第24話 ファミレス会談2

文字数 3,855文字




俺は勢いでメロンソーダを飲み干し、そのままドリンクバーの前までやってきた。
そしてファミレスの入口近くまで来て、店内を見渡す。

俺が来たとき、客層は主婦が多かったような気がした。
今は代わりに、学生が多くなり始めている。


ドリンクバーの前に立って、俺は別のことを考え始めていた。

そもそも俺がファミレスに来たのは、停戦合意、もしくは軍事同盟が目的のはずだ。
河西(かさい)が仲間になれば、お互いの寿命を延ばすことにもつながる、そう考えていた。

向こうもそれを望んでいるからこそ、ファミレスに呼び出したのだと考えていたのだが……


メロンソーダを注ぎながら、河西との話しの流れを変えることを俺は考えた。


テーブルに戻って、河西の前に座った。

「…………わかったよ。俺の命を助けたのは河西だ。河西に助けてもらったからこそ、こうやってファミレスで飯も食える。それはさておき、戦場で質問できなかったことを聞きたいんだけど……」
「そのまえに……今のは調子に乗りました。ごめんなさい」

河西は、テーブルの上で頭を下げた。

素直に頭を下げたことに少し驚いたが、俺の中では暴落した河西の株がわずかに上向いただけだ。

「……もういいよ。頭をあげてくれ」

顔を上げた河西が少し俺の顔を見て、またテーブルに視線を落とした。

誤りを認めることはいいことだと思うが、覆水(ふくすい)が盆に返るかどうかは別の問題だ。


ウエイトレスさんが、パフェを二つ同時に持ってきた。
河西がパフェ用の長いスプーンで食べ始めようとしているが、その顔はあまり嬉しそうには見えなかった。

そのあいだに俺の定食も届く。
ウエイトレスさんは伝票ホルダーをテーブル下に滑らせて、一礼し去っていった。


味噌汁に少し口をつけてから、俺は重くなった雰囲気を少し()かすように話し始めた。

「向こう側でも最後に同じこと聞いたと思うんだけど…… 河西がアスファルトに続く黒い血を辿(たど)ってくる途中、歩道にベビーカーがあっただろ? ベビーカーにたどり着いた時、河西は少し微笑(ほほえ)んだと思うんだけど、どうして笑ったんだ?」

ロングスプーン上の生クリームを見た河西が、俺に視線を向ける。

「…………前、戦場にいたときも、同じ質問したと思うんだけど、ベビーカーに微笑んだかどうかなんてどうして知りたいの?」

怪訝(けげん)な表情を俺に向ける。
パフェに雑味(ざつみ)が混ざっていたかのような顔だ。

「あの時俺は、河西が向かっていた道の先にある山の斜面から、スナイパーライフルで照準をベビーカーに合わせてた。ベビーカー手前で微笑む河西を見なければ、俺の放った弾丸はベビーカーを貫通し、河西の胸に当たっていたと思う。……たぶんだけど。だから俺の予想を裏切った河西の行動について、知りたいと思っても仕方がないと思わないか?」
「私が笑ったから、トリガーを引くのをやめたっていうの? ますますわからないのだけれど……」

河西が眉間(みけん)にシワを寄せて、ストローをくわえた。


あちら側の世界で、河西に胸を撃たれる直前まで、俺は自分が死ぬことになる直接の理由を探していた。

…………今、俺は偶然生きている。
意図しない形で向こうの世界が終わり、そのおかげでたまたま生きている。

胸を撃たれたのに、帰ってこれた理由はそれ以外にない。

でも、死んだかもしれないシュレディンガーな自分を考えて、その理由を訊ねてもいいんじゃないだろうか?


…………河西が話し始めるのを待った。


河西はしぶしぶといった感じで話し始める。

「……ベビーカーがあったのは覚えているわ。傾斜のある上り坂に停まっていたので、不思議に思ったから。でもローラーにストッパーが掛かっていただけだったわ。ベビーカーには赤ちゃんはいなくて、その替わりにあったのはハンドガンとおしゃぶりだけだった。それは覚えてる。でも、私はベビーカーの前で笑った覚えはないわ。無意識で笑ったかもしれないけど…………」


――――俺は嫌な気分になった。
河西は笑ったとしたら、無意識ではないかという。

河西の微笑んだ顔を見て、俺は()せ撃ちの状態でトリガーに指をかけていたのに、銃を放棄してその場に立ち上がっていた。
…………無意識で。

つまり河西の無意識と、俺の無意識が重なったことになる。


――――そんな曖昧(あいまい)な理由が欲しかったわけではない。
あのとき俺は自分が死ぬ明確な理由が欲しかった。

なのに確認すると無意識という偶然が二度重なっただけらしい。
そしてあの数日間続いた戦闘は、そんな偶然で終わったらしい。

…………こんな質問するんじゃなかった。



いつのまにか席を立っていた河西がグラスを手に、テーブルに戻って来ていた。

「ちょっと聞きたいんだけど…… 山の斜面からスナイパーライフルを構えていたって、あなた言ったわよね? 距離はどのくらいあったの?」
「……550メートルだけど」

俺の落胆(らくたん)をよそに、河西は好奇心で目を輝かせている。

「ライフルは何を使ったの?」
「SR-25」

河西はスマホを取り出して、何やら調べ始めた。

「……SR-25をよく使うの?」
「スナイパーライフル自体、使うの初めてだった」
「えーと、私に銃口を向ける前に何発か試射はしたの?」
「いーえ、まったく…………」

