第30話 挟撃戦

文字数 5,961文字




…………………………ゼロ!
 
 
――――思いっきり引き戸を開けた。
同時に、私はアサルトライフルを田久井(たくい)に向ける。


不意を突かれた相手は、こっちを見て間抜けな顔をしていた。


――――ライフルの射撃音が、周囲の空気を(ふる)わせる。

しかし弾は当たらない…………

さっきまで職員室側を歩いていた田久井が、窓ガラスが並んでいる廊下右側に向けて、ヘッドスライディングするように()けたからだ。


思ったより機敏(きびん)な動き。
さっきの間抜けな顔は何だったのか……?


――――でも、次は逃げられないだろう。

その体勢では…………


私は廊下に寝転がる敵に、銃口を向け…………

……と思ったら、田久井は片手で持ったライフルをでたらめに撃ってきた。


――――当たらない。

そう思ったけど、あちこちで鳴る跳弾(ちょうだん)の音に、一度身を引いた。


すぐにまた、私は引き戸の端からライフルを向ける。

しかし身を起こそうとした田久井が(ひざ)を突いて、こちらに銃撃してくる。


私はもう一度、壁に身を引っ込めた。

目の前、会議室の引き戸が、貫通する弾丸で木片に変わっていくのが見える。


相手の銃撃がわずかに途切れた(すき)をついて、照準を合わせずトリガーを引く。

――――全然違うところを撃ってしまった。


廊下右側にヘッドスライディングした田久井が、今度は左側、職員室に沿って前進してきている。

また敵が、照準を合わせることなく走りながら撃ってきた。

でも今回はそれに(おく)することなく狙いを定め、私は撃った。


ガシャッ――――

発砲音とは違う音がして、廊下から相手の姿が消えた。

田久井が職員室の引き戸に突進して、引き戸ごと職員室内に倒れた音だろう。
引き戸に付いていた、()りガラスが割れたようだ。



この隙に、私は前進することにした。
数メートル先の東側連絡通路と交わる、十字路のポイントまで走る。


と、その時……いきなり後ろから腕を掴まれた。

…………存在を忘れていた、九条君だ。


九条君は自分の持っていたアサルトライフルを私に渡す。
代わりに、私の持っていたLR-300、アサルトライフルを取り上げた。

「……30発だ」

小さな声でそう言うと、九条君は少し(うなず)く。


九条君から貰った銃のスペックが、例の機械仕掛けの女性の声で、すぐに頭に流れてきた。

IMI  CTAR-21  アサルトライフル  重量3240グラム
装弾数30発  弾薬5.56mm×45


それを手にして、私は引き戸から顔を出す。
田久井は職員室からまだ戻ってきていないようだ。


思い切って廊下を進み、東側連絡通路と交わる場所で、壁を背にして隠れる。


背にした壁の左後方に、田久井が隠れている職員室前の廊下が延びている。

目の前には縦穴のように、ぽっかりと開いた2階への階段。
踊り場には照明がついていないため、暗くなっている。


そして私の右側には、東側連絡通路が広がっている。

(なか)棟を通り越し特別教室棟まで続く、この連絡通路は100メートルぐらいあるだろうか。

校舎とクロスするため暗くなっている場所以外は、日向(ひなた)ぼっこができそうなくらい光が降り注ぎ、明るくなっている。


田久井は職員室で新しく銃を手に入れたはず……
弾が満タンの銃を手にした相手は、このあとどういう行動をとるだろうか?


