第14話 遭遇戦

文字数 6,308文字




G36C、アサルトライフルを持ち、屈んで歩道を横切る。
そして車道に出た。


一番近くの停まっていたシルバーのセダン車。
その運転席に回り込み、取っ手に手をかける。

気密性の高さを感じさせる音を立てながら、ドアが開く。
…………どうやら走行中で、ドアの鍵は掛けられていなかったようだ。


車の鍵はハンドルの横に刺さっている。
近年、主流のイモビライザー式の車や、スマートキータイプでもない。

少し型の古そうなこの車を選んで正解だった。


急いで乗り込もうとしてドアを大きく開くと、ショットガンが助手席にはみ出すように横たわっていた。
おそらく車に乗っていた人が、この銃に替わったのだろう。

アサルトライフルを持っていた俺には、とりあえず必要ないものだ。


後部座席にショットガンを置き、持ってきたアサルトライフルを助手席に預け、運転席に乗り込む。

レミントン  870P
ショットガン  重量3530グラム
装弾数6発  装弾12ゲージ


前回のガキとの戦いの中で、車の運転は少しだけやった。
だが、あのときは商店街に停まっていた軽自動車をわずかに動かしただけだ。

スピードを出して運転するのは、これが生まれて初めてだ。

さらに銃を触った時のように、車の運転の仕方が頭の中に入ってくるわけじゃない。

…………大人がやっていたのを真似るように、思い出しながら操作した。


まず右足でブレーキを踏みながらハンドル横の鍵をひねると、エンジンが掛かった。
エンジン音で銃撃されるかと思い、少し頭を下げる。

――――でも、それはなかった。


それから何をしたらいいのか考えていると、いきなりカーステレオが鳴り始めた。
デカい音で鳴り始めたので、慌てて消す。


――――――銃撃はない。


左手でギアをいじって、Dの位置まで持ってくる。

ギアの後ろにあるサイドブレーキを降ろそうとした。
だがサイドブレーキは掛かっていなかったようだ。


…………エンジン音を立てながら、同じところに停まっているわけにはいかない。

そう思って、ブレーキを踏んでいた足でアクセルを踏んだ。


――――柔らかく踏んだつもりだった。

だが意に反して、車はいきなり急発進した。
重い衝突音があたりに木霊(こだま)する。

…………車の防犯用アラームは鳴らなかった。


――――ぶつけてしまった。

自分が運転する車の左ヘッドライトと、前の車の右後方、テールランプあたり。
いきなり急発進したので、ハンドルを右に切ったが間に合わなかった。


…………前の車とは5、6メートルほど離れていたはずなのに。
アクセルの踏みすぎだ。


今の衝突音は相手に聞かれてしまったかもしれない。
だとしたら、すぐにここから離れるべきだ。

ギアをRにいれる。
車をバックさせる時に、よく耳にするチャイム音が鳴り出した。

今度は、風船を踏むつもりでアクセルに足をかけ、衝突した前の車と距離を置く。


ギアをDの位置に戻し、もう一度アクセルを強く踏まないように注意した。
そしてようやく、前の車の横を通り抜けた。



フロントガラスから入ってくる日光を(まぶ)しく思いながら、道路を南下する。


――――徐々にスピードを上げた。

片側一車線の道路なので、一番停まっている車が少ないのはセンターラインの上だ。
それでも無人の車を避けるためには、ハンドルを右へ左へと操作しなければならない。

……60キロ、……70キロと速度を上げるたび、ハンドル操作は小刻みになる。

視界の端の景色は、尾を引くように流れていく。


――――80キロを越えようとしたときだった。

いきなりフロントガラスが、いくつもの蜘蛛(くも)の巣を張ったかのように真っ白になった。

瞬時に頭を屈め、左に思い切りハンドルを切る。
同時にブレーキを、力一杯踏んだ。


車の左前方がなにかに衝突して減速し、そのまま回転するようにして車線とほぼ垂直になったあと、車が停まった。



――――――銃撃だ。

激しいエンジン音の中でも聞き違えるはずがない。
悲しいけれど、今では聞き慣れてしまった銃声だった。

…………聞こえたのは右前方からだろうか?


