第13話 手探りで進む霧
文字数 3,868文字
あれ…………
机の上にあるノートに、
机に顔を付けたままだが、シャーペンは握っている。
…………教室だ。
机に顔を付けたまま自分の隣、視線の先にいる男子生徒を見た。
入学してから日が浅いので話したこともないが、たしか
顔を上げ、周りを見る。
みな同じようにノートを取ったり、黒板を見たり、自習したりしていた。
でも何かが違う。違和感がある。
――――そうだ。音がしない。全くの無音なのだ。
前の席に座っている
…………何の反応もない。
確認のため、もう一度クラスメイトを眺めてみた。
さっきと同じ姿勢のままだ。
…………もう間違いない。
また俺は眠ったんだ。
そしてもう一つの世界に…………
2限目、担任に授業態度が悪いと注意されたばかりなのに。
そんなしょうがない後悔をしつつも、黒板を見るように前を向いた瞬間…………
――――視界がブラックアウトした。
目が見えるようになると、椅子に座っている状態からしゃがむような体勢になった。
車がようやくすれ違うことができるぐらいの広さの道路、そのアスファルトの上に俺は屈んでいる。
――――すぐに周りの状況を確認する。
住宅街の一角だろうか?
右側に見えるのは高さ1メートルほどのレンガ積みの壁と、その上にある白い柵。
柵の向こう側は、白を基調とした住宅だ。
…………左側、自分の手が届く位置にあるのは、工事現場の外側でよく見る簡易な足場のようなもの。
自分の目の前に立っている人を見る。
工事現場の人だろうか?
スマホを片耳に当て、
その動かない人から目を離そうとした時――――
その人が黒い煙になって消えた。
代わりに、重い物が落ちる音が道路や住宅など、あちこちから聞こえる。
あたりをみると、さっきまでなかった黒く光る銃。
それが自分の目の前に
もう少し先の道路に一挺。振り返ると、うしろの方にも一挺、転がっている。
目の前の、煙草をくわえていた男性はアサルトライフルになったらしい。
その場に銃しかないところを見ると、その人が耳に当てていたスマホやくわえていた煙草も、黒い煙となって消えたようだ。
――――
この状況から考えて、自分よりも相手の方が後に眠ったらしい。
だから敵の方が場所の指定と、武器の指定ができた。
…………完全に主導権を握られている。
いや、今はそんなことよりもっと考えるべきことがあるはずだ。
フリーズした教室から、わずかな時間で別の場所に飛ばされ、その後すぐに周りにいた人たちが銃に替わった。
この一連の恐ろしく速い変化は、敵がかなりの
言いようのない恐怖が自分を襲い、背中にじんわり汗が
…………このまま、この路地で縮こまっていたいという、心の中の恐怖に目を向ける。
どこかに隠れていた方が死なないのではないのかと。
しばらくしゃがんだ状態で、じっと考えた。
――――駄目だ。
この世界、この町のことについて全くわからない。
もし相手が選択した場所が限りなく狭い場合、隠れていても見つかる可能性が高い。
それにどちらかが死ななければ現実世界に戻ることができないなら、相手は敵意丸出しで向かってくるだろう。
…………不本意だけど、戦うしかないのかもしれない。
ガキとの戦いの時もそうだったが、自分の煮え切らない心に嫌気が差した。
…………なんにしても情報収集だ。
なにもわからない状態では圧倒的に不利だ。
しゃがんだまま、俺は制服のポケットからスマホを取り出し時間を確認する。
…………午後1時27分。
五限目が始まって間もない時間。
あとは全く知らない土地かもしれないが、ここがどこなのか調べる必要がある。
さっき目の前にいた作業服を着ていた人。
黒煙とともに消えたその人の替わりに落ちてきた、銃を拾う。
すると前回と同じように、電話越しの
ヘッケラー&コッホ G36C
アサルトライフル 重量2820グラム
装弾数30発 弾薬5.56mm×45
…………頭の中に、その操作方法も流れ込んできた。
どうでも良いことかもしれないが、この機械仕掛けそのままの音声。
どうにかならないものなのだろうか?
