第41話 フェイク

文字数 5,390文字




みぞおちを蹴られ、俺は後退する。

それと同時に、田久井(たくい)がスタンガンを手に立ちあがった。


教室の教壇上という狭いスペースの中で、俺と田久井、そして河西(かさい)が一列に並ぶように(かい)する。

真ん中にいる田久井が邪魔で、俺の位置からは河西の様子はわからない。


さっき奪ったP220というハンドガンのほかに、田久井は背中にもう1(ちょう)、銃を持っているのでは……そう、俺は考えていた。


しかし田久井が出したのはスタンガン。
予備の銃は持っていなかったようだ……


でも、河西の持っていた銃を合わせると、少なくても4挺の銃がこの教室にあるはず。

これまでの戦闘を考えても、計算上、相手がまだ使っていない銃が残っている。

…………その残りの銃はどこにあるのか?


俺は後ろに一歩下がる。

そして教卓の横に落ちていた、田久井の使用済みと思われるアサルトライフルを、足で後ろに滑らせる。

それを見た相手が一歩、距離を詰めてきた。


この3メートルもない距離で、屈んでライフルを取ろうものなら、一気に詰め寄られる可能性がある。

ライフルを取らないのは正解だと考えた。


(ひたい)脂汗(あぶらあせ)を浮べながらも、にやけている田久井が威嚇(いかく)のつもりなのか、スタンガンの電源を入れた。

パチパチと、放電されるのが見える。


ナイフに溜まった自分の黒い血を、相手の両眼に飛ばしたことによって、俺は田久井の視界を奪ったつもりだった。
それで見えなくなったと思われる左眼を、田久井は閉じている。

だが、家庭科室の爆発で真っ黒になった右眼は、まだ見えるらしい。
赤く充血するところが黒くなっただけだから、視界は奪われなかったということなのだろうか?


発砲音を耳元で聞いてしまったことによる、キーンという耳鳴りが次第に遠ざかる。

……代わりに、教室の静寂が大きく聞こえてきた。


スピーカーから流れていた大音量は消えてなくなり、黒板上にある時計の秒針が動く音と、河西が()き込む音が聞こえるのみ。


…………また一歩、俺は後退する。

俺の後ろには、さっきまで田久井が持っていたハンドガンとライフルがある。
そこまで辿り着けば、武器は手に入る。

それをわかっているのか、それともスタンガンが使える間合(まあ)いを(たも)ちたいのか……
敵も距離を詰めてくる。


田久井は口元を歪めながら、話しかけてきた。

「……そんな弾のないハンドガンでどうするつもりだ。そもそもどうして、私から奪った銃を後ろに捨てたんだ?」


俺の持っているベレッタ、92FSは銃上部のスライドが後退し、弾切れを知らせている。

スライドが後退している状態というのは、残弾がゼロであることを射手(しゃしゅ)に教えるものだ。


俺は何も答えず、また一歩後退する。

……続けて、田久井がまた間合いを詰めてくる。

どうやら俺が後退すれば、相手は前進してくるようだ。
その結果、教壇上に横たわり、咳き込んでいる河西と田久井との距離が開く。

田久井の後ろにいる河西を見た。
だが見えるのは、河西の制服の一部だけ……


俺の目的は、河西を()かすこと。
再び人質として河西を取られることがあれば、さっきみたいな大立ち回りは、もうできない。

――――それは河西の死が確定し、おそらく俺も死ぬこととなる。


それをさせないためにも、今は後退して田久井の注意をひきつける必要がある。


俺はもう一歩下がった。
……相手も一歩前進する。

これで河西と田久井との距離は2メートルほどになっただろうか……


意図的に後退していることを悟られないように、田久井に話しかけた。

「……なあ、なんで河西を襲ったんだ。現実世界で河西が眠るのを見計(みはか)らったようにアンタも眠ったようだが…… やっぱり河西をどうにかしたいと思ったのか?」

「……そうだ、その通りだ。この世界は殺し合うための世界。そして殺しが許されるということは、どんな犯罪も許されるということだ。私が河西に対し劣情(れつじょう)(もよお)したとしても、別に責められる(いわ)れはない。お前は河西をどうにかしたいとは思わないのか?」