衝突のせいで、エアバッグが作動し体が座席に押し戻された。
だが、同時に持ってきたアサルトライフルが助手席の足元に落ちてしまった。

運転席と同じく、助手席のエアバックもすぐに(しぼ)む。
しかし、そのエアバックの下のライフルに左手を伸ばそうとしても全然届かない。


助手席に体を倒し、右手を伸ばす。
その直後に助手席のドアガラスが砕け、フルオートの発砲音とともに自分の頭にガラス片が降り注いだ。

頭を下げ、なんとかライフルを取り出して、運転席側から車外に出た。
そして車の後部座席ドアの外に身を寄せる。


…………フロントガラスを撃たれた後、左に約90度回転した車。
その車の、助手席のドアガラスが撃たれた。

つまり銃撃した相手を追い越して左に回転し停まった後、車の左側面を撃たれたということか…………


かなりの速度で運転していたので、通り過ぎる景色はよくわからなかった。
なにより車の前方を注視していなければ、事故りそうだった。

敵に気づかなかったのも無理ないか…………



後部座席ドアを背にして、周りを見る。

開けたままの運転席ドア、そのガラスが見事なまでに風通しが良くなっている。

そのドアの向こう、車の(まえ)部分になるボンネット側には普通の住宅。
自分の右手、車の後ろ部分になるトランク側には歯科医院が見える。


今いる場所は道路の真ん中。
歩行者はいなかっただろうと考えられる。

だから、ここで新しく銃を拾うことはできない。

他の車の運転席にも銃はあるだろうが、敵に銃撃されている状況では少し離れ過ぎている。


すぐに手にできる代わりの銃は、俺が乗ってきた車の後部座席にあるショットガンのみ。

しかし車の中のショットガンは、撃つたびに左手を使い、銃身の下のフォアエンドという部分を前後に動かして、次弾を装填(そうてん)するタイプだ。


…………敵が持っているフルオートの銃相手では、ショットガンは分が悪いような気がする。

そもそもショットガンを使ったことない俺が、装填時に(すき)が生まれるような銃を使うのは避けたいところだ。


――――敵は住宅や店のどこか、あるいは車道に停まっている車の角に隠れて、狙いを付けているだろうか……?

車から少しでも頭を出せば、撃たれるような気がする。


…………少し考えてから、制服のブレザーを脱いだ。
そしてその両袖を結ぶ。

開けっ放しだった運転席ドアをゆっくり閉めて、その運転席ドアの外側に頭を低くして移動した。


手の中で(そで)を結んだことによって、小さくなった制服。

――――それを投げた。
車の後方、トランクの上にわずかに見えるように…………


――――直後、俺は車前方、ボンネットの上から身を乗りだし、フルオートの状態にしたライフルのトリガーを(しぼ)る。

相手の方が一瞬、早く撃ち始める。
しかし敵が狙った場所は、車のトランクの上に見えた俺の学生服。

その一瞬、それさえあればよかった。


そのわずかな間に相手が姿を現した、左側に見える住宅の門に向かって容赦(ようしゃ)なく撃つ。

久しぶりに聞く発砲時の、腹の底を叩くような激しい銃声…………
それを感じながらも、正確に撃った。


――――――つもりだった。


…………当たったのは、住宅の(へい)
(むな)しく跳弾しただけ。


(はず)した俺も悪いが、相手の動きも機敏(きびん)だった。
向こうは、自分が見当違いの場所を撃っているとわかると、すぐに塀の内側に体を引いた。


…………でもその刹那(せつな)、見てしまった。
相手が身を引くと同時に、スカートの(すそ)がひらめくのを……



俺はトリガーから指を離し、車に身を隠す。

…………女。
相手は女なのか……?


手練(てだ)れだと思っていた相手が、女であることに驚いた。
そしてすぐに後悔する。

敵が女であることに気づき、攻撃の手を止めてしまったことを…………


本当ならそのまま銃撃を続け、相手を釘づけにしつつ自分の後方にある別の車に移動する。
そしてこの場から逃げる予定だった。


――――失敗だ。

もう同じように、制服を投げるフェイクは通用しないだろう。


――――しかしこのままじっとしていても仕方がない。

自分が持っている銃の、半透明のマガジンを見つめる。
弾はさっき5発ぐらい撃っただろうか?