職員室から廊下に出てきて、私のいる方向とは逆に向かって、後退していく。
…………というのはなさそう。


学校の先生が生徒には向けないだろう、殺意のようなものをさっきから私は感じていた。
それに田久井は戦闘を楽しんでいるように見える。


廊下に出て、戦意丸出しで銃撃しながらこちらに向かってくるか…………

もしくは職員室は一階にあるので、窓ガラスから外に出る。
そして北棟と中棟のあいだの中庭に出たあと、私の裏をかくように行動するか…………

考えられるのは後退以外の、この二択だろう。


職員室前の廊下ばかり気にしていると、意表を突かれることもありうるということ……


私は壁から背を離し、振り返った。
そして階段を背にして、職員室前の廊下に、右半身だけ出して銃を構える。

階段を背にするには嫌だけど、この場所ではこのポジションがいいような気がした。



…………チラリと一瞬だけ、職員室から廊下に出るように、(ひざ)の高さで何かが見えた。

すぐにそれが何か理解した。


――――ライフルのバレル。
弾丸が通過する銃身(じゅうしん)だ。

はっきりとは見えたわけではないけど、間違いないだろう。


どうやら田久井には裏をかくという考えはないらしい。

…………それでいい。
()(こう)から来たほうが、(おとり)役はしやすい。


――――相手の黒っぽい服がわずかに見えた。
それからゆっくりと、黒い髪の毛が見えてくる。

その頭の位置に当たるように、私は銃口を固定する。


でもさっきまで見えていた髪の毛が、職員室内にスッと引いてしまった。

…………相手の行動に緊張していた心が、わずかに弛緩(しかん)する。


――――が、私の心を見透かしていたかのように、黒い影が職員室から飛び出た。

そして廊下の反対側の窓ガラスのほうから光が放たれる。


間一髪、私は反射的に体を左へ倒した。
――――うしろの階段から次々と着弾音が聞こえる。

しかし私の体には、弾は当たらなかった。


職員室から出てきた田久井の動きはまるで、遊んでいる子供のようだった。
自分が弾に当たることを、まったく恐れていない。


体勢を整え、相手が銃撃を停止したわずかな隙を突いて応戦する。

だが、廊下を前に進んでいた田久井は前転をするように飛び込んで、保健室の中に入ってしまった。


――――近い。 ………近すぎる。

敵との距離が…………

5メートルほどの距離をアサルトライフルで撃ち合っている感覚だ。



自分の左手に広がる、長い東側連絡通路を見て、そちらに駆けていく。

連絡通路の途中には、遮蔽物(しゃへいぶつ)がない。
この廊下の先の、中棟と交わる少し暗くなっている場所を目指す。


連絡通路の途中から、屈むようにして走った。

この廊下は保健室の窓ガラスから丸見えだ。
そこから銃撃されるとも限らない。


…………走りながら九条君に話しかけた。

「連絡通路を中棟の方へ!」


同時に、後ろを見る。
私がさっきまでいた北棟と東側連絡通路の角に田久井の姿が見えた。

振り向きざまトリガーを引く。

――――当たらない。
田久井は廊下の角に隠れてしまった。


走りながら振り返り、ライフルを持って威嚇(いかく)射撃する。

銃をちゃんと保持できていないので、うまくリコイル(反動)を制御(せいぎょ)できない。
すぐに銃口が上を向いてしまう。


…………無様(ぶざま)な戦い方。

私らしくない……


隠れる場所のない長い廊下をひたすら走る。


――――相手も撃ってくる。

でも、私の威嚇射撃の跳弾を恐れてか、完全に私を(とら)えることができないようだ。


中棟まであとすこし。

……もう少しで曲がり角。


――――そう思い、田久井に向けトリガーを絞った。

だが弾丸が3発ほど出ただけで、銃声は止まってしまった。


ッ! 弾切れ――――――


すぐにアサルトライフルを捨て、背中のスカートにはさんであるハンドガンに切り替える。

それを見ていた田久井が、廊下の角から出てこちらに走ってくる。


私は走りながら後ろを撃つ。

