第38話 空を絶望する籠ノ鳥

文字数 3,489文字




体育館までやってきて、俺は床に落ちている銃を見渡した。

5限目の時間、2面あるコートでバレーボールとバスケットボールの授業を行っていたようだ。

ボールがそれぞれのコートに落ちている。


うちの高校では奇数クラスと偶数クラスが一緒になり、さらに男女にわかれて体育の授業を行う。

バレーとバスケをやっていたということは、2クラス分の銃が体育館に落ちているということになる。


…………俺は目が良いほうだ。
だが、体育館の床に落ちている黒い銃を識別するのは難しい。

そもそも銃について勉強し始めたのは、自分の体質について知った最近になってからだ。

どちらかというと、見たことのない銃の方が多いというのが本当のところだ。


それでも目を皿のようにして銃を探していると、手元のスマホが震えだした。

…………着信だ。

スマホの表示は……河西(かさい)の電話番号になっている。
つまり電話をかけてきたのは、河西のスマホを使った田久井(たくい)ということ……


どうやら田久井は釣り()に食いついたようだ。

河西が生きていることを証明して、戦闘を有利に運ぶことを目的とした電話……
それで、いいだろうか…………


――――いや、自分の思い込みで考えるのはよそう。
河西が生きているのかどうかは、電話に出てみないとわからない。


通話ボタンを押して電話に出る。
…………無言で相手の言葉を待った。

「私のことは忘れて派手にやりなさい! 田久井はさっきの爆発でひどい怪我を……」


そこまで聞こえたところで、会話は突然、中断される。

…………今の声は河西だ。
ちゃんと生きていたみたいだ。


すぐに田久井の声が聞こえてきた。

「どうかな? これで河西が生きていることを納得してくれたかな?」


俺は無言で応えた。
……田久井の次の言葉を待つ。


「……1年5組だ。丸腰で来い。下手な小細工(こざいく)は考えるな!」

俺が何も(こた)えなかったためか、そのまま電話は切れた。



…………しばらく目を閉じて安堵(あんど)に浸り、長く息を吐いた。
そしてゆっくり目を開ける。


…………ここまではいい。

河西は生きている――――


だが余計(よけい)に戦闘が難しくなった。

相手を殺すだけではダメだ。
河西の救出も必要になってくる。

それに田久井が河西を(たて)に取るのは、あり得る展開だ。


…………相手の目的は、俺を先に殺すことだろう。

太ももを怪我している河西より、まだ動ける俺の方が、田久井にとって脅威(きょうい)となるはず……

俺を殺した後、河西はゆっくりと殺されることになるのだろう。


俺が持っている、対抗手段という名の手札――
その中には、狙撃(そげき)がある。

人質事件の場合、海外の警察では解決の選択肢として、それは普通に存在する。

日本の警察と違い、犯人殺害が比較的容認されやすい傾向があるからだろう。


…………だが今回の俺にとって、狙撃はあり得ない。

人質を抱えた状況で、それを成功させる力が俺にはないからだ。
間違って河西に当たるとも限らない。


また失敗したら、それはそれで人質である河西の存在意義が問われる。

河西が人質になっていても、それに関係なく俺が狙撃を行ったとすると、河西を生かしておいても意味がないと田久井が考えるかもしれない。

無用の存在となった河西は、俺より先に殺される可能性がある。


とはいえ、無策(むさく)でノコノコと出て行っても、河西を盾に取られ、言うことを聞かざるを得ない状況になる。


何か手はないのか……?
相手の(すき)を突くような何か…………

戦場は1年5組。
……普通の教室。

家庭科室のように、時間をかけて罠を作っている暇はない。

考えろ、考えろ、…………考えろ。



…………体育館出入り口の金属の扉に寄りかかり、尻餅(しりもち)をつく。

わかっていたが、そう簡単に良いアイデアは浮かばない。


頭を抱えた手のひらに、さっきまで使っていたスマホを持っていることに気がつく。
俺は自分のスマホのデフォルト画面を見つめた。

充電残量や、日付、時刻などが表示されている。


――――――あることに気がついた。

じっとスマホの画面の一点を見つめながら、その可能性を考える。

それが具体性を帯びてくると同時に、その他の行動もおぼろげながらに見えてきた。


――――――これしかないかもしれない。

これから行うことは成功率10%もないのだろう。
でも、今の俺にはこれ以上の妙案(みょうあん)が思いつかない。


…………あまり時間はかけられない。
遅くなればなるほど、河西の身が危険に(さら)される。

