第4話 流れる血と固まる決意
文字数 6,591文字
――――走る。
――――――全速力で走る。
――――ガキに左肩を撃たれた後、がむしゃらに走った。
足が
そこで見知らぬ住宅の壁に右肩を預け、左肩を
ちょうど電灯の少ない住宅街に入った所だったので、すぐには見つからないだろう。
それにだいぶ走ったので距離も稼いだはずだ。少し休もう。
中学の時、陸上部に所属していてよかったと思った。
短距離選手だったので、逃げ足だけは速い。それに体力には自信があった。
撃たれた左肩を右手で押さえる。
肩にもう一つ心臓があるみたいに、ズキズキと一定のリズムで痛みが訴えてくる。
頭がぼんやりしているのは出血量が多いためか、それとも走って酸欠になったからなのか、わからない。
撃たれた後、これだけ全力疾走したんだ。
出血も相当なものだろう。
俺は肩を押さえていた右手の親指と人差し指で、礼服の
おそるおそる上着を持ち上げると、そこには想像していたのとは違うものが見えた。
――――自分の頭がおかしくなったのだろうか?
それとも住宅街で明かりが少ないため、そう見えたのだろうか?
俺は確認するためにゆっくりと立ち上がり、近くのコンビニにヨロヨロと向かった。
十分な明かりのあるコンビニの前でもう一度、上着の下襟を肩まではだけさせ、ワイシャツを見た。
「なんだ…… これ……」
見間違いじゃなかった。
血で真っ赤に染まっているはずのシャツが、墨汁でも肩にかけたように真っ黒に染まっている。肩から腹部にかけて赤ではなく、黒に染まっていた。
でも、容赦なく痛みは襲ってくる。
…………なんだろう。
人間はあまりにも出血量が多いと、血が黒くなるのだろうか?
いや、そんな話聞いたことない。
冷静に考えよう。
ここは現実ではない、もう一つの世界だ。
さっきまでいた通行人が、いきなり銃に変わる。
場所を言うと、その指定した所にいきなり飛ばされる。
正確に言うと飛ばされているのか、それとも見ている景色がただ変わっただけなのか、わからないけど…………
そんな考えられない、あり得ない世界なら、自分の流す血が黒であってもおかしくないのではないか?
そう考えてもいいはずだ。そうとしか説明ができない。
それに今は、自分の血の色が緑だろうが紫だろうが、どうでもいいことだ。
――――生き残ること、それが唯一絶対の目的なのだから。
シャツが黒い血に染まっているのを見ていると、銃声が2回鳴った。
――――ガキだ。
たぶん隠れてないで出てこい、ということなのだろう。
俺は傷を見て改めて、元いた現実世界ではあり得ない、この世界の現実を認識した。
…………ここは戦場だ。
この戦いに勝てなければおそらく、現実世界でも死んでしまうというガキの言葉は間違いないだろうと感じた。
この肩の痛みがそう告げている。
――――殺さなければ殺される。そういう世界だ。
俺はこれまで、道路に落ちている拳銃のみを見て、わざとそれより大きなライフルを見ることを避けてきた。
だが、初めて戦争で使うようなライフルを手に取ることを決めた。
近くにあった銃、それを手にする。
FNハースタル M4A1 アサルトライフル 重量2960グラム
装弾数30発 弾薬5.56mm×45
前回と同じ、質の悪い女性の音声ガイダンスで銃のスペックを聞かされ、その後、銃の撃ち方の映像が
――――本物の銃。
その重さを感じながら、それが人殺しの道具であることを痛感した。
3キロほどの重さなら、小型犬の体重ぐらいだと思う。
だが自分の持ったライフルが1メートルほどの長さがあるためか、それ以上の重みが手の平から伝わる。
――――銃を手に、心を決める。
ライフルをすぐ撃てるよう両手で持ち、ガキがどこにいるのか考えた。
俺がガキなら、どこにいくだろう?
この住宅街のように、薄暗い所では戦闘がしにくい。
あのガキはどうも殺し合いを楽しんでいるフシがあるから、暗い所での戦闘は好まないのではないだろうか?