だが田久井は、まるでハンドガンの弾なんて当たってもどうってことないと言いたげに、廊下の真ん中で立ち止まりライフルを構えた。


走りながら足をもつれさせた私は、右半身を廊下に(こす)るように床に転がった。

銃声とともに、田久井が撃った弾丸が私の体の上を通り過ぎて行くのがわかる。

「今よ!」

倒れながら、私は大声で叫んだ。




河西からとりあげたこの、LR-300ML-Nというアサルトライフル。
俺がこの銃を手にしたとき、例の機械染(きかいじ)みた女性の声が聞こえた。

…………ライフルの残弾は13発らしい。

そして俺のいるこの会議室には、他に銃は落ちていない。

13発でなんとかしなければならない。

フルオートで撃つとすぐ弾切れになりそうだ。
セレクターレバーをセミオートの位置にセットする。


田久井が撃ったと思われる弾丸が、すぐ目の前の、木製の引き戸をボロボロにしていくのを俺は見ていた。

やっぱりアサルトライフルの弾丸だと、引き戸を簡単に貫通するようだ。


――――銃声は今も聞こえている。
河西が戦っているのに、隠れているだけというのはやるせなさを感じる。

自分の計画が河西にとって、かなりの負担となっていることを今更ながらに感じていた。


「連絡通路を中棟の方へ!」

河西からの連絡が入る。
走りながらの声がスマホを通じて聞こえてくる。


それに応えようとした時、河西が撃ったと思われるフルオートの銃声が、スマホと廊下の両方から聞こえきた。


しばらく間が空いてから、また銃声。
河西は相手を牽制(けんせい)しながら、廊下を走っているようだ。

会議室を出た先の廊下でも、それに呼応するかのように発砲音が鳴り響く。
田久井が応戦している。


『連絡通路を中棟の方へ』というと、この会議室を出て少し先から、左に延びる東側連絡通路を河西は走っていることになる。

…………長い連絡通路には死角(しかく)がない。


――――銃声が途切れ、双方の攻撃が一旦、()んだ。


そう思ったら、明らかにライフルとは違う発砲音が聞こえてきた。

…………たぶんハンドガンの銃声だ。


それは少し遠い場所から聞こえてくる。
撃っているのはおそらく河西だろう。

アイツ…… 30発使い果たしたのか……


飛び出したほうがいいか……

――――河西からの合図はまだないが……

しかし勝手に飛び出したら、河西のここまでの苦労が水の泡になってしまう。
いつでも飛び出せるように、俺は心構えをした。


その直後、ライフルの銃声……これは田久井のものだ。

「今よ!」

合言葉が違うじゃないか――というツッコミはあとにした。

引き戸から出て、河西の大声に(はじ)かれるように廊下を走る。



目の前の廊下、その十字路がある場所で、二人がいる左へ銃口を向けた。

だが、飛び出した廊下の角にすぐに戻る。

俺に当たるはずだった金属の弾が、体育館への渡り廊下前にある金属の扉に当たり、硬質な音を立てた。


――――間一髪で、田久井の弾丸を(のが)れた。

チッ、田久井のヤツ……
まるでわかっていたかのように、後ろを向いて俺に銃口を()えやがった。


廊下の向こうから河西のハンドガンの銃声が聞こえる。
角から顔を出すと、田久井が河西の方に向かって猛スピードで走っていた。


廊下に出て、俺は田久井の背中に銃口を向ける。
だがトリガーに掛けた指を引くことができなかった。


――――当たる。
このまま撃てば、流れ弾が河西に当たる。

俺はそのまま田久井の背を追うように、廊下を駆け出した。


この東側連絡通路の幅は5、6メートルぐらい……

俺の前を走る田久井は、このまま俺たち二人に挟まれた状態で、廊下の真ん中にいるのはまずいと判断したのか……
河西の方に向かって全速力で走っている。


田久井の前の河西は、中棟の曲がり角にすでにたどり着き、廊下左側の階段前にいた。
ハンドガンを田久井に向けているが、撃とうとしない。

「撃て! 俺に当たってもいい!」


河西に叫んだつもりだが、同時に俺の声を聞いた田久井が走る方向を変える。
