第5話 窮鼠の罠

文字数 4,814文字




――――全力で逃げる。


そして逃げた先は、前と似たような住宅街だった。


今回は肩の痛みがどうこう言っている場合ではなかった。
何とかロケット砲の対策を考えなければならない。

…………しかし対策なんてあるのだろうか?


どうしたらいいか途方に暮れながらも、もう一度アサルトライフルを拾った。

イズマッシュ  AK74M  アサルトライフル  重量3450グラム
装弾数30発  弾薬5.45mm×39

前よりも重くなったように感じるアサルトライフル、AK74Mを持って重い足を動かす。


そのうちT字道路に出た。
突きあたりから右に数十メートルほど行った所に、左右を住宅にはさまれたコンビニがあった。

ついさっきワイシャツが黒い血で染まっていることを確認したコンビニとは違う、別の店だ。


またコンビニか……

薄暗い住宅街から明るいコンビニへ。
まるで自分が照明を求めて歩く()になったような気がした。


この町はコンビニがあちこちに乱立しているように思えるが、採算は取れるのだろうか?
そんな余計な心配をぼんやり考え、店前の駐車場からコンビニの灯りを浴びる。

ぼーっとしていると、頭の中にあることを思いついた。

…………その考えは少しずつ形になっていく。
それとともに、ようやく生への執着を思い出した。



罠を作ることにする。
まともにロケット砲とやり合う気はない。


コンビニから、ガムテープ、ビニール紐、はさみ、瞬間接着剤を取ってくる。

そして店正面に向かって右側、隣の住居と境目にあるフェンスのところにやってきた。
目の前のフェンスを乗り越える。

隣の住宅側からフェンスの穴にアサルトライフルの銃身を入れ、地面に置いた。

銃のトリガーとビニール紐を結び、瞬間接着剤でしっかりと固定。

住宅の屋根から地面まで延びている茶色の雨樋(あまどい)を壊し、その雨樋を外壁に固定するための丸い金属の輪を剥き出しにして、その間にビニール紐を通す。

――――これでビニール紐を引くと、ライフルの真後ろからトリガーを引く形になった。


それからビニール紐がコンビニ店の裏側をぐるりと半周するように、店裏に紐を持って回る。

アサルトライフルのある位置と反対側、コンビニ正面に向いた時に左側になる位置まで紐を持っていく。

…………これで紐を引けば店の左側から、右側にあるライフルのトリガーを引くことができる。

――――だろう。 …………たぶん。


設置したアサルトライフルの銃口は、コンビニ前の道路で走行中だったと思われる、白のセダンに向けることにした。

道路をはさんだコンビニの向かい側はどこかの企業の工場なのか、白く高い壁が続いている。
この環境なら、相手はいきなりコンビニに不用意に近づくことなく、まず道路に停まっている車に身を(ひそ)めるだろうと考えた。