俺がガキなら、明るい所を戦闘場所に選ぶだろう。
あとは銃の多い場所を選択するのではないだろうか?
戦うための銃が不足していたのでは、ガキにとって十分に戦えず面白くないと感じるだろう。
この世界では、人が武器に替わる。
今回の武器、銃が豊富にある所と言えば、人が集まる所ということになる。
まとめると、明るくて、人が多くいたところ…………
この初めてきた場所で、その条件に当てはまる場所はどこだろう?
一か所だけ思い当たる所がある。
さっき肩を撃たれて逃げ回った時に、商店街があった。
その商店街は明るく、人が多くいたのか銃もたくさん落ちていたような気がする。
ガキはその商店街を戦場にするのではないだろうか?
この予想が当たっているかどうかわからないが、とりあえず動いてみよう。
いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。
――――今度は容赦しない。
そう心に刻み、準備を始める。
グリップを握り、マガジンキャッチというボタンを押しマガジンを外す。
そのマガジンに、ちゃんと弾薬が入っているか確認する。
もう一度マガジンを銃に差し込む。
今度はチャージングハンドルと呼ばれる部分を引いて、弾薬の一発目を
フルオートで撃つべきか、セミオートにするか迷った。
フルオートとは、トリガーを引き続ければ、弾切れになるまで撃ち続けられる仕組み。
セミオートとは、一度トリガーを引けば、1発だけ弾が出るものらしい。
もしガキに遭った場合、いきなりフルオートで撃つと、あっという間に弾が無くなってしまうような気がした。
弾が無くなれば、次の銃を拾うための
ここはセミオートで撃ち、必要な時だけフルオートで撃つのがいいだろう。
それから初めに拾ったレイヴンを捨てた。
この銃は今、
銃は今のうちに、弾がフル装填されたものを拾っておいた方がいいに決まっている。
そばに落ちていたオートマチックハンドガンを拾った。
タンフォリオ フォース99 ハンドガン 重量850グラム
装弾数16発+1 弾薬9mm×21
レイヴンよりも倍ほど重い。
銃の情報を聞いて、背中のベルトに差し込んだ。
今度は前回の反省を踏まえて、銃を撃ちながらもある程度、残弾を覚えておかなければならない。
武器の準備ができてから、商店街に向けて歩き出そうとした。
でもここまで
仕方ないので、さっきガキが俺を誘うために撃った、銃声の方角に向かうことにした。
だが銃声の聞こえた方も、おぼろげにしかわからない。
勘を頼りに歩くしかなかった。
いつでも撃てるように両手で銃を持ちながら、少し屈んで歩く。
アサルトライフルのM4A1が重く感じる。
撃たれた肩と同じ左手で、トリガーの先にあるライフルを支える部分……ハンドガードという場所を持つ。
歩くごとにズキズキと、傷が
持ちやすいように左手の握り方を変えると、今までにない痛みが襲ってきた。
目をつむり、苦痛に耐える。
痛いってことは、まだ生きている証拠だと思い直した。
そして自分を奮い立たせる。
「――――必ず生きて、ここから絶対に出てやる」
つぶやいた独り言を
右往左往しながらも、何とか商店街に辿り着くことができた。
ガキの姿は見当たらない。
商店街の暗い横道で、ガキがくるのを待つことにした。
必ずここにガキが来るという確証はない。
でも、来ると信じた。
しゃがんでアサルトライフルの銃口を地面に向けて、建物横の暗がりの中でじっとする。
皮肉にも、黒の礼服が
実家から帰るとき、着替えるのが面倒くさいと思っただけなのに、思わぬ所で役に立った。
それに血の色が黒なので、黒の礼服ならば俺がどれだけ出血しているかが、相手にはわかりにくい。
平然と行動すれば、俺が手負いであることは外見ではわからないはず。
それはガキにとって有利な状態であることが、相手にはわからないということになる。
この世界では、黒の服というのは有利なのだということがわかった。
ここから見る商店街には色々な店が並んでいた。
本屋、百円ショップ、魚屋、肉屋、八百屋、ラーメン屋、喫茶店、楽器屋、服屋、ケーキ屋、和菓子屋、うどん屋、そしてもう一軒のケーキ屋…………
俺が見ているのは商店街の片側の店並びだけなのに、結構色々な店がある。
道路の真ん中には、買い物客が替わったのであろう黒光りする銃が落ちている。
こんなところに銃が落ちているということは、この通りは歩行者天国なんだろう。
しかし店の前に堂々と車が停めてあったりする。
どこかの業者の物なのだろうか?
