第40話 運命に抗う者

文字数 4,542文字




アサルトライフルからハンドガンに、俺は武器を切り替える。


そのことで対峙(たいじ)する田久井(たくい)の態度が、わずかに軟化(なんか)したような気がした。

アサルトライフルの5.56mm弾は脅威(きょうい)だが、それより殺傷力の劣るハンドガンの弾はどうってことないと考えているのだろうか?


その田久井に、ヘッドロックの状態で抱えられた河西(かさい)……

ぎゅっと目をつぶったまま、ひたすら今の状況を耐えているようにみえる。


しかし……まだ仕掛けられない。


時間稼ぎのため、さきほどより落ち着いた感じの田久井に話しかける。

「…………アンタ、生徒指導室の人間だろ。生徒のバイト先に突然現れるとかで、学生のあいだではアンタのことを異端(いたん)審問(しんもん)官と呼ぶ奴も多いようだが……」

「……当然だ。この学校ではアルバイトは禁止されている。校則を破った生徒を取り締まるのは普通なことだ」

「校則はこの際どうでもいい。俺が聞きたいのは異端審問官と呼ばれている点だ。生徒のバイト先にピンポイントで訪問できるのは、俺たちと同じこの体質と何か関係あるのか?」
「…………………………」

………………(だま)りやがった。
それほど返答に(きゅう)することでもないだろうに。


まあいい。目的は時間稼ぎだ。
相手が黙ってても、それは達成される。


俺は教室の後ろのスペースをさらに左へ、すり足で移動する。

…………田久井がやおら、口を開く

「こちらの世界では、机の上にスマホが放置されていることは多い。それから情報を抜きとることは、別段難しいことではない」

つまりスマホから情報を抜き取って、生徒のバイト先に向かうということらしい。

確かにラインやら写真、電話帳を確認できれば、それは簡単だろう。


だが他人のスマホを手に入れただけでは、どうしようもないだろう。
俺はさらに質問を重ねる。

「フェイスIDなんかのセキュリティーロックはどうすんだ?」
「そんなもん自分で考えろ。こちらからもお前に聞きたいことがあるんだが……」


ジリッと、あと少しだけ左へ……
すり足で移動する。

これで田久井が立っている、教卓の真正面となる机並びまで来た。

その左隣にある机の列、一番後ろの椅子が大きく後ろに開かれ、俺のいる廊下側に座席を向けている。

あとは、もう少し前へ移動したいところだが……


「…………お前、どうして国語の答案用紙を書かなかったんだ?」
「唐突に何の話をしている?」

「……うちの高校には数年に一度、入試で500点満点を取り、入ってくる奴がいる。お前の答案を見つけてきた斉木(さいき)が、今年は満点入学の生徒が出そうだと色めき立ったんだ」

…………斉木。
女性国語教師の斉木先生のことだろう……

俺に対し攻撃的で、嫌な感じの先生だ。

「ところが最後の科目、国語を見ると、お前の答案用紙は意図的に、半分だけ未記入にしてあった。これまで500点満点で入学するやつはいたが、わざと満点を避け、答案用紙を半分、白紙にした生徒はお前が初めてだ」


92FS、ハンドガンの銃口をまっすぐ田久井に向け、河西を見る。
まだ意識はあるようだが、ぐったりしているように見える。

そろそろ限界かもしれない……


そう考えながら、俺は会話を(つむ)ぐ。

「ここに来る前、電話越しに……教職員の中で、俺が目立っているとか言っていたのは、そのことを指しているのか? 450点でも合格はできるだろ? ……心底(しんそこ)くだらない」

「お前は、自分の担任にもっと敬意を払うべきだったと思うぞ……」

「どうして今、馬場(ばば)の名前が出てくる?」

「一部教師のあいだで、入試の答案用紙をまじめに書かないなんて不謹慎(ふきんしん)だ。入学を認めるべきではないと、声が上がったんだ。そのときお前を(かば)ったのが馬場だ」


