第44話 残り火

文字数 3,916文字




――――天井を見ていた。


俺が収容された、この県立中央病院の正面玄関前にはロータリーがある。

患者が車から病院玄関へ入りやすいように、との配慮なのだろう。

ロータリーの真ん中には円形の噴水があって、噴水の真ん中からはサーチライトのようなものが病棟に向かって()している。


消灯時間を過ぎているこの時間、サーチライトが光っていたら、患者は眠れなくなるんじゃないか?

そう…………
その眠れなくなる部屋を(あて)がわれているのが俺だった。

…………なんの嫌がらせだろう?


でも、病室の天井に届くサーチライトの光を、俺は気に入り始めていた。

オレンジ色と青色の光が交互に入れ替わり、噴水を通過して部屋に届くため、幻想的な光の加減を創り出している。

青色の光が天井を射し、ゆらゆらと漂っている光景は、まるで海中から水面(みなも)を見ているような感じだった。


――――俺は現実世界に、戻ってきていた。

これまでの戦闘と同じく、あれだけ痛かった右肩も、河西(かさい)にえぐれてると言われた脇腹も、自傷した左手も、きれいさっぱり傷がなくなり、痛くもかゆくもない。

まるで銃撃戦なんてなかった、そんな風に言われているみたいだ。


しかし誰になんて言われようと戦闘はあった。

そして生きて帰れてよかったと、なにより思う。


…………ゆっくりと目を閉じる。
まぶたを通してなお届く、青い光が心地(ここち)よかった。


病室のスライドドアを誰かが開ける音がする。
…………看護師だろうか?

しかしベッド脇に立った人物は俺の(ほほ)をつねり始めた。

「いっ、いひゃひゃひゃ……」


薄目(うすめ)を開けると、今度はパァンと頬を叩かれた。

平手打ちの音が、静かな空間を切り裂いていく。
殴られながらも、頬を叩く音を、美しい音色(ねいろ)だと思った。


薄暗い部屋の中、視界に誰かのシルエットが映る。

「あなた、今、寝てたでしょ!」
「……寝てないよ。考え事してただけだよ」

「嘘ね。寝てるんじゃないかと心配して来てみて、正解だったわ」


そこで初めて、さっきから暴行を働いている本人に、目の焦点を合わせた。

…………河西だ。
学校の制服を着ている。

「わかっているんでしょうね? こんな大病院で眠ったら、また戦闘になるわよ」

「…………眠ってないから……」


ベッド脇に立つ、傾国(けいこく)の美女ならぬ美少女ともいえる河西は、光の演出によりその存在を一層、際立たせていた。

これで俺に何もしなければ、さらに良いんだが……

「…………河西は退院したのか?」
「夜、7時頃に退院したわ。簡単な検査だけして、どこも悪くないからって……」

「俺、検査入院するように言われてるんだけど…… なんで河西は簡単な検査だけで済んだのに、俺は入院しなきゃならないんだ?」

「それは救急車で運ばれた病院が違うからでしょ。私が救急車で運ばれたのは導正(どうせい)大学附属病院よ。あなたは前回と同じ県立中央病院だから、2回目の意識不明ということで検査入院なんじゃない?」


ベッドで横になっていた状態から、薄緑色の病衣をまとった上半身を起こす。

河西にベッド脇にあった丸椅子に座るように勧めた。


今気づいたが、河西は学生カバンを持っていなかった。
河西は自分が運ばれたという附属病院から、直接ここへ来たのだろうか?

「導正大学附属病院って、どこにあるの?」
(つか)(がはら)市の隣の市にあるわ」

「その病院、結構遠いの?」
「ここからだと車で4、50分って所かも…… 遠いといえば遠いわね」



俺は河西につねられるまで、目を閉じながら考えていた可能性を再考してみる。


この県立中央病院から、河西が搬送(はんそう)された導正大学附属病院は遠いという。
その事実は、俺の考えを裏付けるものだ。


「なあ、学食にいた時、現実世界に帰れるまであと5日と18時間ほどかかるって話していたけど…… すぐに帰って来れたのはなぜだと思う?」


河西も自分なりの答えを持っているのか……
俺の問いに対し、落ち着いて話し始めた。

「原因は救急車で、別々の病院に搬送されたからだと思う。つまり現実世界で眠っていた私たちの体が離れたからじゃないかな…… 私たちのような特殊な体質の人間は、ある一定の距離で同時に眠ってしまうと、向こう側の世界に送られる。でも逆に言えば、一定距離から離れてしまえば、強制的に眠りから覚めるということなんだと思う」


…………俺が考えていることと同じだ。

前回、河西と戦った時は、二人とも県立中央病院に収容された。

だから一定距離から離れることなく、6日間向こうにいなければならなかった。


「……たしかに目が覚めた時、救急車の中だったしな。お互いを乗せた救急車が、一定距離とやらを離れたときに目が覚めたんだろう。でもまあ……これも想像の範囲のことで、確認のしようがないけどな……」