確かにここで戦えば、銃に困ることは無さそうだが…………
商店街の道幅は、車二台が余裕ですれ違うことができる広さ。
思ったより、道幅は広いかもしれない。
暗闇で、そんなことを考えていると…………
商店街の向こう側、俺から見て右斜め前の横道に人影が見えた。
この世界で動く人間は一人しかいない。
あの子供…… ガキだ。
周りを警戒しているのか、腰を落として商店街の様子を見ている。
俺はライフルのグリップ横にあるセレクターレバーを、セーフティーからセミオートにゆっくり切り替える。
商店街に誰もいないことを確認したのか、ガキが商店街の向こう側を右から左へ…………
腰を落とした状態で、歩き始めた。
両手で一つのハンドガンを持ち、屈みながら歩いている。
普通なら、まだ人出がありそうな時間帯…………
その商店街に反響するように聞こえるのは、ガキの足音だけ。
さらにガキはその足音を消そうと試みているのか……
アスファルトと靴の裏が
現実のように音のあふれる世界ならうまく足音を消せていただろう。
だがこの世界では周囲の音がほとんどないので、足音は消えていない。
――――この時しかない。
俺は一矢報いるため、照準を合わせるためのドットサイトをのぞいた。
照準器であるドットサイト。
そのレンズの真ん中にある赤色の点…………
その点をゆっくり動くガキに合わせようとする。
ときおりガキが歩く速度を変えるため、ターゲットと赤い点がずれてしまう。
自分が闇に溶け込んでいることを再確認し、深く息を吐く。
ガキは俺に気づかず、こちらに近づいてくる。
さっきよりも角度的に撃ちやすくなったことを確認し、酸素が肺を気持ちよく満たしたところで息を止めた。
トリガーを軽く
――――悪く思うな。
その俺の考えが相手に届いたかのように、前を向いていたガキが突然、俺の方に目を向けた。
銃口から出る火花……マズルフラッシュが散る。
同時に、自分の下っ腹を叩くような銃声が商店街に響く。
初めて撃ったアサルトライフルは、思った以上に反動が大きく、ガキの後方にある本屋の窓ガラスを派手に割っただけだった。
――――ガキの行動も速かった。
すぐ手前に止まっていた軽乗用車の側面に、前転するように隠れる。
そして俺の位置からは全く当てることができない地点に逃げ込む。
――――どうする?
――――どうしたらいい?
このままじゃ反撃に遭うことは確実だ。
一旦引くか? 撤退するなら早い方がいい。
でも、これはチャンスでもあるような気がした。
アサルトライフルのセレクターレバーをフルオートにして、ガキが隠れている車のガソリンの給油口に向けてひたすら撃ちまくった。
30発ほどある、すべての弾を費やしてガソリンに引火することに賭けてみた。
――――くそっ、爆発しろおぉぉ!
…………半分ぐらい撃っただろうか?
まだ爆発しない車に
後部座席の下、そこから液体が漏れている。
あれは……ガソリンじゃないのか?