――――もう一歩下がる。

それを見た田久井が一歩前進し、教卓の横までくる。


「……そうだな。でも河西って、高価な美術品みたいに感じるんだよ。アンタは数千万もする(つぼ)に触れてみたいと思うか? 俺は怖くて触れられない」

話しながら、もう一歩下がった。

しかし今回、田久井は前進しなかった。


「まあ、俺がただのチキンなだけかもしれないが……」

そう言って、また下がった。

だが、またしても相手は距離を詰めようとしない。


…………そっか、そこにあるのか。

もう一つのアサルトライフル…………


「――――手こずらせてくれたが、残弾ゼロのハンドガンしか持っていないお前はもう死んだのと同じだ。まあ入試トップなだけあって、私をよく追い詰めたよ」


終止(しゅうし)()を打とうとする田久井に、一つ質問した。

「そういえば俺が持ってるハンドガン。なんて名前か知ってるか?」
「……ベレッタ92FSだろ。数年前まで、アメリカ軍の公式ハンドガンだったやつだ」

吐き捨てるよう、続きざまに言う。

「映画なんかでよく使われていた銃で、海外では人気があったが…… お前の言いたいことはわかっている。だがその答えを先に言ってやる。リロードはあり得ない……どんな有名な銃でもだ」

「――――どうしてあり得ないと言い切れる?」

「この世界について、私はお前らよりもよく知っている。この世界で、同じ銃を発見できることは(まれ)だ。アサルトライフルのNATO共通マガジン、STANAG(スタナグ)マガジンは比較的簡単に見つかる。だが有名な銃であっても、互換(ごかん)性のある、ハンドガンのマガジンを見つけるのは難しいだろう」


勝ち誇ったかのように言った後、田久井は自分の持っていたスタンガンを教卓の上に載せた。

もはやそれすら必要ない、と言いたいようだ……


「……この学校という狭い戦場。そして河西を拘束(こうそく)してから、お前がこの1年5組に来るまでの時間の短さ。それを合わせて考えると、お前はリロードできるマガジンを手に入れることはできなかった」


俺はゆっくり、左手をズボンの後ろポケットに回した。


「そうか…… じゃあ俺が手に入れたものは、奇跡そのもの…………というわけだな?」


素早く予備のマガジンを取り出し、グリップの下に差し込む。

と同時に、銃の左側のスライドストップレバーを降ろした。


後退していた銃上部のスライドがレバーを降ろすことで、前に進む。

…………これで、弾薬( )装填(そうてん)の完了だ。


俺の行動を逐一(ちくいち)見ていた田久井が、大きく口を開ける。

「なっ…… リロ…………」


慌てて、教卓の中に手を入れようとした田久井に、容赦(ようしゃ)なく撃ち込む。

――――胸に2発。


驚愕(きょうがく)を、白目のない真っ黒な右眼で表現したあと――――

――――眉間(みけん)に1発。


銃声とほぼ同時に、(ひざ)から崩れ落ち、田久井はそのままうつ伏せで倒れた。



確実に当てたが、倒れている相手の後頭部に銃口を向け続けた。

体の下から黒い血が流れ出し、水たまりを作り始める。
それでも銃口を向けたまま、俺は敵に近づいていった。


銃口を後頭部に向けたまま、左手で(けい)動脈を探る。

だが本当にもう脈がないのか……
それとも頸動脈の位置とは違うところを触っているからなのか、指先に感触がない。


……仕方がないので、田久井をまたいで、河西に近づいた。

ようやく(せき)が治まって、落ち着いてきたようだ。

教壇の上で横になったままの河西の体を起こす。
後ろ手で拘束された手首に、巻き付いているガムテープを()がした。


手が自由になれば、あとは河西が自分で何とかするだろう。
そう思って、俺はもう一度、田久井の状態を確認する。

家庭科室の爆発でも田久井は死ななかった。
念入りに、生死を確認する必要がある。


うつ伏せの状態だった体を仰向(あおむ)けにする。
俺が撃った(ひたい)銃創(じゅうそう)から、黒い血が流れ出し、床を染めていた。

それを見て、ようやく息を吐いた。
これで動き出したらゾンビだ。


足首に巻き付いているガムテープを自分で剥がしているだろう河西が、俺の後ろでごそごそやっている。

「河西……」
「なに?」
「スカートめくれてる……」

焦ってスカートを直すような音が聞こえる。

「…………見たの?」
「しましま……」

「人間の記憶を消す時は、バットで頭頂部を殴るほうがいいの? それとも側頭部を殴ったほうがいいの? ……どっちなの?」

「――――あとで自分の頭を壁にぶつけておきます」


緊張が途切れたのか、さっき撃たれた右肩が急に痛み出した。
果物ナイフで切った左手の指も、(にぶ)く明滅するように痛い。

「河西は、体のほうは大丈夫なのか?」
「うん。平気よ」

「あ~、え~と、体は大丈夫かという意味は、つまり……お前の貞操は大丈夫なのかという意味なんだが……」
「なに考えてるの? 当たり前でしょ! 危なくなったら舌噛んで死ぬわ!」