少しだけ前に移動しようとして、右足の(かかと)を上げた。
だが田久井の表情が一瞬険しくなる。

「そうか…… じゃあこれから殺される俺に代わって、あんたが馬場に『ありがとう』と伝えといてくれ」
「……とことん人を食ったような態度だな」

もう移動はいいだろう……
ここからでも上手くやれば、近接(きんせつ)戦に持ち込める。


田久井の上にある教室の時計を見る。
5時58分57秒…………

もう時間稼ぎは必要ない。


俺はシミュレーションを始める。

河西を抱えたあの体勢で、田久井が片手でハンドガンを撃てば、銃のリコイル……反動を抑えることは難しくなる。

連射をすれば、さらに制御(せいぎょ)が難しいはず……


相手が焦れば焦るほど、そのリコイルで銃口が上を向く。
そのため俺が素早く動くかぎり、弾丸は当たらない。

――――そう信じるしかない。


「…………まあいい。とりあえずハンドガンのマガジンを、グリップから落せ。それから薬室(やくしつ)弾薬(だんやく)を抜け」


5時59分21秒…………


もう少し、もう少しだ。
河西、当たっても悪く思うなよ……

これは俺達が助かるために必要なことだ。

…………辛抱してくれ、河西!


俺が強く、そう思った時……
河西は苦しそうに顔を(ゆが)めているくせに、右眼だけ開けて俺を見た。

河西の眼は涙が溜まっているわけでもないのに、光を(たた)えていた。


――――――それで十分だった。

まだ生への希望を諦めていない。
俺を信じている。


「…………聞こえてないのか? 早くマガジンを抜け!」

田久井に照準を合わせたまま、俺は左手を使って、ゆっくりとグリップの下からマガジンを取り出し、投げ捨てた。

しかし田久井に銃を向け続ける。


「……続けて、薬室内の弾薬を抜け」

銃口を少し下げ、ハンドガン上部のスライドを左手の親指と人差し指で(はさ)む。


…………まだ、スライドは引かない。

――――引けない。


しかし銃口を向けられなくなって安心したのか、田久井は話しかけてきた。

「……そうだ。お前にまだ聞いていないことがあったな。どうして500点満点じゃダメなんだ? お前にとってどんな不都合があるんだ?」

「…………………………」


田久井が聞いてくるが、もう答える必要はない。

56秒……57……58……59……


ブツッ――――――――


時計の上にある古びたスピーカーに、電源が入る音がした。
しかもかなり大きな音だ。


それを聞いた田久井が、自分のほぼ真上にあるスピーカーに注意を向ける。


――――クソッ! タイムラグか!

