりする公園という存在を、演出しているのかもしれないと思った。


首が痛いので、前を向いたまま横にいる河西に話しかける。

「それで、本題に入りたいんだけど……」

「…………まだ本題に入っていなかったのね」


河西はブランコに座りながら、俺の言葉を待っているようだ。


「前回、河西と戦った後、ファミレスで軍事同盟の話をしたけれど、物別(ものわか)れに終わっていたはずだ」

「……ファミレスで席を立ったのは、あなたの方だったと思うけど……」

「たしかに席を立ったのは俺だが…… でも少し遅いけど、ここでもう一度、同盟の提案をしたいと思う。そしてその同盟をさらに一歩、押し進めたいとも思ってる」


ゴールデンウィークも近いと、植え込みのほうから小さく虫の()が聞こえる。
薄暗がりの中をモンシロチョウがひらひらと飛んでいた。

「…………もう一歩、押し進めるってどういうことよ?」

「緊急時に、河西とコンタクトを取りやすくしたいと思ってるんだ。そこで、あくまで仮だけど…… 仮に付き合っていることにしよう」

「…………付き合うって、彼氏彼女ってこと?」
「そう…… (ひら)たく言うと、そうなるな」


怒ってブランコを蹴って帰るのではと思った。
だが、河西はそうしなかった。

「………………そんなことする必要ある?」

「俺のほうにはある。田久井戦のとき、河西のクラスに入って、河西はどうしたのかと他の生徒に聞いたり…… 保健室に忍び込んで河西の隣のベッドで寝たもんだから、俺の周りで煙が立とうとしている」

「煙が立とうとしているって、どういうことよ?」

「…………河西と付き合ってんのかどうかと、聞かれるようになっている」

実際、昨日カラオケ後の食事会に行ったとき、何人かに聞かれた。


「それ、自業自得なんじゃないの?」

「河西が眠った後、いち早く状況を知る必要があったので仕様がなかったんだ」

「そういえば……昨日学校に行ったとき、直接は聞かれなかったけど、ひそひそと噂話をされた気がする」

「一番の理由は互いに連絡を密にすることで、向こうの世界で戦うことになった時に、共闘して生存率を上げるためだから…… そのために連絡を取りやすい関係を作っておくことだから……」


そう言うと、河西があごに手を当てて、じっと考え始めた。




…………遠くで犬の鳴き声が聞こえる。

九条君の申し出は利用できるかもしれない。
私はそう考えていた。


「…………戦闘後、導正(どうせい)大学附属病院から、あなたが入院していた県立中央病院に行ったでしょ。そして帰ってきたら、お母さんがものすごい怒ってたのよ」

「河西はお母さんに電話していなかったのか?」

「電話したわよ。何ともないからって…… でも学校から電話があったらしくって、お母さん、心配して待ってたらしいのよ。で、家に帰ったとき、お母さんと喧嘩(けんか)になって……」


九条君は聞き手に回るつもりのようだ。
たしかに、お母さんとの喧嘩の話は、さっきの仮カノの話と接点がないように思うだろう。


「そのあと間の悪い事に、お母さんにあなたから借りた財布を見つけられてしまったのよ」

「財布をお母さんに見られても、特に問題ないのでは?」

「夜遅く帰ってきて、さらに男物の財布を娘が持っていたのよ。それで変な男と付き合っているんじゃないかって、さらに喧嘩になって……」


さっきよりも大きな声で、犬が()えだした……


「…………ちょっと待って。今の話、俺がさっき言った、仮に付き合うって話とつながるのか?」

「お母さんがすごい剣幕(けんまく)で、その男連れて来なさいって…… あなたさっき、共闘して生存率を上げるために、連絡を取りやすい関係を作っておくって言ったじゃない? それは私のお母さんの理解も得ておいたほうがいいってことになるでしょ?」


九条君はブランコに座ったまま、項垂(うなだ)れて両手で顔を覆った。

「…………河西のお母さんはすごい剣幕なんだよね?」

「大丈夫よ。もう少し冷却期間を置くから…… 今、お母さんと会ったら酢豚(すぶた)になるもの……」

「酢豚って…… そんな不穏(ふおん)な意味で酢豚って言葉を聞いたの、俺初めてなんだけど……」


――――こうして九条君との間で軍事同盟が結ばれた。

そして仮のカレカノ契約も結ぶことになった。




私たちは公園を出て、また学校でと別れる。


このとき私たちの学校生活は、しばらく安泰(あんたい)であるかのように見えた。


…………でも人生の分岐点というのは、本人にはわからないように配置されている。


私たちの学校生活が突然終わりを告げるのは、この数日後のことだった。




死神はカスル

第1章  その弱き者、策を(ろう)す   おわり


ここからは学校編から、施設編へ…………













ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み