第39話 戦場は1年5組

文字数 4,400文字




1年5組にやってきた。

準備にどのくらい時間がかかっただろう。
……20分ぐらいか?

少し時間をかけ過ぎたかもしれない。

河西(かさい)は大丈夫だろうか?


俺の手にはコルトM977、アサルトライフル。
腰のベルトにはベレッタ92FS、ハンドガン。

左わき腹のベルトに、刃渡り15センチほどの果物ナイフが(はさ)まっている。
ナイフは職員室横の給湯室で手に入れた。


1年5組の後方に位置する引き戸脇……その壁に背をつける。

引き戸の窓は()りガラスになっている。
廊下からは中の様子を(うかが)うことはできない。

今から特別教室棟に行き、この教室の窓ガラス側から(のぞ)けば、教室内が確認できるかもしれない。

だが、そんなことをしている暇はない。


――――――覚悟を決める。

持っていたアサルトライフルの銃口を、引き戸の取っ手に当て、思いきり押した。
引き戸が勢いよく開く。

だが、その瞬間を待っていたとばかりに、空気を震わせる銃声が鳴り響いた。


すぐに身を引いたため、相手の弾丸には当たらなかった。

代わりに木製の引き戸に穴が開き、その一部は(もろ)くも木片となる。

壁に背をつけた俺の左頬(ひだりほほ)に、さきほどまで引き戸だった木片が刺さるように当たった。


田久井(たくい)は河西を(たて)に俺の武装を解き、それから殺そうとすると考えていた。
だが相手にしてみれば、教室に入ろうとした段階で俺を殺しても何の問題もない。

俺を殺した後、保険として存在する河西を殺すだけ…………

それで田久井の目的は達成されるのだから。


それに対し、俺の目的は田久井を殺すことだけではない。
田久井を殺害したとしても、河西も死んでしまっては意味がないからだ。


目的は二つ。
…………河西の救出、かつ田久井の殺害。


計画は一応立ててある。
だがそれは、河西に死なない程度のリスクを負ってもらうものだ。

河西は、最後の電話で『私のことは忘れて派手にやりなさい』と言っていた。

…………だからそうさせてもらうことにした。

でないと、突破口は開けない。


とにかく今は、田久井のライフルの残弾を少なくすることだ。
そうしなければ、このまま銃撃戦が続くだけで教室の中に入れない。


引き戸横に隠れていた俺は、その場でしゃがむ。

さきほど銃撃された時に、一瞬だけ確認できた発砲時の銃口の光……マズルフラッシュの位置を思い出す。

そして壁から半身だけ出て、トリガーを引いた。


誰もいない学校の廊下に、音の衝撃だけでガラスが割れるのではないかと思うほどの銃声が響く。

ライフルの振動で、忘れていた左手の傷が(うず)いた。


自分の撃った弾で河西を殺してしまえば、何しにここにきたのかわからない。

だからマズルフラッシュが見えた位置の上のほう……
黒板に手を伸ばすと、ようやく届くような場所を撃った。

つまり、俺がしたのは威嚇(いかく)射撃だ。


フルオートで5発ほど撃った時点で、トリガーを戻す。
その行動をわかっていたかのようなタイミングで、相手は撃ち返してきた。

――――わずかの差で壁に隠れる。


弾丸が引き戸と自分の隠れている壁のあいだを抜け、後方にある廊下、コンクリートの壁で跳弾(ちょうだん)する。

衝撃(しょうげき)()を伴った弾丸が、そばを駆け抜けていく。


当たらないと考えたのか、田久井の銃声はすぐに()んだ。


…………今ので、敵は合計10発ほど撃っただろうか?