計算に入れてなかった…………


俺はただ、()を埋めるために、声を()った。

「俺は―――― 答辞(とうじ)を読むのがぁ…… イヤだったんだ――――!」


大声を上げた俺に、田久井が目を向けた瞬間だった。

スピーカーから、耳をつんざくような大音量が流れ出した。


俺は下ろしていたハンドガンの銃口を上げる。
腕をさっきまで固定していた位置に合わせるなり、迷わずトリガーを引いた。

その弾丸が相手のどこに当たったのか確認もせずに、動き出す。

左斜め前へ、前傾姿勢でスタートダッシュを始めた。


…………遅れて、自分の右側にある机の上で、田久井の放った弾丸が跳弾(ちょうだん)する。

それを目の(はし)(とら)えながら、左手を腰に回し、果物(くだもの)ナイフを逆手(さかて)で握るように抜いた。


俺の左手には、包帯が巻かれている。
この世界に来てすぐ自傷(じしょう)したあと、保健室で河西に巻いてもらったものだ。

包帯が巻かれた手の薬指と小指……その付け根にナイフの(やいば)が当たるように、力一杯握る。

ひどい痛覚が自分を襲うが、ナイフの刃をさらに思い切り握った。


教室に入った時から目をつけていた、うしろに大きく開かれた状態の椅子。
それに片足を載せ、それを踏み台にし、机の上にあがる。


――――その時になり、初めて相手を見た。

田久井の持っている銃は、俺の走る速度に追いついていない。
ハンドガンの銃口は、まだ俺の右側を向いていた。


そのまま加速するように、次の足を一つ前の机の上に載せる。
机の上を、わずかに()を描くように駆け、相手との距離を一気に詰める。


歩幅が短くなるのを感じながら、歩数はしっかり数えていた。
机を踏んだ数はここまで6つ。

つまり、あと1つで…………


最後の机を左足で踏む寸前、田久井に目を向ける。
教卓前にいたはずの相手は、教室の引き戸のほうにわずかに移動していた。


――――急遽(きゅうきょ)、俺は最後の机を左足で踏んだ後、勢いを殺さず、次の右足を教卓に載せるべく、体の向きを変える。

だが予想通り、急な方向転換で、左足を載せた机は横滑りを起こす。


横滑りで完全に体勢が崩れてしまう前に、右足を生徒の机より一段高い教卓へ載せた。

教卓を踏みしめ、果物ナイフを構える。


――――――そのまま水平に跳んだ。


ナイフを見たのか、田久井は上体を()らし、撃ってきた。
銃口はまだ俺の右方向を向いている。

しかし焦って乱射し始めた田久井の弾丸が、一発だけ体に当たった。

右肩に激痛が走る――――


――――――だが……

何発かもらうのは想定内――――


俺は構わず、シミュレーション通りの行動を続ける。

左手の果物ナイフを、田久井の首に向けるように跳ぶ。
しかし刃渡(はわた)り15センチほどのナイフで、どうこうできるとは思ってない。

敵までわずかと迫り、横一線ナイフを振り抜いた。

薬指と小指から流れた、ナイフの()に溜まる黒い血が、遠心力で相手の顔に飛んでいく。
田久井の両目を切り裂くように、横に血の跡がついた。


教室の後ろで立てた戦闘シミュレーションは、ここまでだった。

…………ここから先は考えていない。


ここまで走ってきた勢いを殺ろせなかった俺は、田久井に体当たりし突っ込む。
その際、とっさに相手の顔に頭突きした。


俺と田久井、そして抱えられていた河西はもつれるように、教壇上を滑った。


スピーカーからは、まだ大音量が流れている。
しかし今の自分には遠く聞こえる。


立ち上がりざま、俺は左手のナイフをうしろに投げ捨てる。
そして田久井が持っているハンドガンを奪おうと、空いたその手で銃身を握った。

…………相手は(がん)として、離さない。


田久井が持っていたハンドガンのスペックが、頭に流れてくる。

シグザウエル  P220コンバット
ハンドガン  重量860グラム
残弾5発  弾薬 .45ACP


クソッ、まだ5発も弾が残っているのか……


なお離そうとしない相手の(ひたい)目がけて、右手にある残弾ゼロのベレッタ、そのグリップの底を打ちつけた。

田久井が短い悲鳴を発し、当たるはずもないのに、P220のトリガーを引く。

田久井の持っているハンドガンのスライドが、俺の手の中で後退し、そのまま固定される。

耳元で発砲された俺は、一時的に聴力が遠くなった。


キーンという音の中で、もう一度グリップを振り下ろそうとして気がつく。

相手の( )鎖骨(さこつ)あたりが、黒い血でべっとり濡れている。
教室の後ろのスペースで対峙していた時にはなかった傷だ。

おそらくスピーカーからの大音量と同時に、俺が発砲した弾丸のもの……


今度は額ではなく、その部分にもう一度グリップを振り下ろした。

「があぁぁ…………」


耳鳴りの中でも聞こえるくらいの絶叫(ぜっきょう)とともに、田久井は苦悶(くもん)を浮かべる。

俺は、そのあいだに田久井の銃を奪い、後ろに投げた。


だが、銃に気を取られていた俺は、みぞおちに田久井の蹴りを食らう。

…………そのまま俺は後退した。


苦痛に顔を歪めながらも、田久井はゆらりと立ち上がり、ズボンの後ろポケットからスタンガンを取り出した。

じりじりと俺は後ろに下がる。


右手のハンドガンのグリップを、両手で持つ。
だが俺の持っているベレッタは、銃上部のスライドが後退している。

…………弾切れなのは、一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)


それを見た田久井が、いやらしく口元を歪めた。












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