民家の庭にあった園芸用のレンガをいくつか持ってきて、設置したアサルトライフルの高さを調節。

さらにライフルの上にもレンガを載せ、ガムテープで固定した。
発砲時の反動で銃口がずれないようにするためだ。


ここまでの準備で、かなり時間がかかったはずだ。
しかしガキはまだこない。


――――あとは仕上げだ。

このコンビニに、ガキの注意を引くための(おとり)が必要だ。

考えた末、囮はコンビニの自動ドアが開くときの、来客を知らせる音にしようと思った。


この世界には俺とガキの二人しかいない。
だから銃声がなければ基本的に静かなのだ。

少しぐらい遠くにいても、店の来客音は聞こえるだろう。


コンビニの自動ドアはセンサーで開閉する。
それに誤作動を起こさせればいい。

センサーが誤作動するように細工をしてドアが開きっぱなしの状態にし、来客音が鳴り続けるようにすることで準備完了だ。


それからコンビニに入って別の銃を探す。
サブマシンガンを手に取った。

ヘッケラー&コッホ  MP5A5  サブマシンガン  重量3100グラム
装弾数30発  弾薬9mm×19


いつの間にか落としてしまっていたハンドガン、その代わりを手に取り、背中のベルトにはさんだ。

グロック  グロック22  ハンドガン  重量650グラム
装弾数15発+1   弾薬 .40S&W



敵がいつ来るかわからない。
設置したアサルトライフルの紐が引ける、店左側の陰に身を潜める。

こちら側は店と隣の住宅の間が狭くなっているようだ。

俺はコンビニの外壁に自分の体をピタリとつけ、しゃがんだ。
それから店の光が当たらない場所で暗闇と一つになる。


――――闇のなかでコンビニの来客音に耳を傾けると、焦燥感に()られる。


…………しばらく待つと車の音が聞こえてきた。

この世界で動くものは俺とガキだけ。
車を動かしているのはガキだろう。

俺がさっきここに来たようにT字道路を上に向かい、右折したのだろうか…………
エンジン音が俺を探すようにゆっくりと聞こえてくる。


…………息を殺して待つ。

自分がしゃがんでいるこの位置は、すぐ右にコンビニの白いフェンスがあり、さらにその外側に隣の住宅の塀がある。

隣の住宅の塀のせいで、自分の視界は狭い。
そのため塀の向こうから近づいてきているガキの車は、店の前までやってこないと全く見えない。

…………暗がりに隠れて、ひたすらジッとするしかなかった。


車のエンジン音が大きくなっているのに、明かりは見えない。
どうやらヘッドライトを消して走行しているようだ。

…………ひょっとしてガキが車の窓を閉めて走行すると、コンビニの来客を知らせる音が聞こえないのではと思った。
だが、この段階ではどうすることもできない。



そろそろガキの視界にコンビニが見えるはず…………

注意深く見ていると、俺の位置からシルバーの自動車の頭が見えた。
だが、その車は店前の道路に入らず、手前で停車した。

――――車はアイドリングを続けている。
コンビニ入口の来客音をじっと聞いているように見える。


数分経ってから、ようやく車のドアが開く音がした。
…………アイドリングはそのまま。


ガキが乗ってきた車の先端から、わずかに顔をのぞかせた。

…………と思ったら、すぐにその前に停まっているセダン車のトランクに走って移る。


――――なんだ、あの重そうなもの。


ガキが持っている物に目を見張る。
その体に似合わない大きなものだ。

今までロケット砲だと思っていたが…………
グレネードランチャーというのだろうか?


ガキは白のセダン車に移ったが、まだ仕掛けられない。
セットしたライフルの銃口はそのセダン車の前方、ボンネットに合わせたからだ。


くそっ、まだだ…………
引き付けろ…………

相手の姿はセダンの陰に隠れて見えない。

――――耳の奥で、コンビニの来客音が鳴り響いている。


俺はコンビニの壁に体をつけたままビニール紐を握り直す。
ガキが隠れた車を凝視(ぎょうし)する。



――――――かかった!