……まあ、そこまで元気ということは大丈夫なんだろう。


痛みに耐えながら、薄暗(うすぐら)い教卓の内側を調べる。

田久井が死に(ぎわ)に、慌てて手を入れた教卓の中には、予想通りもう一挺のアサルトライフルがあった。

これはベレッタのSCP70/90というアサルトライフルだったろうか……

あと教卓の底のほうに、Gsh-18とかいうハンドガンもあった。

俺が触っても、例の機械( )()みた声で銃の情報が頭に流れないということは、河西がもともと使っていたものだろう。


さらに死んだ田久井の、上着のポケットを(あさ)るとスマホが2台出てきた。

河西のスマホはデコデコしていないので、俺にはどっちが河西のスマホなのかわからない。


俺の後ろまで来ていた河西に両方見せた。

河西は一方の、自分のスマホを手にして確認し始める。

「田久井は死んだの?」
「……たぶん。でもガバッと、いきなり起き上がりそうで怖いけどな」




九条君の足元で伸びている田久井の死体を、私は見た。

口から黒い血をはみ出させているのを見ると、人間には見えない。


「でもよく考えたわね。銃が使い捨てのこの世界で、リロードなんて……」

九条君はわずかに、ふるふると頭を振った。

「リロードじゃない。リロードに見せかけたフェイクだ」
「えっ、でも教室の後ろで、ハンドガンのグリップの底から、マガジン出してたじゃない?」


田久井に取り上げられたSCP70/90、アサルトライフルとGsh-18、ハンドガン。
それを、九条君は私に渡す。

それから田久井をまたいで、窓際に向かって行く。
田久井が使っていたと思われるライフルを取りに行くみたいだ。

「この教室に来る前、体育館に寄ったんだ。そこで十数(じゅうすう)挺のハンドガンを集めた。リロードできればと思って探したんだが、結局同じ銃はなかったし、互換性のあるマガジンも見当たらなかった。田久井が死に際で言っていた『この世界では同じ銃を発見できることは稀』というのは、たぶん嘘じゃない」


九条君は教壇の端でしゃがみ、田久井が使っていたライフルを手にする。

「……残弾2発しかねぇじゃねーか。バカスカ撃ちやがって……」
「じゃあ……あなたがしたリロードにしか見えない行動はなんだったのよ?」


ライフルからマガジンだけ取り出して、九条君は教室の後ろに向かって歩き出した。

……殺した相手が持っていた銃の残弾を使うのに、抵抗はないのだろうか?

そして九条君自身が使ってたらしいアサルトライフルを手に、また教卓のある場所に戻ってきた。


「……まず体育館で拾った、このベレッタ92FSのマガジンを抜きます。そのあとグリップに入る程度のひと回り小さい、別の銃のマガジンを入れます。そのマガジンは互換性がないため、弾は供給できません。それと……そのままではグリップから滑り落ちるので、セロハンテープをグリップの底に貼ります」

背中のベルトから抜いたベレッタを、九条君は元に戻した。


「……田久井は人質を手に武装解除を要求してくるのがわかっていたので、テープを剥がし、あたかもマガジンを捨てたかのように見せます。そのあとポケットに(ひそ)ませていた本物のマガジンを銃に入れます。以上が、今回のリロードフェイクの全容です」


私はしばらくポカンと、九条君の顔を見ていた。
だが少し嬉しくなって、九条君の肩をバシバシ叩いた。

「ちょ、右肩撃たれてるから。めっちゃ痛いから……」
「えっ、いつ撃たれたのよ?」
「田久井に突進した時に……」


九条君がブレザーの下襟(したえり)を少しはだけさせると、ワイシャツの右側が黒く染まっているのが見えた。

私は九条君の制服の上着を、少し浮かせるように肩を見る。
でもワイシャツ越しじゃ、怪我の程度がわからなかった。

「私が捕まったからね…… ごめんなさい……」

九条君から目をそらして、謝った。


「いや……二人して死んでいた可能性を考えると、()に刺されたようなものだと思うぞ。むしろ肩の傷程度で済んだのは喜ぶべきだな。……まあとにかく、保健室にいこう。2人とも満身(まんしん)創痍(そうい)だし、治療は早いほうがいい」


教室を出ようとする九条君の背に話しかけた。

「ねぇ、銃……持たなきゃダメなの? もうこの学校には敵となる人間はいないんじゃない?」

「この学校に3人の特異体質の持ち主がいたんだ。4人目がいたっておかしくないだろ。1匹見つけたら、100匹いると思えって言うだろ?」

「…………なに、そのG理論。あと100人も敵がいるんだったら、確実に退学するわ」


警戒しろという九条君の冗談に、私は少し心を軽くした。


私一人だったら、今回の戦闘で確実に死んでたかもしれない。
九条君には感謝してもしきれない。

その九条君の背を追って、私は廊下に向かった。





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