装弾数30発のライフルなら、残り20発ということになる。
田久井がハンドガンも持っていたとしたら、残りは40発前後といったところか。


1年5組は、特別教室の授業で生徒がいなかった。
そのため教室内に、銃は一挺(いっちょう)も落ちていなかったはず……

また家庭科室の爆破から、1年5組にいた河西を襲うまでの時間を考えると……

アサルトライフルの予備マガジン……田久井が持っているライフルと互換(ごかん)性のある弾倉(だんそう)は手に入れられなかったと推測する。


弾薬全てを使ってしまうと、田久井は攻撃の(すべ)を失う。
残弾が少なくなった時点で、河西を(おとり)にし、俺を教室に招き入れるはずだ。


また田久井が俺に向けて発砲する。

壁に隠れながら、ほくそ笑んだ。

…………いいぞ。ジャンジャン撃て。
そして早く残弾を減らせ……


壁に当たった最後の弾が跳弾音を鳴らし、静かになる。


………………ん?
いや、ちょっと待て……


敵が使っているアサルトライフルは、田久井が元から持っていたものだとしよう。

じゃあ、河西が持っていたライフルは?

――――田久井が今、持っているんじゃないのか?

河西のハンドガンもそうだろう。


河西は捕まる前に、1発も撃ってなかったはずだ。
つまり河西が持っていた銃には、弾薬がフル装填(そうてん)されていた……


田久井のライフルと河西のライフル。
それに加えて二人のハンドガン。

それらの弾薬を合計すると、今、消耗(しょうもう)した弾を除いても……


…………少なく見積もっても、80発ぐらいあるんじゃないか?


不意に銃声が起こる。
弾は当たらないが、焦りに恐怖が上乗せされる。

どう考えても、先に弾切れを起こすのは俺の方だ。



制服の上からスマホを、ぎゅっと握りしめた。
手の平の傷が痛むが、そんなことは意識の外だった。


…………時間がない。
この計画は、時間が密接に(から)んでいる。

…………このままでは計画が破綻(はたん)する。


改めて銃を取りに行くような暇はない。
何とかして教室の中に入らねば……


壁を背に立ち上がり、目を閉じた。

――――自分の心の奥にある堅い、なにかに意識を集中する。


思い切って目を開け、壁から右半身だけ乗り出す。

田久井はすでにこちらに銃口を向けていた。
教卓の所に立っており、後ろは広い黒板だ。

……河西の姿はない。


敵がこちらの行動を読んで、先に撃ってくる。
だが、踏ん張りどころと思った俺はそのままトリガーを絞った。


右肩に電気が走るような痛み。

続けて右ひじの外側…………


――――――その時、走馬(そうま)(とう)を見ているかのように、時間がその歩調を遅くする。


俺が撃ったフルオートの弾丸は、黒板を右から中央に向けて、スローモーションでも見るかように穴を開けていく。


…………右の脇腹(わきばら)に鋭い痛みを感じる。


もう少しで教卓に立っている田久井に弾が届くと思った瞬間、相手は教卓の下に隠れる。


トリガーから指を離し、俺はこの瞬間を逃さず教室に滑り込む。


双方が銃撃をやめたことで、一時的に銃声は止んだようだ。

だがしばらく銃声を聞き続けたせいで、キーンという耳鳴りと音が遠くなったような状態になる。


田久井が隠れた教卓の下を狙って、アサルトライフルを撃つことは可能だ。

しかし自分がいる教室の後ろのスペースから撃っても、整然と並んでいる生徒の机の天板(てんばん)(はじ)かれ、当たらない気がする。

それに河西がどこにいるのかわからない。
無茶はやめよう。


穴の開いた黒板上部にある丸時計、その秒針の動きを見る。

さきほどの走馬灯を見ているかのような、時間の流れ…………


――――――その遅い時間の流れが、音とともに戻ってきた。



ライフルを水平に保ち、隠れたままの敵に警戒しながら、教室後ろの空きスペースを左へ移動していく。


机の下からいきなり現れた、田久井に照準を合わる。
トリガーの指に力を入れようとして、すんでの所で()めた。


河西が首に腕を回された状態で抱えられていた。

左腕で河西の首に腕を回した田久井は、右手でハンドガンを持っている。
その銃口は、河西の側頭部に当てられていた。


田久井の腕が首を絞めるようになっているためか、河西は息苦しそうに顔を(ゆが)めている。

ここからでは見えないが、おそらく河西の足は床に届いていないのではないだろうか?