河西がパフェグラスの底のアイスと格闘しながら話す。

「えーと、なぜかしょげてるところ悪いんだけど、結論からいうとSR-25のトリガーを引かなくて正解だったと思う」
「……どうして?」

唐揚げを咀嚼(そしゃく)しながら、河西の言葉を待った。

「軍のスナイパーは同じスナイパーライフルを何千発、何万発と撃って、ライフルの癖まで把握したうえで実戦に臨むのよ。あなたがどんなに強運の持ち主だとしても、道端で拾った、初めて使うスナイパーライフルを試射もせず、何発撃ったところでターゲットには当たらないわ」
「そうなのか?」
「そうよ。SR-25はいい銃だと思うけど、銃の性能だけではどうしようもないと思うけど……」
「……河西はスナイパーライフル使ったことないのか?」

河西は次のパフェにとりかかったようだ。
河西の顔が嬉しそうなのを見るに、一番食べたいものは後にとっておくタイプらしい。

「スナイパーライフルを何度か使ったことはあるけど、一度も当たったことはないわ。そもそも、銃が存在する向こうの世界には敵もいるのよ。訓練なんてできっこないもの……」


…………ん? その話はこれから少し変ってくるんじゃないか?
俺たちが同盟を結べばの話だけど……

仲間となって同時に眠れば、銃があるけど敵がいない向こうの世界を作り出せるのではないか?
当然、後からやってくるかもしれない3人目に注意を払う必要はあるわけだが。

だが俺はそれを口にしなかった。


「もう一つ聞きたいんだけど……」

河西を見るが、パフェにご執心で聞いているのかどうかわからない。
だがとりあえず話を進めた。

「俺が死にかけてた時、河西は『空が割れてる』って言ってたと思うんだけど、それってどういうこと?」

水を差された感じの河西は、少し不機嫌そうに俺を見た。

「――――――あなた、戦闘は今回が初めてだったの?」
「いや、3戦目ぐらいだけど…………」
「じゃ、何で知らないの?」
「いやだから……何を?」

「…………相手を殺して生き残った場合、空が割れるのよ。そしてその割れたところから虹色(にじいろ)のような光が漏れだすの。まるで自分が卵の内側にいて、卵の(から)が割れるかのように…………」
「じゃあ、今回は誰も殺していないのに、――――空が割れだしたってこと?」
「そうよ……あの時、私に背中を向けたあなたに、銃口を向けようとしたところで気づいたのよ。空から漏れ出している虹色の光に…………」

「そっか…… 俺、いつもギリギリの傷だらけの状態で勝ってるからな。空の変化なんかわかんなかったよ」

ハンバーグを割りばしで丁寧に切った後、口の中に入れた。

「――――――うん? ちょっと待って! 今おかしくなかった? 『あなたに、銃口を向けようとしたところで』って言ったよな? それって俺の背中に銃口を向ける前に、空が割れているのに気づいていたんじゃないの?」

河西はほっぺたに手を置いて、今まさに至福の瞬間を味わっている。

「おい、こら……」
「誤射よ、誤射。銃撃戦やってるとよくあるわね!」

つまり殺すつもりがないのに、俺を撃ってしまった。
俺が病院のベッドで気が付いた時、河西が俺の病室に押しかけ、生死を確かめたのはそういうことが理由らしい。


――――なんてやつだ。
しかも謝りもしない。

…………考えてみたら、戦場で仲間ができたからといって、今より生存率が上がるかどうかはわからない。
変なやつと仲間になると、背中を撃たれる可能性の方が大きくなる。

俺は安易に考えてすぎていたのかもしれない。


早飯は芸のうち、と誰かが言ったが、俺はあっという間に最後の味噌汁をすすり、テーブル下の伝票を手にして立ち上がった。

…………3千円超えてるじゃねーか。
だが、小銭がいくらかあったはず。

「あの、パフェ代……」

俺が急いで食べ始めたことで、空気が変わったことを感じたのだろう。
河西は少し、しおらしくなったようだ。

「払っておくよ。命の値段がパフェ2つなら安すぎる」

河西が俺を呼び出したのは、パフェを食べるためじゃないだろう。

だが、この会談は物別れに終わってしまった。
これ以上、時間を使っても意味がない。

「あの…………」

河西が上目遣いで、立ち上がった俺を見てくる。


――――軍事同盟どころか、停戦合意すらできなかった。

「それじゃあ、また……」


俺は含みを持たせ、まだパフェを食べている河西を残してレジに向かった。












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