第1話 覚悟なき戦い
文字数 4,316文字
野球選手が
そこに落ちていた銃を拾うと、そのままの体勢で地面を転がり、死角になる壁に隠れた。
その壁を背にして、縮こまる。
間を置かず、後方から銃声が聞こえ、足元の
自分のつま先から1メートルほど離れたタイルの表面に、大型動物が引っ
俺はさらに足をたたんで、うずくまった。
銃を撃ったガキが、ククッと笑うのが聞こえる。
…………弾痕を見ていると無理やり刷り込まれるように、訳のわからない声が頭に響くのを感じた。
レイヴン・アームズ MP-25 ハンドガン 重量420グラム
その声はひと昔前の電話越しに聞こえる、自動音声ガイダンスのような感情のこもってないもの。
ひどく嫌な感じの女性の声だ。
強制的に叩き込まれた情報に顔をしかめながら、その言葉に意識を向ける。
装弾数とか弾薬とかいう単語が出てくるということは、頭に入ってきたのは銃の情報だ。
俺が今、手で持っている銃の情報だろうか。
声と同時に、その銃の撃ち方などの映像も頭に映る。
これも記憶として刷り込まれるよう脳の
この世界で武器を拾うと、その武器の名前、種類、特徴などが、なぜか頭に直接入ってくるようだ。
無理矢理聞かされるのが
弾の数は6発+1。つまり7発。
どうやら「+1」というのは、すぐ発砲できる銃の
そのほかに銃の握り手、グリップの中に入っているマガジンという部分に6発あるようだ。
でも他の説明には、わからない部分もある。
.25ACPとはどういう物か?
それにこの銃はひどく軽いように感じる。
銃ってこんなに軽いものなのか。昔握った水鉄砲のようだ。
…………そもそも銃を拾うと、そのスペックが頭に響くのはなぜなんだろう?
手にした銃器の説明を押しつけられるのは、俺のような
そうだとすれば誰かの意思が働いて、戦うことを
――――でも俺はまだ、戦う決心がついていない。
後方に注意を向けながら、周りを確認する。
空はもう暗く、道路の街灯に明かりが点いている。
でも俺の今いる位置にはその光は届いていない。
自分がいる場所は薄暗く、ビルの谷間のような所だ。
前にこの世界で戦った時、なんとか自分が勝った。
だが、その相手が現実世界で死んだのかどうかまでは確認できなかった。
だから今回の敵の、ガキが言っているように『この世界の死は現実世界の死、そのもの』とは限らないと考える。
だからこの世界で
そう考えていても、人に銃口を向ける気にはなれなかった。
――――戦わないで済むのなら、なんとかその方法を探りたい。
2発続けて、後方から銃声。
1発は外れたようだが、もう1発は俺が背にしている壁の右端に当たったのだろう。
コンクリートがパラパラ落ちてきて、俺の頭に降り注いだ。
「お兄ちゃん、本当に素人なんだね。ちょっとくらい抵抗してくれないと殺し
ガキの声が近い。
…………すぐ近くまで来ている。
「…………仕方ないから、僕の戦績を教えてあげるよ。僕は今まで4回戦っていて、お兄ちゃんが5人目。今までの4人は僕が子供だってことで甘く見てたんだね。あっさり殺してあげたよ。ああ……今言ったあっさりっていうのは、楽に死を迎えられたということじゃないからね。苦しんで苦しんで、死んでいった奴もいたよ。……だからさあ、そういう死に方をしたくなかったら、お兄ちゃんも抵抗してみなよ。抵抗したところで、やっぱり死ぬのはお兄ちゃんだけどね」
ガキの「キャハハ」と笑う声が聞こえる。
…………コイツ狂ってる。
俺は左腕だけ壁から出して、右後方に向かい、手にしているレイヴンを2、3発撃った。
もちろん狙いを定めたわけではないから、当たらないのは承知だ。
撃ち終ったあと、すぐに腕を引っ込める。
この世界はこのガキと俺しかいないようだから、ほとんど無音だ。
だから銃を撃つと、その音が建物に反響して、
撃ち終るか終らないか、すぐにガキの笑い声がまた響く。
「そんなんじゃ当たりっこないよ。ちゃんと狙いを定めなきゃ…………」
このガキ…………
今、俺が撃った弾を避けようともしなかったんじゃないか?
