第31話 荒天の羅針盤

文字数 4,133文字




河西(かさい)に肩を貸しながら、3階まで階段を上る。

階段から一番近い1年2組の教室に辿り着き、教室後方に並ぶ生徒のロッカー前で、ゆっくりと河西を座らせた。


それから教室全体を見る。
…………この1年2組は授業中だったようだ。

教室には生徒が替わったと思われる銃が、あちこちに落ちている。


まずは武器の補充をした。
例の聞きづらい電話音声ガイダンスのような女性の声で、銃のスペックを聞かされながら近場の武器を集める。


ベレッタ  SCP70/90
アサルトライフル  重量3800グラム
装弾数30発  弾薬5.56mm×45


FNハースタル  F2000タクティカル
アサルトライフル  重量3390グラム
装弾数30発  弾薬5.56mm×45


KBP  Gsh-18
ハンドガン  重量590グラム
装弾数18+1発  弾薬9mm×19


ヘッケラー&コッホ  P30
ハンドガン  重量760グラム
装弾数13+1発  .40S&W



河西にはSCP70/90、アサルトライフルと、バックアップ用のハンドガンとしてGsh-18を渡す。

俺は持っていた残弾少ないPA-15から新しくP30というハンドガンに代え、背中のベルトに差し込んだ。


河西はさっそくライフルのコッキングレバーを引いて、薬室に初弾を装填(そうてん)している。


次は、河西の傷の応急手当だ。
傷を見ると、左太ももの真ん中より少し外側の位置から黒い血が流れている。

「河西、傷口ちょっと触るぞ」

(うなず)いた河西を見て、黒のニーソックスを(ひざ)下まで下げた。

太ももの裏側に手を回し()でると、黒い血が手にべったり付いた。

…………弾丸は貫通したらしい。


動脈の損傷を確認したいが、なにぶん血が黒いため、流れる血の色からは判断できない。


――――河西はさっきから押し黙ったままだ。



戦闘前に、河西は右太ももに黒いハンカチを巻き付けていた。

こちらの世界に来てすぐ、手の甲にボールペンを刺したせいで、廊下に残ってしまった俺の血痕(けっこん)…………
それを河西の血であるかのように偽装するために、怪我をしていない太ももにハンカチを巻いていた。


今、血が流れる左太ももとは反対の、無傷の足にハンカチが巻かれている。

その右足のハンカチをほどいてから、俺は教室を見回した。


教室前、黒板がある方の左隅にカラーボックスがあった。
近寄って、中を(あさ)る。

予備のチョークやぞうきん、画鋲(がびょう)などと一緒に、ガムテープが置いてあった。
ガムテープを手にして河西の元へ戻る。


ポケットから十徳ナイフを出し、さっきほどいた河西のハンカチを大きく広げた後、それを半分に裂いてゆく。

それから二つになったハンカチを正方形に折り畳む。
ガーゼ代わりにするためだ。

その四辺(しへん)に細長く切ったガムテープを張った。


そしてハンカチを太ももの前面、傷口に貼る。
もう一つのハンカチをももの裏側に貼ろうとして河西の膝裏を持ちあげた。


「ちょっと何しようとしてんの? 見える、見えるから……パンツ……」

河西が股の間のスカートを押さえてにらんでいる。


「いや、医療行為だからそのくらい我慢してほしいんだけど…………」
「医療行為にかこつけたセクハラだから、どー考えても!」


しばらく、じーっと二人でにらみ合う。


「……わかった。わかったよ! じゃあ、ももの裏側は自分で貼るか、それともパンツが見えないように床に腹這(はらば)いになって俺が貼るか、どっちか決めてくれ」


河西はしばらく考えて、床に寝そべることにしたようだ。

上半身を床に預け、太ももが痛まないようにお尻をゆっくりと下げていった時に、河西はサッとスカートに手をやった。

「…………見えた?」
「しましま」
「――――あとで殺す!」


………………ぶっコロ宣言をした相手の治療を続ける。

太もも裏の傷は、前面のように円形の傷口ではなく、少し体の外側に裂けたような感じになっている。

貫通(かんつう)銃創(じゅうそう)は、弾丸の射入(しゃにゅう)(こう)より射出(しゃしゅつ)(こう)の方が大きくなるようだ。

ハンカチを傷口に貼ってから、河西を起こした。


「…………田久井(たくい)はどうしたの?」

田久井が追ってこないことを、今さらながら不思議に思ったのだろう。

「さっき階段の踊り場から左太ももを撃ち抜いた。()しくも河西が撃たれた箇所と同じだな。……だからしばらくは、俺たちを追ってこれないと思う」


俺は自分のネクタイを首から外した。
そのネクタイを傷口の部分にきつく巻いていく。

河西は顔を歪め、歯を食い縛っていた。

最後にネクタイを結んで、緩まないようにする。


俺は近くの机まで行き、ペンケースからボールペンを取り出す。
ボールペン(はし)円錐(えんすい)部分を外した後、堅いプラスチックの(つつ)の部分だけにした。


「……さっきから(よど)みなく治療してるけど、そういう知識があるの?」
「無い。ないよ。ただ出血は基本、圧迫して止血するということだけ…………」


プラスチックの筒を河西の太ももの外側、きつく縛ってあるネクタイの間にそっと入れた。

「さっきより痛いかも…… いい?」

河西が(うなず)いたのを見て、筒を回転させていく。
回転させることでネクタイが締まっていき、太ももをぎゅっと止血する。

河西は必死に痛みに耐えていた。


筒が回らなくなった時点で止める。

「……どう? 足先にちゃんと血が(かよ)ってる? きつ過ぎるようならもう少し緩めるけど……」
「……これでいい」

やせ我慢しているようにも見えるが、まあいいだろう……

回転させた筒がもとに戻らないようにガムテープでそれを固定し、さらにネクタイの上からガムテープを巻いて仕上げをした。


太ももにガムテープを巻きながら、河西に話しかける。

「…………さっきは悪かった。俺のミスだ。挟撃(きょうげき)は一方的に、河西にとって負担になる戦術だったと思う。悪かったと思ってる」
「別にあなたのせいじゃないわ。威嚇(いかく)射撃に夢中で、弾切れを起こしたのも私だし……」


