第19話 舌をさえずる蛇

文字数 5,824文字




ショッピングモールの広い駐車場を横切る。


駐車場で停止せず、店入り口のそばに車を横付けした。
運転席ドアを開ければ、すぐに店の自動ドアだ。

現実世界ではこんな風に、入り口に車を横付けすることはあり得ない。
だからこの車を見れば、俺がここにいることが、河西にもすぐにわかるだろう。


これでパチンコ店の時のように、何時間も相手がやってくることを待つ必要はなくなる。

…………だが逆に、このショッピングモールでの準備時間が少なくなる。 


パチンコ店から手にしていたアサルトライフル、SAR21 LWC。
それを捨て、穴だらけになった軽自動車の中にあった、M16A4、アサルトライフルに持ち替える。

そして車のドアを開けたままにし、ショッピングモールの自動ドアをくぐった。
店の入り口で一度しゃがむ。


新しく手にしたアサルトライフル、M16A4のチャージングハンドルと呼ばれる部分を後ろに引き、初弾を装填(そうてん)する。
それからグリップ上部のセレクターレバーをセイフティーにセットした。

レンズの真ん中に赤い点が表示され、ターゲットを狙いやすくなっているドットサイトという光学照準器が、このライフルにはついている。

また銃の前方に下向きのフォアグリップという部品がついていた。
右手でトリガーを引きながら、左手でこのグリップを握ることで、銃撃時のリコイル(反動)を制御しやすいようになっている。


アサルトライフルの準備をしてから、背中のベルトに(はさ)まっている、ハンドガンに手を伸ばした。
パチンコ店で背中に差した、ワルサーPPXだ。

全速力で走ったのに、落ちずに手元に残ってくれたようだ。


銃上部のスライドを少し引く。
スライドの上にパックリ空いている排莢口(はいきょうぐち)から、薬室(やくしつ)内の弾薬(だんやく)を確認した。

それからグリップ横にあるマガジンリリースボタンを押す。
マガジンが自身の重みで、グリップの底から落ちてきた。

このマガジンにも弾が満タンで入っているようだ。
マガジンを戻し、再び背中のベルトに差した。



ライフルを持って、目の前の通路に目を向ける。

俺がこのショッピングモールに視察に来た時は、土曜の昼だったはずだ。
しかし、この世界が止まったのは平日の13時ごろのはず…………


――――歩きながら通路に落ちている銃を見る。

平日のせいか、廊下に落ちている銃が少ないような気がする。

銃の多さは、人の多さを意味する。
ということは、ショッピングモールのこの時間帯の来客数は少なかったということだ。

…………さっきまでいた、パチンコ店にあった銃が多すぎただけなのかもしれない。


通路をまっすぐ歩き、食料品売り場に向かった。

食料品売り場……その奥のバックヤードに監視カメラのモニターがある。
前にこの店にきたときは、そう予測した。

その時には当然、この店の店員がいたので、バックヤードに立入りはできなかった。


…………だが、今は違う。

精肉コーナー横の観音扉を勢いよく開ける。
勝手知ったる我が家のように、バックヤードに入っていった。


すぐ左側は大きな業務用冷蔵庫。肉やら魚やらが入っているのだろう。
…………今の俺には関係ない。

さきに進むと、様々な食料品の段ボールが高く積まれていた。
こんなに売れるのかと正直思うくらい、段ボールが積まれている。

その段ボールで区切られた倉庫内を進んでいく。

そのまま、まっすぐ進むと右手奥に喫煙室があった。
…………関係なし。

その奥にはトラックから荷を下ろす場所のシャッターと、従業員専用の出入口のようなものも見える。


目的通り、監視カメラのモニターがある場所を探す。
左に曲がり、高く積まれた段ボールの間を進んでいく。

バックヤードにも、ところどころ銃が落ちている。
…………だが数は少ない。

客の数より、従業員の数の方が多かったら、経営を危ぶまなければならない。
だから当然と言えば、当然だ。


…………と、その先バックヤードの端に、壁に沿った簡易な階段のようなものが見える。

階段を昇ったところ、この建物の2階に位置する場所に、事務室のような場所があるようだ。


下から見ると、2階バックヤードは手前で壁に遮られ、途切れたようになっている。
途切れた先は、1階バックヤードからの吹き抜けの構造になっているようだ。

その吹き抜けの空間に、壁に設けられた階段と、事務室のようなものがあるみたいだ。
この位置に事務室があるのは、店側の強盗対策……みたいなものだろうか?


事務室に入るには、目の前の階段を上がるしか手段はないようだった。


安っぽい金属でできた階段を、学校から履いてきているゴム底の内履きで上がる。


…………ふと、パチンコ店で借りてきた、自分が着ている黒のライダースジャケットの左肩の部分を触った。

ジャケットに、穴が開いているようだ。
その指先を見ると、黒い染料(せんりょう)がついている。


…………染料?