ボーカロイドの方がよっぽど人間の声らしく聞こえる。
拾った銃に
しかし弾薬が入っているマガジンが半透明になっているため、弾が満タンになっているのが
左手で銃を固定し、抱えた状態で、銃側面にあるコッキングレバーと呼ばれる部分を手前に引いた。
レバーから手を離すと、金属が
…………これで初弾を装填できたはず。
グリップそばにあるセレクターレバーをセーフティーにセットした。
中腰になりながら、前方の大通りの方へ向かう。
教室からいきなり街中に飛ばされたため、履いているのは学校の上履きだ。
柔らかいゴム底でアスファルトを踏むため、違和感がある。
大通りと合流するところまで進み、道路左側で建物が日陰を作っている所でしゃがむ。
通りの全体像を見るために、建物からわずかに顔を出してみた。
――――目の前の大通りを見ようとする自分の左側に、太陽がある。
さっきスマホで確認した現在時間と太陽の位置から考えて、この道路は北から南へ伸びているようだ。
俺の右側は北になる。
午後1時半だったから、太陽は真南より、少し西に傾いていることになる。
だが誤差の範囲だろう。
まぶしさに目を細めながら通りを見渡す。
片側一車線の道路。車道の外側には、比較的広い歩道が敷かれている。
…………人影は見えない。
代わりに黒い銃が所々に落ちているのが見える。
前回と同じく動いている車はないようだ。
車道には走行中だったと思われる、エンジン音がしない停まったままの車がある。
――――動いているのは、俺一人のように見える。
だが実際は、俺だけじゃない。…………敵もいる。
道の反対側には民家、ケータイショップ、ガソリンスタンド、飲食店、コンビニ…………
…………そうだ、コンビニ。
その外観のどこかに、店名が書かれているのではないだろうか?
コンビニ店名には住所地が使われることが多い。
つまり店名がわかれば、自分が飛ばされた場所についてもわかるかもしれない。
全く知らない店の名前だったら、どうしようもないが…………
コンビニはここから10時の方向に、150メートルほど離れたところにある。
ここから眼でコンビニを確認することはできない。
隣の飲食店の陰になって、店の全体が見渡せない。
――――今まで自分が歩いてきた、後ろの住宅街の路地を振り返る。
誰もいないことを確認。
思い切って屈みながら、目の前の歩道を左へ走る。
銃口を地面に向け、ライフルをすぐに構えることができる速さを維持し、二つ目の角を左に曲がった。
――――銃を構え、曲がった先に誰もいないことを確認する。
それからさっきと同じように、建物のつくる日陰に隠れて大通りを見た。
さっきの位置から100メートル以上走ったろうか…………
以前よりも、見やすくなったコンビニを見る。
ガラス張りとなった正面から店内が見える。
そのガラスの上部に、店の外装となる三色のストライプの部分があった。
ストライプの部分を右になぞるように見ていく――――
黒い文字で店名が書かれていた。
『塚ヶ
――――塚ヶ原……市…………
周りの景色を見る。
そういえば見たことがあるかもしれない。
このあたりは自転車で通り過ぎただけだったので、忘れていた。
塚ヶ原市………… 自分の住んでいる町。
ということは、敵はこの土地に詳しく、ここで戦ったほうが都合のいい人間ということになる。この土地の住人である可能性が高いということか?
塚ヶ原市なら、俺だって全く知らないわけじゃない。
最近引っ越してきたばかりだから、相手ほどじゃないだろうが、少しはわかる。
――――警察の
この場所で、俺が一番知っている場所はどこだろう…………
…………学校か?
いや、学校の敷地は丘の上になっていて学校に登ってしまうと、戦場は限られた広さになる。
ほかにはどこがあるだろうか?
…………市西側の地区、国道沿いの場所だろうか?
塚ヶ原市の広さがわからなかったため、ひとつひとつ丁寧に調べてしまった場所。
今いるのは、塚ヶ原市、桜新町――――
たしか、市の中心より少し北東寄りの場所だったような気がする。
ここから西の国道沿いに行くのにはかなりの距離がある。
そこに行くには、バイクか車で行く方がいいだろう。
でも、この無音ともいえる静けさの中だ。
エンジン音が聞かれれば、自分のいる場所を敵に知らせているようなものだ。
…………どうすればいい?
敵が、この塚ヶ原市を熟知していると想定すると…………
車やバイクの走行音を聞かれるリスクはあるが、自分にとって有利な西地区に早く行くべきだろう。
あまりよく知らない場所で戦うより、少しでも地の利を生かせるような場所を目指すべきだ。
歩いて行くという方法もあるが、目的地に辿り着く前に戦闘になる可能性もある。
もう一度、道路と周りの状況を調べる。
今のところ誰もいないように感じる。
隠れて俺を狙っているようなことはなさそうだ。
…………たぶん。
ライフルを持ち、屈みながら目の前の歩道を横切る。
そして一番近くに停まっていた車の運転席、ドアを開けた。