怪我をして、河西がしおらしくなったように感じる。

「…………そういえば合言葉が違ってたけど? 『死ね』だったよね、合言葉は……」
「そうですっ! パニクって間違えました。もういいでしょ!」


しおらしいと思ってツッコミを入れたら、意外と元気だった。
怪我をしても、負けず嫌いな感じは変わらないらしい。


合言葉が『今よ!』に変ったことで、田久井はいち早く俺に銃口を向けることができた。

その結果、俺は死にかけたんだが…………まあいいか。

それに、これだけ威勢(いせい)がいいなら、動脈からの失血死(しっけつし)はないのかもしれない。


ガムテープを太ももに巻きつけ、十徳ナイフのハサミでそれを切った。
そして最後に河西の太ももをペチと叩いた。


河西がガルルルと、低く(ほえ)えている。 ……イヌか?


…………河西は思ったようには動けない。
だからあとは、俺ひとりで何とかしなければならない。

でもそれは、いつものことじゃないか……


「あとは……俺に任せてくれ。河西は自分の身を守ることだけを考えてくれればいい」

そう言って、立ち上がる。


手にしたF2000タクティカルという銃が、現代的なデザインをしているのに少し戸惑いながら、チャージングハンドルを引いて薬室に初弾を送る。

隣で河西も近くのロッカーに手をつき、左足を(かば)いながら立ち上がった。

「何か考えがあるの?」
「うん……さっき考えた。特別教室棟に行く」

そして俺は窓ガラスの向こうにある特別教室棟を見た。




九条(くじょう)君は考えがあるようだけど…………

私は足を撃たれているので、いつものようには動けない。
自分にできることは、邪魔しないようにするだけなのだろうか……?


3階にある1年2組の教室の窓ガラスから、特別教室棟の方を見る。

こちらの世界に来てすぐの戦闘のせいで、3階特別教室棟廊下にある、一部の窓ガラスは見る影もなく割れてしまっている。

「河西!」
「は、はい…… なに?」

私はいきなり声を掛けられて、少し驚いて返事をした。

「特別教室棟1階にある家庭科室に(わな)を仕掛ける。だからその間、田久井が家庭科室に近づかないか見てて欲しいんだ」


今いる1年2組は中棟3階。
家庭科室は特別教室棟の1階。

漢字の『日』の字で言うと、中棟は真ん中の横棒で、特別教室棟は一番下の横棒に位置する。


教室の窓ガラスに近づけば、中庭を通して見下ろすように、家庭科室前の廊下を見ることができる。


でも窓際に立つと、狙撃のターゲットになりうる。
九条君もそれを知ってか、窓ガラスには近づかなかった。

「家庭科室の周りを監視していればいいわけね。田久井が近づいたらあなたに知らせればいいの?」
「……それで頼む。ヤツが来たら、罠の作成は失敗だ」


九条君は胸ポケットからスマホを出した。

通話状態だったはずのスマホは、いつも間にか切れていたらしい。
九条君から電話が掛かってきて、もう一度通話状態に戻した。


「でも罠を仕掛けて……どうやってそこまで相手を(おび)き出すの?」
「まあ、それは後で考えるとして……」
「ノープランなの? ……(あき)れた」


私は呆れたと言いながらも、自分に役割が与えられたことを少し嬉しく思った。
足を負傷したからといって、このままお荷物になるなんて嫌だった。


「とりあえず家庭科室の方を見張っててくれ。でも自分の身を守ることも忘れるなよ。いきなり田久井と交戦することもあり得るんだから……」
「うん。わかってる」


九条君が罠の準備をしている間は、誰も自分を守ってくれる人はいない。
でも自分の命を自分で守らなければならないのは、いつものことだ。


九条君は私の止血のために使ったガムテープをブレザーのポケットに入れている。
何に使うつもりなんだろう?

「じゃ、行くぞ」
「……行ってらっしゃい」
「そうじゃなくって…… 河西も一緒にいくんだ」
「? 私はここで家庭科室の周りの見張りでしょ?」


私はもう一度、窓ガラスを見る。
狙撃対策は必要かもしれないけど、この1年2組からなら家庭科室だけでなく、特別教室棟全体が見渡せる。


「足を怪我したやつを置いて行ったら、とっ捕まって人質にされるだろうが!」
「失礼ね! 捕まったりしないわよ」


役割を与えられて、喜んでいた私がバカだった。


「撃たれた時点で、俺の庇護(ひご)下に入ったんだ。ブツブツ言ってないでついて来い」
「私は、お荷物なんて絶対にイヤ」
「誰もお荷物なんていってないだろ。ほら行くぞ」
「絶対にイヤッ」


足を怪我して踏ん張りのきかない私を、九条君はズルズルと引きずっていった。








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