撃っている間も、ガキとの距離が縮まったように感じる。
ガキの声が近すぎる。一旦、距離を置こう。
自分が背にしている建物の壁と目の前の建物とのあいだ……
車が一台通れるかどうかといった細く薄暗い、左へ延びる路地裏を走り出す。
…………さっきスライディングをした時、足を
少しヒリヒリと痛んだ。
だが構わず走り、途中で新しい銃を拾う。
と、また拾った新しい銃の情報が頭の中に流れ込んできた。
スミス&ウェッソン M586 ハンドガン
重量1310グラム 装弾数6発 弾薬 .357マグナム
…………リボルバーか。
続いて、銃の使用方法が頭に映る。
装弾数は6発と、さっき拾ったレイヴンより少ないことが気になった。
しかしこの戦場では銃があちこちに落ちているので、弾を
弾切れになったら、新しい銃を拾えばいいのだから…………
それにしても、このリボルバーは先に拾ったレイヴンとは、比べものにならないほど重かった。
レイヴンを上着の右ポケットに入れ、左手で持っていたM586を右手に持ち替える。
それから街灯の少ない薄暗い道を全力で駆けた。
走りながら握るリボルバーは、さっき使っていたレイヴンとはグリップの握り具合が違うので、違和感を覚えた。
やっと表通りまで来て、すぐ右側の建物の陰に隠れる。
表通りは片側二車線の広い道路。
反対側には大理石のようなものでできた立派な銀行が見える。
銀行名に目をやるが、どこかの地方銀行なのだろうか、聞いたことのない名前だった。
道路脇の歩道は広く、所々に黒い銃が落ちている。
見渡しがいい道路だが、ここで戦うと
…………ここで待ち伏せして、ガキを黙らせよう。
人が全くいないのに街灯が
――――来た。
さっき走ってきた裏路地から、歩く子供の足音が少しずつ聞こえてくる。
歩幅が狭い……その足音だけ聞いていると、戦っている相手が子供であることを考えさせられ、やりにくくてしょうがない。
しかしさっきから見ていると、あのガキは銃の扱いに慣れているのだろう。
それに対し俺は、前回も含めると2回目。
前回触ったといっても、その時はほとんど訳もわからず、といった感じだ。
触ったのは今回初めてと言ったほうがいい。
それを考えると、銃撃戦をして
それにガキが言っていた戦績を信じると、あいつは人を殺すのに全く
甘い考えをしていると、あっという間に殺される。
いや……相手の余裕のある態度を見るに、なぶり殺しにされるのがオチか。
それでも自分はまだ心の隅で、この戦いをうまく回避できるんじゃないかと考えている。
二人とも、この狂った空間から脱出できるんじゃないかと…………
――――それを否定できない。
さっき拾ったリボルバー、M586のハンマー……
心臓が必死に血流を維持し、耳の奥で何かが流れる音がする。
ガキの足音が、俺が通ってきた裏通りの3分の2ほどの位置まで来た。
それを確認し、俺は建物の角から出る。
さっき撃った時とは違い、銃のグリップに両手を添えてガキの右足元を狙って撃つ。
ガキが予想通り、左に回避をする。
もう一度、相手の右足元を撃つと、ガキはもう一度左に移動した。
俺から見て道路の右側の建物の壁に沿うようになる。
――――その時を狙った。
ちょうどガキの真上にあるエアコンの室外機に向けて発砲する。
…………何発撃っただろうか?
銃の反動が大きく連射するのが難しかったが、室外機は古かったのか、台座の部分から外れ、形を留めたままガキの上に落ちていった。
派手な音があたりに木霊する。
――――直撃したのか?
相手は地面に倒れて動かなくなった。
リボルバーを構えながら裏路地を歩き、敵の状態を確認するため、ゆっくり近づいていく。
ガキは暗い路地にうつ伏せで倒れたまま、全く動かない。
…………自分の心の中に、じわじわと罪悪感が広がってゆく。
と、いきなりガキが機敏に顔と右手を上げ、発砲してきた。
俺は慌てて、さっき使ったM586を向け、トリガーを引く。
だが、シリンダーが回ってカチンと音がしただけだった。
――――しまった!
さっき全弾撃ったことに気づかなかった。
撃った弾数くらい覚えておかなければならなかった。
考える間も与えないかのように、ガキは俺に向け発砲してくる。
慌ててさっきまでいた表通りに出るため、弾のないリボルバーを捨てる。
背を向け走りながら、上着のポケットのレイヴンを抜く。
当たらないのをわかっていながら、
ガキからの死角になる右側の建物の角まで、数メートルの距離なのにとても長く感じる。
ようやく裏通りから表通りの角を曲がった――――と思った。
しかしガキの弾丸が速かったのか、左肩に激痛が走る。
前のめりになって、かろうじて
そのままの勢いで、地面の上に無様に転がる。
だが転がりながらも無意識に、建物の壁が遮蔽物になるように右側に転がった。
――――直後、自分がさっきまでいた歩道の上を
タイヤの空気が抜けて、車がわずかに傾く。
俺はすぐにそこから走り出した。
肩は焼けるように痛むが、そんなこと言ってられない。
…………捨てろ。甘えた考えは捨てるんだ。
生き残ることだけを考えろ!
生き残ったあとに、また考えればいい。
俺は表通りを右斜めに横切ってすぐに左に折れ、肩の痛みを忘れて全速力で走った。
自分が今どこにいるのか、わからないくらいに走り続けた。
…………たまるか、…………たまるか……
死んでたまるかっ。
「…………生き残ってやる!」