河西の両腕は背中に回り、後ろ手で縛られているようだ。
あれでは河西の体重全てが首にかかってしまい、苦しいに違いない。


田久井を見ると、顔の右半分は黒く炭が付いたようになっている。
どうやら家庭科室の爆発を体の右側に食らったようだ。

皮膚が黒いのは単に炭がついてるのか、それともこの世界特有の黒い血が染み出ているのか判断できない。

右の眼球も真っ黒で、白目(しろめ)の部分がない。

その黒い目を見ると恐怖心がそうさせるのか、何か人間ではない生物と対峙(たいじ)しているように感じる。


「ライフルを捨てろ!」

田久井は声を上げた。
そして河西を抱えた腕をさらに持ち上げ、その腕をわずかにこちら側に向ける。

『河西はどうなってもいいのか?』と言いたいようだ。
今の動作で、さらに河西は顔を歪める。


河西の口にはガムテープが貼ってあるので、呼吸が苦しそうだ。

目を開ける余裕はないのだろう。
固く(つむ)っている。


…………だが、すぐに相手の要求に応じる訳にはいかない。

ライフルの照準を田久井の頭に合わせ、教卓の真正面に向かうよう、すり足で左へ移動する。


(ごう)()やした敵が、こちらに銃口を向けた。
反射的に、俺は左へ横っ飛びする。

2発のハンドガンの銃声とともに、弾丸が教室後方の黒板に着弾したようだった。


パラパラと何かが落ちる音を聞きながら、中腰でアサルトライフルを前方に向けて撃つ。

河西に当てるわけにはいかないので、黒板の左側を狙った。
それを()に、俺は立ち上がる。

田久井はまた、河西に銃口を向け始めた。


相手に照準を合わせ、ジリジリとすり足で左に進み、周りの状況を確認する。

教室に銃は落ちていない。
生徒の机は真っ直ぐに並んでいる。


田久井がいる教卓に向かって、教室の後ろから走る場合……

生徒の机のあいだに(はさ)まれた、一直線で細い通路を利用するしかない。

だがそれでは、俺の走路(そうろ)軌道(きどう)は田久井に読まれてしまう。
そうなると相手はその軌道上に銃口を合わせるだけで、俺を殺すことができることになる。


机は綺麗に並んでいるが、その持ち主が急いでいたためか、椅子のいくつかは机の下に収まっていない。

椅子が後ろに押されたままの状態になっている。

俺から見て、3つ左にある机の列。
その一番後ろの椅子が、大きく後方に押され、全開になっている。


再び視線を田久井に戻す。
同時に俺は、大きめに左横に足を踏み出した。


「ライフルを捨てろと言ったのが、聞こえないのか!」

もう一度、怒声(どせい)が飛んだ。

踏み出した歩幅(ほはば)が大きすぎたか…………


一度移動をやめ、敵に照準を合わせることに集中する。
まだ田久井は、河西を抱えたまま教卓の位置にいた。


膠着(こうちゃく)状態の教室に、時計の秒針の音が大きく聞こえる。

敵の頭に合わせている照準をそのままにし、視線だけ上に向けた。


さっきも見た黒板上の丸い、何の装飾もない時計…………
現在の時間は5時53分。

秒針は27秒の所を指している。
そのまま28、29……と進む。


俺はおもむろに田久井に声をかけた。

「なあ、殺される前に聞きたいんだけどよ……」
「銃を捨てろ、何度も言わせるな!」


俺は舌打ちをして、間を置く。
どうせ残弾が少ないからと、アサルトライフルを自分の右側に投げ捨てた。

だがライフルを離すと同時に右手を腰に回し、ベレッタ92FS、ハンドガンを抜く。

そしてセーフティーレバーを解除した。


抱えられた河西とは反対の、田久井の右胸に照準を合わせる。
そのあいだにまた、左斜め前に一歩動く。


まだ行動に移せない。

………………時間を稼ごう。




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