いや違う。
――――俺の血だ。


おそらくパチンコ店から脱出する際、車を運転しているときに弾が(かす)ったんだろう。

…………もう血を流している自分に、驚かなくなった。

むしろこの程度で済んで、ラッキーと思っている自分がそこにいる――――


階段を上ると、その部屋は薄い()りガラスで(おお)われていた。

学校の部室を思わせるアルミの扉を開けると、部屋の中は思っていたより広かった。
大きめの金庫に、デスクトップパソコンが2台、あとは放送用機材。

お目当ての監視カメラモニターもあった。

場違いなのは3(ちょう)の銃か…………


――――モニターは全部で8つ。
全ての監視カメラの映像を保管するためか、4つの外付けのハードディスクのようなものが置いてある。

モニターは上段に4つ、下段に4つ。

下段の1つは食料品売り場のレジを、一定時間になると違うところを映すように画面が切り替わっている。
今映っている画面には、床の黒い銃が目立っている。

残りの3つは食料品売り場と雑貨売り場のようなところを、画面が切り替わり映している。

レジではなく、売り場を映している画面が多いのを見ると、この店は万引きをより警戒しているのかもしれない。


上段のモニター内の3つは、1階から3階までの主要売り場通路と店の出入口を、これも一定時間になると違う場所を映すように設定されている。

…………この店の客用出入口は、確か6つあったはず。

コロコロと切り替え映しているが、モニター3つで網羅(もうら)するのは難しいのではないだろうか?


しかし最後の4つ目のモニターは、一つの場所を映したまま動いていないようだった。
映しているのはどこかの通路のようだが、さして重要な映像にも思えない。

疑問に思いながら、モニター前の椅子に掛けようと視線を落とす。

すると下の段のモニターの間に、リモコンのようなものが置いてあった。
リモコンは使われていないのか、(ほこり)を被っている。


それを手に取り、リモコンの番号を押す。
と、上段にある最後のモニターの映像が切り替わった。

もう一度、別の番号を押すと、また違う場所を映し出す。

このリモコンは、自分の好きな場所の監視カメラの映像を指定するものらしい。


――――これは今の俺にとっては使える。

自分が車を停めて入ってきた客出入口付近を映そうとした。
だが、リモコンの番号がわからないため、なかなか映せない。


…………苦心して、やっと自分が入ってきた出入口近くの店内カメラにセットすることができた。

河西は俺が乗ってきた車を見て、この出入口から入ってくるだろう。
だから河西が映りこむとしたら、まずこのモニターになると思った。



…………これからのことを考える。

河西がここを見つけ出すまで、そう時間はないはずだ。


銃の腕前は明らかに向こうの方が上。
まともに()り合っても勝てないだろう。

…………これは前回、ガキと戦った時と同じだ。


――――相手の意表を突くしか、俺が生き残る道はない。

…………何か手はないか……


――――――そう思っていた時だった。

リモコンでセットしたモニターの中…………
俺がショッピングモールに入ってきた入り口付近に、動くものが映った。


ライフルの銃口を下に向け、店内の様子を調べている。

…………間違いなく河西だ。


――――思っていたよりも早く来やがった。
まだ何も、勝つための方法を考えついていないのに…………


…………どうすればいい。

…………どうすれば生きられる。


眼の端に映った放送用の機材に、俺は()けることにした。

1階と書かれたボタンを押して、そばにあったマイクの電源を入れた。
一瞬だけキーンと、耳障りな音がする。

――――そんな音は無視してどう言えばいいか考える。

単刀直入がいいだろう。
そしてわかりやすく…………


「…………この世界の秘密について、知りたくはないか……?」

…………唐突過ぎただろうか?

いや、もう話し始めてしまった。このまま続けよう。


「俺はこの世界に6時間以上いたことはなかった。河西は24時間ずっと、太陽が同じ位置にあって沈むことはないのを知っていたか? それでも気温が一定なのを知っていたか? この世界では風がないことを知っていたか? 24時間以上経っているのに、自分が全く眠くならないのを知っていたか? スマホが使えることを知っていたか? 河西は、戦場を塚ヶ(つかがはら)市に選んだんだろ? 塚ヶ原市と隣の市の境界はどうなってる? …………まだわからないことがたくさんある。今後、俺達が戦っていく上で知っておくべきことがあるんじゃないか?」


ここで一旦、話を切った。

俺が今しゃべったことについて、よく考えてもらうために…………


「一時休戦にしないか? 五日、いや四日間でいい。そのあいだに、各々(おのおの)わからないことについて調べるってことにしないか? …………時間はたっぷりある。殺し合いなら、その後にすればいい」