…………残りは25発。


俺は運転席ドアの外側を背にしながら、右手を振り返った。

この車の後部座席、そのドアガラスに濃いスモークフィルムが貼ってある。
車の外側からは見えにくいが、内側からは見えるようになっているやつだ。


…………運転席ドアをわずかに開けて、左手をその内側に()わせる。

サイドガラスを開けるスイッチを押した。
右の後部座席のサイドガラスが、下に向けて少しずつ開く。

車のバッテリーは生きていたようだ。


完全にガラスが開いたところで、銃口を車内に突っ込むようにライフルを構える。

反対側のスモークフィルムが貼ってあるガラスを通して、さっき敵が隠れていた住宅の門に目を付け、相手を探す。


しかし……3分、……5分と待っても、敵は一向に姿を現さない。


――――回り込まれたのか?

振り返り、警戒するがその気配はない。


…………こうしていても(らち)が明かない。

さっき敵が隠れていた家の門に向かって、思い切って発砲した。


周囲に響き渡る大きな銃声を合図に、弾丸が反対側のドアガラスをつき破る。

そして敵が(ひそ)む住宅の門…………
その塀と塀の間に向かって飛んでいく。

ここからでは角度的に窮屈(きゅうくつ)なため、その間が50センチあるかないか。

――――何発かは跳弾するかもしれない。

が、わずかでも相手が顔を出せば、確実に捉えることが…………


そう思った時――――
別の場所から敵が姿を現した。

さっき潜んでいた所、それよりも手前にあるセダン車。
こちらからは後ろ向きになっている車から、敵は身を乗り出した。

クソッ、俺が攻めあぐねている間に、相手は距離を詰めていた。

道路のセンターライン側にある、車のボンネットの上から敵が撃ってくる。


――――身を引くが遅い。

左二の腕に激痛が走る。


頭を下げて膝をついた。
痛みを発している部分をみると、白のワイシャツがみるみる黒く染まっていく。

――――この世界特有の黒い血。
ネクタイを乱暴に外して、傷口の上のほうで固結びする。


相手は弾が惜しいのか、すぐに銃撃を止めた。

こっちの弾薬は残り15発ぐらい。
…………少ない。

もう一度ショットガンを使うことを考えたが、やはりフルオートの銃相手にショットガンじゃ隙がありすぎると思った。



…………負傷したこともあって徐々に焦ってくる。
怪我をしていなくても、ここにいればジリ貧だ。


相手も弾数が少ないのだろうか?
さっきよりも銃撃の数が少なくなっている気がする。

いや、敵は手前の車に移動することによって、新しく銃を手に入れた可能性がある。
だとしたら、不利なのは確実に俺だ。


痛む左腕をおして、運転席のドアの外側に移動する。
そこから、車の向こうにいるはずの見えない敵へ銃口を向けたまま、少しずつ後退し始めた。

――――後方にある次の車に移るために。
牛歩の速さで…………


…………目指す車まで、あと7~8メートルの距離だろうか?