田久井は河西のいる廊下左側から急に中棟の右曲がり角に向けて、走り出した。

田久井に当たるはずだった河西の弾丸は、俺の(ほほ)(かす)めるように後方に飛んでいく。


田久井が方向転換したため、ライフルを撃っても流れ弾が河西に当たらないと判断した俺は、その背に銃口を向ける。

初弾、次弾…………
なんで当たらないんだ。

全速力で走りながら撃つと、まったく当たらない。

走りながら連射すると反動(リコイル)を制御できず、銃口が跳ねあがってしまう。

だからといって、悠長(ゆうちょう)に立ち止まって撃つ余裕はない。


田久井は連絡通路と垂直に交わる、中棟廊下に差し掛かろうとしていた。

河西も少し階段を上ったところから、田久井に向け撃つ。


――――――当たった。

誰の弾かわからないが、田久井が被弾したのがわかる。
フロントサイトから見える田久井の重心が、わずかに右にずれるのが見えた。


田久井はそのまま中棟廊下を右に曲がるように走る。

しかし廊下を曲がる途中で、どこからか取り出したハンドガンを河西のいる左の階段に向け、でたらめに発砲した。


「――――はッ……クッ……」


銃声で聞こえにくかったが、河西がうめいたような気がした。

その瞬間、俺の視界から田久井が消える。


田久井を追ってきた俺もすぐに、中棟の廊下と交差するところに辿り着く。

田久井が曲がった右側に銃口を向け、スライディングで身を低くしながらフルオートで掃射(そうしゃ)した。

だが、ライフルが廊下に落ちているだけで田久井はいなかった。
教室のどこかに隠れたのだろう。


その場で残弾ゼロになったライフルを捨て、背中のベルトからハンドガンを取り出す。

階段の壁に体を預けている河西に肩を貸して、階段を上りはじめた。


河西は左足の太ももを撃たれたようだ。
黒い血が流れている。


河西のペースに合わせている訳にもいかないので、半ば引きずるように階段を昇る。

踊り場まで辿り着いたところで河西を乱暴に横に押しやって、1階から死角になる位置に倒した。


「死にたくなかったら、()ってでも階段を昇れ!」


非情だと思いながら踊り場でしゃがむ。
俺は1階に向け、PA-15というハンドガンを両手で構える。

田久井がいなくなった廊下は、ここから2時の方向。

階段の壁、それと廊下の壁……
それらが入り組んだ限られた射角を、撃ち下ろしの体勢で銃口を向ける。


人影を見た瞬間、それが誰なのかも確認せずに発砲した。
弾丸は(むな)しく、床を跳弾する。


田久井は新しく教室で拾ったと思われるサブマシンガンを持っていた。
だが、その銃口はこちらに向いていない。


相手は一度、廊下左側にある教室に戻るよう、陰に隠れた。

田久井は一応、壁に隠れてはいる。
だが弾に当たらないための警戒が、雑な気がする。

ハンドガンの弾なんてどうってことないと思っているのか?


こちらに銃口を向けようとして、田久井が大きく遮蔽物から出てきたところを狙って撃つ。

代わりに、田久井のサブマシンガンから発射されたフルオートの弾丸が、俺の周りに波のように押し寄せた。
階段の踊り場に、こもったような跳弾音が鳴り響く。


狙って撃った俺の弾は、しっかり田久井を(とら)えたようだ。
撃ち抜いたのは、おそらく左太もも。


もう一度撃ったが、田久井は素早く教室に入っていった。


これで、すぐには追ってこれないだろうか……


ハンドガンを背中のベルトにはさみ、河西の元に戻る。
河西は額に汗を浮かべて、本当に這って階段の半分まで上っていた。


なおも階段を昇ろうとしている河西の、負傷している足の方に回り肩を貸して立たせる。
それから少しずつ階段を上った。


「このまま3階まで上がってしまおう。我慢できそうか?」


河西は少し唇を噛みながら、力強く(うなず)いた。


…………途中、何度も振り返る。

だが、田久井が階段を上がってくる様子はなかった。


――――――痛み分けか…………











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