第16話 パチンコ店2
文字数 6,069文字
パチンコ店の右隣りにある、自分が勝手に東側駐車場と呼んでいる場所……
その
右には、店舗の外壁がそびえている。
左を見るとコンクリートと、その上の
そして真後ろには、店舗の外壁沿いをぐるりと囲むの細い道がある。
この道を反時計回りに歩くと、スタッフルームにある金属のドアに辿り着くようになっている。
店の中に逃げ込むには、この道を走るのが一番いいらしい。
この駐車場の角というポジションで、さっきから何度も立ち上がっては敵である河西を探していた。
目の前の駐車場は、まるで来店客が店に近い場所を争ったかのように、車がひしめき合っている。
店近くであればあるほど、駐車場の空きスペースがない。
そのせいで、自分が車を停めた場所をはっきりと見ることができない。
自分の立ち位置をずらして背伸びすれば、車の隙間からなんとか見える感じだ。
…………数時間前、河西は車でやってくるだろうと考えた。
だがその可能性が高いというだけで、歩いてくることがないわけではない。
相手が車で、この駐車場までくればすぐにわかる。
しかし徒歩で来られると認識できない。
それでさっきからつま先立ちをして、自分の乗ってきたドアガラスが割れた車の周りを確認しているというわけだ。
河西は必ず、俺の乗ってきたガラスの割れた車を探すだろうとの予測からだ。
――――手元のスマホには、19時18分と表示されている。
教室で眠って、こちら側に来てからすぐ時間を確認した。
そのときは13時半ごろだったはずだ。
つまりあれから6時間経っていることになる。
前回のガキとの戦いで、わかったことに…………
『現実世界の方が時間の流れは遅い』
……というものがあった。
それを
現実世界の俺の体は、まだ教室で眠ったまま…………という可能性もある。
…………それに19時といえば、夜だ。
だが……
『太陽はまったく動かない』。
この世界に来た時と同じく、南から少し西に傾いたところでピタリと止まっている。
それに長い間、パチンコ店の外にいるが…………
『ほとんど風がない』。
風もなく、太陽が照りつけていれば気温が上がっても不思議じゃないのに…………
『気温は一定』
…………みたいだ。
春のぽかぽかした陽気に包まれている。
他には…………
『この世界の時間の経過とともにお腹が空く』
…………ようだ。
お腹が空いたからといって、別に食べなくても死ぬことはないと思う。
現実の俺は、眠っているはずだからだ。
だが、腹が減っては
空腹で集中力が無くなっては、戦うどころではなくなる。
そこでサービスカウンターの棚に、家庭用ゲーム機やら、ipadの箱などと一緒並べられていた、枕ぐらいの大きさで袋詰めになっていた、うまい棒の詰め合わせセット。
それを店の外に持ち出して、俺はむさぼり食べていた。
子供みたいに指先をテカテカにしながら、うまい棒を食べる。
口をいっぱいに頬張りながら、立ち上がって目の前の駐車場をつま先立ちで眺めた。
…………駐車場には、まだ河西はやってこない。
うまい棒の包装紙の底にあった最後の
そしてその包装紙を足もとに落とした。
食べ散らかしたあとの包装紙で、駐車場の一角がもはや自分の家のような有様になっていた。
風も吹かないので、包装紙も足もとに留まったままだ。
――――ここで、撃たれた自分を想像してみた。
うまい棒の包装紙をそのままにして倒れる自分。
そのまま息絶える。
そこへ河西がやってくる。
死んでいるのか確認しようと思って近づくと、うまい棒の包装紙……その山の中で俺が倒れている。
…………河西が失笑する。
…………俺は散らばった袋を、そそくさと片づけ始めた。
外壁沿いの細い道を辿ってスタッフルームに戻る。
そして敵が駐車場にきたとき、うまく撃つための仕掛けを作ることにした。
スタッフルームにあった、針が
また別の部屋から清掃道具の入ったロッカーを見つけ、モップを取り出した。
それらを持って店内に戻り、サービスカウンター前までやってきた。
サービスカウンター前から東側出入口に向かう広い通路は、パチンコ台にはさまれている。
一方のパチンコ台にガムテープとビニール紐を使って、上から
通路をはさんで反対側のパチンコ台の椅子の上に、休憩所から漫画を何冊か持ってきて平積みにした。
その漫画の上にモップを載せ、モップの
サービスカウンターから見ると、通路左側のパチンコ台に時計がくくり付けてあり、右側のパチンコ台の椅子からモップが左側に寄りかかるように傾いている。
時計の長針を10分の位置にセットし、その長針にモップの柄をゆっくり載せる。
そしてしばらく観察してみた。
時計の長針が15分、20分と傾く度、モップの柄は下に傾いていく。
…………そして30分近くになると柄は地面に落ちた。