道路上の車、そのドアガラスを通して、ガキがボンネットの上に顔を出したのが見えた。

思いっきり紐を引き、アサルトライフルを作動させる。
タイムラグがあってから、銃声が鳴り始めた。


ここからでも耳鳴りがしそうなほどの発砲音で、慌てて頭を下げる相手の姿が見えた。
激しい雨のように降り注ぐ銃弾が、相手をその場に(くぎ)付けにする。


ほどなくしてアサルトライフルの全ての弾薬……30発が撃ち終わる。

反撃とばかりに、ガキはボンネットの上にグレードランチャーを置き、引き金を絞った。

例の、シュッという音とともに耳を貫く爆発音が響く。
ライフルを仕掛けた反対側の民家に着弾したようだ。


――――思惑通り、ガキは俺が店の右側からライフルを撃っていると勘違いした。


ドライアイスの煙が演劇の舞台上に立ち込めるように、白い煙がコンビニの駐車場の上に、薄く広がる。

なにかが崩れる音があたりに木霊(こだま)するなか、ガキが隠れていた車から少し前に進む。
トドメとばかりに、その身に合わない重そうなグレネードランチャーを構えた。

…………嬉しくてたまらないと、ガキがゆっくりと口の()を上げる。


――――お前のその余裕が、身を滅ぼすんだよ。
考えると同時、壁から出て、俺はサブマシンガンを構える。


――――アサルトライフルとは違う、少し軽めの発砲音。
だが相手の左肩あたりに数発当たるのを、この目で確認した。


ガキは撃たれる瞬間まで、俺がいる方向に気付かなかったようだ。

…………慌てる余裕もなかっただろう。
グレネードランチャーを捨てて、もといた車まで頭を下げ、戻る。

一瞬、苦痛に顔を歪めるのが見えたが、急所は外してしまった。



敵がハンドガンを持っていることを想定して、俺も元いた壁に身を隠す。

…………まだ聞こえるコンビニの来客音。
グレネードランチャーが破壊した反対側の家の方から、コンクリート片らしきものが落ちる音が聞こえる。

しかしガキが撃ち返してくることはない。


ひょっとしてグレネードだけで、ハンドガンは持っていないのではないか?

そう考え、思い切って壁から出ると足音が聞こえた。
ガキが走りながら腰を落とし、グレネードに触れようとする。

…………そうはさせじと、俺は発砲した。

グレネードに触れることに失敗したガキが、ここまで乗ってきた車を捨て、道路を左へと走り出した。


――――思った以上に速い。
俺もコンビニの駐車場を横切って相手を追う。

…………が、すでに15メートル以上離れてる。


追うのを止め、その場でサブマシンガンのトリガーを、フルオートで絞る。

――――当たらない。
サブマシンガンはすぐ弾切れになる。

俺はサブマシンガンを捨て、イラつきながら背中のグロックを抜く。


慌てず狙いを定め、気持ちを切り替えるようグリップに両手を添える。

ガキは右側の工場の門前へと迫っている。
でも時間外なのか閉まっているようだ。

だが、その先に交差点がある。


――――初弾、次弾、ともにガキをかすめていった。

しかし3弾目、左足、太ももだろうか?
当たったようだ。

…………相手は前のめりになりながらも、被弾と同時に右折し横道に姿を消した。


俺は走ってコンビニ前のセダンに戻る。
車の開かれたドアを盾に、ガキが消えていった方に銃口を向ける。

しかし相手が攻撃してくる様子はなかった。



…………追撃の必要はないだろう。
今回の目的は、ガキが持っていたグレネードランチャーの処理だったのだから。


俺はガキが捨てていった、車の前に落ちている大きなリボルバーのような形の銃に近づき、そっと触れる。

ミルコー  MGL Mk1  グレネードランチャー  重量5300グラム
残弾2発  弾薬40mm×46  成形(せいけい)炸薬(さくやく)


…………頭に響く情報を聞きながら、グレネードの丸いシリンダーから弾薬を抜き取った。

海馬に刷り込まれる情報によると、成形炸薬弾とは戦車などを攻撃したりするためのものらしい。
そんなもの当たらなくて良かったと、心底思った。


――――残弾は2発。
これだけ残っているなら、このグレネードを俺が使うことができると思わなくもない。

でも、こんなものを持っていたら機動(きどう)性が失われる。

まだ未使用の、この弾薬はどこかわからない所に捨てることにしよう。


俺の武器、MP5A5サブマシンガンは残弾ゼロになった。
その代わりとして、コンビニの店内で新しく他の銃を手に入れることにした。

アサルトライフルが良かったのだが、サブマシンガンしかない。
ショットガンもあったが、連射可能な銃を選んだ。

持っていたハンドガンは、3発しか撃ってない。
しかし今のうちに、新しくフル装填(そうてん)されている物に代えることにした。

イズマッシュ  PP19ビゾン2  サブマシンガン  重量2700グラム
装弾数64発  弾薬9mm×18

シュタイアー・マンリッヒャー  M9―A1  ハンドガン  重量770グラム
装弾数17発+1  弾薬9mm×19


ハンドガンを背中のベルトにさす。
PP19ビゾン2の装弾数の多さに驚きながら、それを持って動き出した。


グレネードという、殺傷力の高そうな武器は排除した。
だが生き残るにはまだ足りない。


…………弱い自分がどう立ち回るか、ここから考えよう。






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