俺はガソリンの給油口から、車の後部座席の下部分に銃口を向けた。
しかしなかなか爆発しない。
もう弾が切れる、そう思った時――――
ドンッ
――――地面を震わせるような爆発音が鳴り響いた。
その激しい音と共に本屋と、その近くの店のガラスが一斉に割れる。
――――それとともにアサルトライフルの弾も切れた。
ガキがその音にビックリしたのか、炎上を始めた車の陰から抜け出す。
俺の前を、左へ横切るように移動する。
そして、その数メートル先に停車している白いバンへ向かう。
アサルトライフルの弾が切れたばかりなのに…………
――――最悪だ。
ライフルを捨て、すぐに背中のフォース99、ハンドガンを抜いて撃つ。
しかしガキの方が一瞬速い。
俺が撃った弾は、ガキが隠れた車のリアウインドウにひびを入れただけだった。
「チッ……」
俺の周りにはライフルはない。
ハンドガンだけで戦える相手じゃないだろう。
一旦引こう。
ハンドガンにセーフティーを掛ける。
銃を右手に持ったまま、元いた横道を引き返し、全速力で走る。
そして走りながら考えたことを実行した。
今走っている横道から商店街に並行した片側一車線の道路に出たところで、体の向きを180度変え、道路にぴたりと寝そべった。
――――と、すぐ後にガキが、今俺が走ってきた道に姿を現す。
狙い澄まして、俺は持っていたハンドガンを発砲した。
ガキが慌てて、すぐ壁に隠れる。
20メートルほどあるだろうか?
当然、当たらないだろう。でも
しかしどこで拾ったのか、ガキはライフルのようなものを持っているように見えた。
すぐに右膝を立て起き上がり、左側の建物の陰に、横っ跳びして隠れる。
直後、フルオートによる発砲音とともに建物の端、そのコンクリートが粉々に砕けた。
――――間一髪だ。
やっぱりアサルトライフルのようなものを持っていたようだ。
俺はすぐ立ち上がり、持っていたハンドガンを背中のベルトに差す。
ガキから遠ざかるように、車が全て止まっている道路を横切る。
その先の歩道で、新しいアサルトライフルを中腰で拾う。
ロイヤルオードナンス L85A1 アサルトライフル
重量3820グラム 装弾数30発 弾薬5.56mm×45
それから道路を左に折れ、コンビニ隣の細い歩道に入る。
そして加速し始めた時――――
後方からシュッ、という音が聞こえたと思った。
そして今まで感じたことのない爆発が起こる。
通りの右側にあるコンビニに着弾したと思われる何かの爆風で、俺は横殴りに飛ばされ、反対側の住宅の塀に背中を強打した。
空中で塀に背中を打つけたのか、その後さらに重力に引かれ、痛む左肩をアスファルトにぶつけた。
…………間を空けず、白煙が視界を
コンクリート片やガラスの
――――思考が止まり、息が詰まる。
ほんのしばらくじっとしていたが、生存本能だけは生きていたようだ。
俺はすぐに体を起こし、目の前のコンビニ横の歩道を駆け出した。
少しずつ頭が回ってくるが、何が起こったのかさっぱりわからない。
わかるのは、これはあのガキの攻撃ということだけだ。
必死に走る。今までないくらいの速さで…………
持っていたライフルは、塀に体を強打した際に置いてきてしまった。
…………段々冷静になってきた。
くそっ、今のは何だ? ロケット砲か?
そんな物まで、この世界にはあるのか?
そもそもロケット砲なんて、銃のカテゴリーに入るのか?
「あははは」というガキの笑声と共に、またシュッと音がする。
弾頭が俺の頭、50センチぐらい横を通り越していった。
――――前のほうで、派手に爆発音が鳴る。
撃たれた左肩は上げづらいので、右腕を顔の前にかざし、煙の舞い上がった方へ全速力で走り続けた。
ぶわっぁと、たちまち白い煙に包まれるが、右腕で目だけは守った。
だが、全身にコンクリートやらガラスやらを受け、それらが身体に細かい傷を作ってゆく。
――――アイツ狂ってやがる。
一個分隊を相手にしているんじゃないんだぞ。
俺一人を殺すのに、なんでロケット砲を使う?
――――完全に殺しを楽しんでる。
細い道を抜け、まだ白煙の上がる道路に出る。
俺はさらに速度をあげるように、痛みを忘れて走った。
全速力で逃げるのは、これで二度目だ。