危険というのは何も死ぬことばかりではない。

河西の貞操(ていそう)の危険も含む。
無駄に容姿が良い河西は、男どもにそういう目で見られがちだろう。


…………急ごう。
俺はスマホをしまい、そばに落ちていたハンドガンを拾った。


ベレッタ  92FS  ハンドガン  重量950グラム
装弾数15+1発  弾薬9mm×19




1年5組の床よりも一段高くなっている教壇の段差に、私は座らされていた。

腕を後ろ手で縛られ、足首も拘束(こうそく)されている。

手足を縛るために使われているのはガムテープ。
無造作に巻かれ、幾重(いくえ)にも固定されているため簡単には取れそうになかった。


おまけに九条(くじょう)君への電話の時、怒鳴ってしまったため、口にもガムテープが貼られてしまった。

そのせいで一切、声が出せない状態になっている。


…………戦闘中にもかかわらず、こちら側の世界の、自分のクラスを見てみたいと考えたことがケチのつき始めだ。

そもそも九条君も悪い。

3階まで上がれば、田久井は太ももを撃たれているので簡単には来ることができない。
そう言ったから、私が油断したというのもある。

それに、家庭科室にあんな大々(だいだい)的な罠を仕掛けておきながら、田久井の殺害に失敗するなんて……

そうだ、すべて九条君が悪い。


…………ひとしきり九条君のせいにし現実逃避した後、一周まわって元に戻ってきた。

結局、一番悪いのは私自身。
捕まった自分が悪い。

………………他人(ひと)のせいにしても仕方がない。

今回の戦闘は、良いところなしだ。


田久井は今、この教室の窓際にいるらしい。

らしい、というのは……私のすぐ右側に教卓があるため、窓のほうは良く見えないからだ。


しかし教室の明るさから考えて、窓にカーテンは引いてないようだ。

…………田久井は何を考えているのだろう?

人質を取っての立てこもりの場合、室内の様子を探られないように、犯人は窓にカーテンを引くはずだ。

それに、九条君からの狙撃も警戒しなければならない。
人質事件での特殊警察は、狙撃班を配置するのがセオリーなはず……

それを知らないわけではないだろうに……


そう考えてたら、窓の方から足音が聞こえてきた。
その人物がゆっくり教室の中央に歩いてくる。

アサルトライフルを持った田久井が私の視界に入り、左足を引きずるようにこっちへ向かってきた。


田久井の顔は、右側の皮膚が真っ黒になっていた。
家庭科室の爆発により、体の右半分にダメージを食らったのだろう。

通常( )火傷(やけど)などを負うと、程度にもよるけど、赤黒くなるはず。

しかしこの世界の血は黒……
血の赤い部分はなくなり、皮膚の全てが黒くなったということらしい。

目も充血しているのか、白目の部分がほとんどない状態。
その真っ黒な目を見ると、まるで人間ではない別の生き物を見ている気さえしてくる。


その田久井が左足を庇いながら、私の前で屈んだ。

「遅いな………… 九条の奴、もうお前のことなんてどうでもよくなったんじゃないか?」

そう言って、半分だけ黒い顔を私の前で(かし)げる。


私はその(みにく)い顔を、敵意を込めて見る。
しかし口にガムテープが貼られているため、反論すらできない。


じっと私の顔を見ていた田久井が、ライフルを自分の(もも)に預け、汚い手で右足のニーソを少しずつ下ろし始めた。

思いっきりジタバタするけど、両手両足を縛られているため何もできない。


(すね)までニーソを下ろした後、今度は私の足を()で始めた。
脛からだんだん太ももに、田久井の手が伸びていく。

まるで私の足の感触を楽しみ、そして顔を見て嫌がるのを(よろこ)んでいるよう……


徐々にスカートの内側に手が伸びようとしていた。

私は顔を背け、ガムテープが貼られた口の中で、舌先を前歯で(はさ)んだ。



――――突然、大音響で警報機が鳴り始めた。

田久井が慌てて、私の太ももから手を離しライフルを持って立ち上がる。


…………今頃だ。

今頃になって、家庭科室の火災報知器が煙を検知し、鳴り出したのかもしれない。
この学校のいい加減な警報システムに助けられた。


ただの警報であることがわかった田久井は、私を(にら)みつけて見下ろしている。

そしてそのまま振り返り、教室の中央へ歩いていった。
どうやら(きょう)()がれたらしい。


だが自分の状況に全く変わりはなかった。
九条君が殺されてしまえば、もっと(ひど)い目に()う。


――――自ら命絶つことを、私は覚悟した。




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