モニター内の河西は、聞き耳を立てているのかまったく動かない。

「……もしこの提案に乗るのなら、銃を一発だけ空に向けて撃ってくれ。 ――――どうしても今、殺し合いをしたいのなら…… そのまま店内に入ってこい……」


マイクの電源を切って、モニター越しの河西の動向を見守った。


相手はしばらくじっとしている………………

――――だが、入口から店の中に入ってきた。


クソッ、交渉失敗だ。
置いていたアサルトライフルを取り、急いで階段を降りた。



この店に事前調査に来たとき、1階のバックヤードと2階のバックヤードが、階が違うだけで同じ位置にあることを調べていた。

スタッフの利便性を考えると、バックヤードの1階と2階が、階段で行き来できるようになっているのだろうと勝手に想像していた。

それを思い出した俺は、2階バックヤードに上がるための階段を探すことにした。


――――河西はまっすぐ、この食料品売り場に進んで来ている。
それに対し、俺はバックヤード内の階段を2階に上がる。

食料品売り場の奥にある、このバックヤードに河西が入ってきた時――――
俺は2階から回り込んで、河西の後ろを突く。


自分は河西よりも弱い。
――――その前提で戦略を練らなければならない。


さっき自分が店内からバックヤードに入ってきた、精肉コーナーの観音扉を右に見ながら通り過ぎる。
そして隣にある日用雑貨売り場のバックヤードの方へ向かう。

雑貨売り場のバックヤードにも、同じように段ボールが山を作っている。


…………通路の途中の十字路に差しかかる。

右手には、そのまま店内へ入る観音扉がある。
左を見ると、バックヤードの壁伝いに2階へ上る階段があるのを見つけた。

…………比較的早く、階段を見つけられたことにホッとする。


ライフルの銃口を上に向け、その階段を上ろうとした時――――

1発だけ、くぐもったような銃声が聞こえた。


俺は階段の1段目に右足を載せ、そのままフリーズした。


――――なんだ、今のは…………

休戦に応じるという合図だろうか…………


それとも敵が一時休戦すると見せかけて、俺を狙うためのフェイクだろうか?

…………まだ安心できない。
どうする?


とりあえず階段を上り、2階バックヤードから店内に出た。

――――衣料品店のあいだの通路。
その廊下を、数メートルほど走る。

手前にあるハンガーにかかった色とりどりの、夏物のワンピースの裏側に隠れた。


さっきのくぐもった銃声から考えて、河西は今、バックヤード近くにいるわけではなさそうだ。

だが、銃声の本当の意味を確認するには、このまま店の中を隠れながら、敵を探しても仕方ないような気がする。


…………相手の車が駐車場にあるかどうかを、まず確認すべきなのではないだろうか?

監視カメラによると、河西が入ってきたショッピングモールの出入口は、俺がこの店に車で横づけした所と同じだ。
当然、相手も同じように車で来ているはず…………

だったら…………不自然な場所に停車された俺の車の近くに、たぶんもう一台の車があるはずだ。


俺は隠れていた服のハンガーラックから、ライフルを抱え飛び出した。
そのまま走って、一番近いエスカレーターに向かう。

――――エスカレーターは、他に誰もいないのに動いている。

そのエスカレーターを1段跳びで駆ける。


…………途中、昇りエスカレーターとフロアが交わるところで、様々な銃が川に詰まったゴミのように落ちていた。
それを飛び越えて、屋上を目指す。


4階屋上駐車場まであがった。
自分が車を停めたショッピングモール前の、1階駐車場を見下ろせるフェンスへ走る。

フェンス手前3メートルで匍匐(ほふく)前進に切り替え、フェンスの端までくる。
そして下の駐車場を見下ろした。


……………………ない。

俺の車は確認できるが、その近くに別の車はなかった。


いや、ここから見える1階駐車場には100台以上の車がある。

そのほとんどが現実世界で、このショッピングモールに買い物に来ている客の車だが、相手の車がこの中に混ざっていないとも限らない。

…………そもそも俺は、河西がどんな車でここまで来たのかわかっていない。


――――不意に、国道の方から急ハンドルを切った時のドリフト音が、ここまで聞こえてきた。

腹ばいの状態で斜め後ろを見るが、当然その音源を見ることはできない。


…………河西で間違いないだろう。

別の第三者がこの世界にいる可能性もあるが、それを考えだしたら切りがないような気がする。


――――長く続いた戦闘で、自分の精神も限界に近いような気がしていた。

警戒は解かないが、河西が俺の提案に乗ったのだと考えよう。


その場で立ち上がってフェンスに背を向けたら、くぅと情けない音で腹が鳴った。


…………とにかくこのショッピングモールを出ることにしよう。










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