「…………私たちは目覚めたけど、田久井(たくい)の死体は、今も学校のどこかにあることになるけど……」


河西が俺をじっと見ている。

「田久井の死体に外傷(がいしょう)はないはずだ。俺たちと結びつけることはできないはず……」
「それはそうだけど……」

「まあしばらく、お互いに大人しくしておいた方がいいのかもな」


河西が寒気(さむけ)を覚えたときにするような、腕をさする行為をした。




「…………田久井で思い出したけど、アイツが学校を戦場に選んだ理由がわかった気がする」

九条(くじょう)君が、私を見ながらそう話す。


病院は消灯時間を過ぎ、見舞いができる時間はとっくに過ぎている。

九条君の元気な姿をみたら帰ろうと思っていたんだけど、もうしばらく話を続けることにした。


「戦闘に自信があるから、あんな狭い場所を選んだんじゃないの?」

九条君は、ふるふると頭を揺らす。

「戦闘に自信がある、それも一つの理由かもしれない。でも、もっと明確な理由があるよ。保健室に仕掛けられた爆発物だよ……」

九条君の言いたいことがわかった。

だがあえて口を(はさ)まずに聞くことにした。

「河西みたいに戦場を塚ヶ原市のような広い場所にしてしまうと、敵が立ち寄る場所を限定できない。だが、学校という狭い場所を戦場にすることで、田久井は敵がどうしても立ち寄らなければならない場所に、爆発物を仕掛けることができた……というわけだな。そして今回は保健室だった」

「田久井が保健室に爆弾を仕掛けた時間が、あなたが家庭科室で罠を仕掛けている時と同じとするなら、それは私が太ももを撃たれた後ということになる。私たちが保健室に治療に来ないわけにはいかないだろうと、田久井は考えた……というわけね」


私の意見に同意した九条君が、今度は眉間(みけん)にシワを寄せて、目の前の布団に目を向ける。

「…………話はそこで終わらない。あの爆発物は向こうの世界でイチから作られた物じゃない。現実世界から持ち込まれたものということだ」

九条君が私の顔をじっと見て、話を続ける。

「……つまり、今も学校のどこかに、炸裂(さくれつ)前の爆弾がある……」


――――唖然(あぜん)とした。

そんなこと考え及びもしなかった……

「アレが爆発したのは向こう側の世界の話であって、この現実世界ではそのまま残っているっていうの?」


九条君はただ私をじっと見つめている。

「…………どうするのよ?」
「どうする? 俺たちは何もしないに決まってる」

「警察とかに電話したほうがいいんじゃないの?」
「なんて電話するんだ? 学校に爆弾がありますって電話するのか? それ……電話を受けた側からすると、学校に爆弾を仕掛けたと言われたのと同じだと思うぞ」

顔を見合わせたまま、二人とも硬直した。


…………たしかにその通り。
それに自分たちで解体処理もできない以上、打つ手がない。


「はあ…… ここでも田久井の置き土産(みやげ)に困ることになるのね……」

「田久井は学校を戦場にし、幾度(いくど)となくあの爆発物で敵を殺害してきた。なにも俺たちと戦うための急ごしらえの爆弾ってわけじゃないだろう。つまり俺たちが入学する前から学校にあったはず…… ということは、今すぐに爆発するものではないだろう、というのが俺の見立てなんだけど……」


私は途方に暮れて、天井を見上げた。

どこから射しているのか……
オレンジ色の光がゆらゆらと波のように揺れている。

その光の波を見ながら、私は会話を(つむ)ぐ。

「……でも、今は何もできなくても、いつかはなんとかしなきゃならないんじゃない?」

「まあ……俺たちの在学中でなくても、卒業後に爆発するかもしれないしな……」


少し時間を置いたあと、九条君が話し始める。


「……で、ここからは推測の(いき)を出ないんだけど…… 田久井が爆弾を隠していた場所、俺心当たりがあるんだけど…………」


天井から九条君に視線を移す。
あいかわらず、()けたような顔をした九条君がいた。

「はあ? ちょっと、それ早く言いなさいよ……」
「解体できないんだから、早く言っても仕方ないでしょ?」

「……で、心当たりってどこ?」
「俺が化学準備室から塩酸を出してきたの覚えてるか?」

「うん……」
「あの時、準備室にある薬品庫の鍵が開いてたんだけど……」

「…………たまたまじゃないの?」
「たまたまって……ずいぶん不用心じゃないか? どうして開いてるのかと思って、準備室の中を見渡したけど、銃は落ちていなかった」

準備室の中に銃はない。
つまり現実世界で、そこに人はいなかったということになる。


「あなたの話の内容はおかしいわよ……」

九条君が話している内容に、矛盾のようなものがある気がした。

「どうおかしいんだ?」

「あなたはさっき、爆発物は私たちが入学する前から存在したって言ったのよ。仮に薬品庫にアレがあったとすると、長い間そこに隠してあったことになって、そうなると化学の先生が知らないはずないってことになるんだけど……?」


九条君が何も言わず、じっと私を見ている。

そうだ、それだ……
開けてはならない箱を開けたな……


――――そう言われている気がした。








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