それからスタッフルームのゴミ箱を
そのコンビニ袋をモップの柄の真ん中、東側出入口から目立つ位置にテープで付けた。
これでモップが倒れる時、コンビニ袋が通路を横切ったかのように見えるはずだ。
河西はこの袋を俺だと勘違いして店内に向けて発砲する……
…………かもしれない。
このフェイクが上手くいく条件は、相手が東側の駐車場にいることが必要となる。
そうでないとコンビニ袋が見えない。
だが俺の乗ってきたドアガラスが割れている車を探してやってくると仮定すれば、河西がコンビニ袋を目撃する可能性がないこともない。
もう一度、長針を10分に合わせ、自分のスマホのストップウォッチを起動させる。
20分置きに、床に落ちたモップを長針に載せるため戻らなければならない。
でも何もしないで待っているよりマシだ。
自分から敵を探し出して攻撃を加えるほど、俺に戦闘技術があるわけではない。
かといって、ただぼんやりと相手を待っているだけというのも自分らしくない。
この辺が妥協点だと思った。
自分の中の、もう一人の自分がつぶやいた。
――――
…………姑息で結構。
弱いものが生き残るには、姑息であることは必要だ。
それは自然界の動物が教えてくれている。
続けて、もう一つの罠を仕掛ける。
この店では
箱の一つを持って、通路の曲がり角まで行く。
そして勢いよく箱を傾けた。
バラバラとパチンコ玉が床一面に転がる。
目の前には足の踏み場もないくらい、銀色の玉が広がった。
次々と箱を運んでは、店内の要所でパチンコ玉を転がす。
河西が床に広がったパチンコ玉を見れば、それは障害物になる。
障害物を避け、進む相手が最終的に辿りつく場所。
それを東側の客出入口とサービスカウンターまでの店中央の通路になるようにした。
…………そうやって敵が、俺の銃口の前に出てくるように仕向ける。
東側の客出入口とサービスカウンターまでの一直線の通路には、こちらから打って出る通路として利用するため、障害物を排除し、銃も取り除いた。
うまく河西を足止めできれば、その隙に相手を倒すことができるかもしれない。
20分が経過し、時計の長針からモップが倒れていたので、もう一度長針にモップを載せる。
そしてスタッフルーム裏口から店を出た。
さっきうまい棒を食べ散らかした店の外、駐車場の
スマホを取り出してみる。
…………時間は20時37分。
夜8時半なのに、気持ちいいほどの青空だ。
その空に向かってアサルトライフルの銃口を突き立て、発砲した。
発砲音は相手に伝わっているだろうか?
近くにいて聞こえているなら、すぐにでもここに来るはずだが…………
もう一度ライフルを空に向け、トリガーに指をかけた時だった。
………………車のエンジン音が聞こえる。
音は目の前の広い駐車場の、その向こうにある住宅街から聞こえる。
車の速度を落として走っているのだろうか、わずかな音だが間違いない。
この世界は風もなければ人もいないので、音の鳴りようがない。
日光が降り注ぐ音すら聞こえてきそうなほどの静かな世界だ。
その世界で自分が立てる音以外が聞こえるということは、敵で間違いないだろう。
以前、敵がパチンコ店に車で来るなら、国道の方からと予想した。
どうやらその予想は外れたらしい。
音が聞こえるのは国道とは反対側になる、駐車場の向こうの住宅街。
――――相手の車はまだ見えない。
俺はパチンコ店の外壁から出て一番手前に停まっている、5メートル先のステーションワゴンまで進んだ。
相手がこちらに気づかずに遠ざかって行った場合、どうすべきだろう?
こちらの存在をアピールするために、もう一度空に向けて発砲するか?
ようやく一台の車が、住宅街の路地から姿を現した。
黒の軽自動車だ。
運転手が誰かはまだわからない。
今気づいたが、敵は河西一人とは限らないんだ。
河西以外の人間がこの世界に来ている可能性も十分あり得る。
駐車場外側のフェンスに沿った道路を、車は歩くような速さで進んでいく。
運転席側をパチンコ店に向けて、何かを探すように…………
俺も同じように、相手の車が確認できる位置に少しずつ移動する。
…………まだ運転手は確認できない。
俺が持っている、Rk76TPというアサルトライフルは光学照準器なんてついていない。
ライフルにもともとついている金属のアイアンサイトのみだ。
目は良いと思う自分が肉眼で見ても、どんな奴が乗っているのかまではわからない。
…………太陽の光が運転席のドアガラスに反射して、まぶしくて見えないからだ。
やがて車が道路からパチンコ店の駐車場へ入るための、入口に差し掛かった。
そこで車は、一旦停止する。
…………探っている。
今明らかに、相手は駐車場に、自分の敵がいるかどうかを探している。
用心深い相手なのか?