後ろに注意を向けていると、前から銃声が聞こえてきた。
――――思わず身を縮こめる。


ここから相手の銃声を聞いていても、周りの店や住宅に反響してやたら大きい音に聞こえる。

聞き慣れたつもりでも、心の内壁を()きむしられるような焦りが生まれる。
だがこの銃撃は俺を狙ったものではないようだ。


…………さっき以上に身を屈めながら、後退を続ける。

ライフルの前方部分、ハンドガードを負傷した左手で持つ。
シャツはもう袖口(そでぐち)まで、真っ黒に染まっている。

この際、痛みがどうのこうの言ってる場合じゃない。


相手の銃撃はまだ続いている…………


自分の目指す後ろの車まで残り4メートルほど…………
そう思ったときだった。

前からアスファルトが、たわむかのようなドンッ、という爆発音が聞こえた。


咄嗟(とっさ)に痛む左腕を、顔の前にかざす。

――――同時に爆風が体を襲った。


銃を手放した手を地面について、うしろに転がりそうになるのを防いだ。


――――炎上している。


俺がさっきまで隠れていた車が…………


激しい炎を噴き出し、6、7メートルほど離れているこの場所まで、その熱を伝えてくる。
あのまま、あそこにいたらヤバかったかもしれない。

たぶん、相手が車のガソリンの給油口かなにかを撃って爆発させたんだ。

このあいだガキと戦った時に使った戦法を、相手にやられるなんて…………


さっきより炎は収まりつつあるが、逆に黒煙が激しく上がり始める。

…………黒煙。
これって煙幕(えんまく)がわりに使えるんじゃないか?


俺は地面に落とした銃を手に取る。
中腰になった後、振り返って後ろの車に走り出した。


今頃気づいたが、車は信号待ちをしていたのか、左車線に二台連なって停まっていた。
手前の車に見向きもせず、先頭の軽乗用車に駆け寄る。

運転席ドアを開けると、座席にハンドガンが落ちていた。
そのハンドガンを左手で持ち、助手席に放り投げる。

…………が、たったそれだけの動作で撃たれた左腕は悲鳴を上げた。


残弾少ないライフルも助手席に置く。
痛みで顔をしかめながらも、エンジンをかけ、同じように傷ついた左手でギアを操作した。

IMメタル  HS2000
ハンドガン  重量700グラム
装弾数15発+1  弾薬9mm×19



目の前の信号は赤。
だが、この世界には敵以外、他に誰もいない。

もちろん信号無視してアクセルを全開で踏むと、同時に右にハンドルを切る。
交差点を右折する形だ。


…………自分でも馬鹿な行動だと思った。

最後に敵がいた場所は、この車があった位置から見て、反対車線の方だったはず。
右折するということは、その反対車線を横切ること。

銃撃を避けるなら、左に曲がるか、直進すればいいはず…………


右折すれば当然、自分の乗っている運転席が、銃撃される――――


…………でも、確かめたかった。
自分の敵がどんな奴かを。

――――そして自分の知っている奴でないことを。 


あの住宅の門にひらめいたのが、ダークブラウンのスカートでなければ、こんなことしなかったに違いない。


アクセルをベタ踏みし、エンジンを全開に吹かしたために、横滑りをおこした車を立て直す。
同時に、体を低くして、右側ドアガラスを右目だけで見つめた。


――――直後、そのドアガラスは砕け、すぐに頭を下げる。

…………が、右腕に鋭い痛みを感じた。

「クッ、……貫通しやがった」


そのまま頭を下げた状態で、前方に停車している車を器用に抜き去っていく。
しばらく運転したが、後方からの銃撃は無かった。


信号を3つほど越えただろうか。
さっき銃撃された時に首筋に降り注いだ、ガラス片を(ぬぐ)い取る。

それから減速した。

右腕を見ると(かす)り傷程度のようだが、白のワイシャツが黒い血を(したた)らせていた。


――――弾丸が車のボディーを貫通するなんて知らなかった。

もし自分の胴体の部分に当たったらと考えて、背筋がゾッとした。


だが、収穫はあった。
さっき見た敵、あれは間違いなく自分と同じ学校の女子の制服。
そしてそれを着ているのは、隣のクラス4組の女子、河西(かさい)だった。

学校ではあまりに美人過ぎるのと、頭も良いことから周りから浮いてしまっている。
才色(さいしょく)兼備(けんび)も度が過ぎると、マイナスになる典型的な例か。


いや、自分から積極的に、周りと距離を置こうとしているんだっけか…………


――――――周りと距離を取っている。


それはこっちの世界でいざ戦うことになった時…………
親しくしていた相手だとその相手に情が移ってしまい、十分に戦えなくなることを想定しているからなのだろうか?


…………今は、相手のことを考えている場合じゃない。

とにかく当初の目的だった、塚ヶ(つかがはら)市西側の国道沿いに向かうためにアクセルを踏んだ。












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