車は長い間、停車したまま……アイドリングしたままで動き出す気配はない。
それとも時間の経過を遅く感じさせているのは、俺の精神状態のほうか?
――――イラつく。
…………駐車場の外までは100メートルはある。
この銃の性能がどのくらいかはわからないが、いくら射程内だとしても
…………車がゆっくり動き出した。
マズい、通り過ぎるか?
ここでパチンコ店から離れられると、店内の罠が無駄になる。
隠れていた車の前方から、一か八かライフルの銃口を敵に向けた。
――――が意に反して、車は駐車場の中に入るようにゆっくりと右折を始めた。
俺はそのままの勢いで、車の列に沿って前方5メートル先まで移動した。
…………隠れていた車からわずかに顔を出す。
相手の車はあいからず歩くような速さで、駐車場を横切って店に近づいてくる。
俺が隠れているのは黒のセダン車だ。
その助手席側面から、フロントガラス越しに敵を見ている。
ポケットのスマホを見た。
あと4、5分で、店内の時計とモップの柄で仕掛けたフェイクが作動する。
相手の用心深い行動では、仕掛けが先に動いてしまうかもしれない。
…………だが、敵を
ダメ元で仕組んだフェイクなのだから、期待しない方がいいだろう。
スマホをポケットに戻し、顔を上げる。
相手の車は運転手が確認できる位置まで来ていた。
――――河西だ。
河西は車の進路を少し変えた。
進行方向には俺の乗ってきた車がある。
さっきよりもスピードを出した車が、ドアガラスの割れた車の後ろにピタリと着けた。
車は停車したが、運転手である河西は降りてこない。
河西の車までは、30メートルぐらいだろうか。
ようやく河西が車を降りた。
…………音のない世界で、車のドアを開ける音がここまで聞こえる。
河西はアサルトライフルを持ち、前屈みになりながら、俺が乗ってきた車の運転席に近づく。
――――河西がいきなり機敏な動きを見せた。
しゃがんで車に隠れるような動きをした後、素早く車の前に移動する。
そしてパチンコ店に向け、発砲し始めた。
そして銃の照準器から河西をのぞく。
――――無骨な黒い銃と白い肌のコントラスト
――――銃口からの発砲炎でわずかに照らされる眼
――――ライフルの反動で小刻みに柔らかく揺れる髪
…………トリガーから指を離した河西が、こちらに目を向けた。
一瞬、視線が交錯する。
心の中で自分に毒づきながら慌てて、トリガーを引いた。
――――同時に、河西は車の裏に隠れる。
フルオートで発砲した弾丸が、河西の隠れた車のフロントガラスに当たり、ボンネットの上を跳弾したところで一旦銃撃を止める。
俺は店内に戻るために、5メートル後方の車まで後ろ向きで移動する。
車に辿り着くと同時、もう一度河西が隠れた場所に
…………向こうからの銃撃はない。
トリガーから指を離し、振り返ってパチンコ店の角までのわずかな距離を走る。
止まってからもう一度、威嚇射撃をした。
河西は姿を現さないので、そのまま店内に戻る。
店の外壁と生け垣の間の細い道を走りながら、マガジンを引き抜く。
…………残弾が少ない。
この銃はもう使えない。
そう思いながら、角を曲がり、スタッフルーム裏の出入口を
すぐに金属製の白いドアを閉めて、鍵をかける。
サービスカウンター前までいき、まだ未使用のアサルトライフル、コルトM629を手にする。
そしてまたスタッフルームに戻ってきた。
スタッフルーム内の監視カメラ前のパイプ椅子に腰を落ち着け、長い息を吐いた。
…………撃てなかった。
一瞬、見とれてしまった。
こんなことじゃ、この先戦えない。
…………もっと非情にならなければ。
だが初動が遅れたとはいえ、俺の撃った弾丸は当たったようだ。
数発だが、河西の右肩あたりに当たったように感じる。
その証拠に、店に戻るまで反撃がなかった。
河西がいきなり店に向かって発砲を始めたのは――――
たぶん、時計とモップの仕掛けが機能したんじゃないだろうか?
相手にしてみれば、探しても見つからない俺にイライラしていたのかもしれない。
…………それで発砲したとも考えられる。
いずれにせよ、細工は上手くいったということか…………
あとは床にばらまいたパチンコ玉で、足止めを食らった河西を仕留めるだけ。
…………大丈夫、俺ならやれる。
天井を見て、目を
――――あいつは俺を殺そうとしている。
だから俺もそれに応えるだけ…………
当たり前のことを、そう
――――だが自分の頭から、河西の姿を追い出すことはできなかった。