少し違う

文字数 799文字


画像提供:@endomutu_sota




「ねえ、兄ちゃん」
 先を行く妹が僕を振り返る。祖父の家から歩いてすぐの山を越えたところに、綺麗な湖があるはずだった。僕らはうきわを抱えて茂みをかき分けて奥へ進んで行く。
「ここじゃないよね?」
 妹が振り返る。
 茂みを抜けた先にあったのは、汚れた沼だ。ガスが出ているのか、ポコリポコリと泡が出て、水が粘るせいでなかなか割れない。
「うん、違うな」
 沼を避けて歩いて、再び茂みを進んでいく。細い獣道なので、途中で間違えたのかもしれない。
「ねえ、兄ちゃん」
 先を行く妹が振り返る。僕らは血こそ繋がっていないけれど、仲の良さならどんな兄妹にも負けない自信がある。
「ここじゃないよね?」
 茂みを抜けた先にあったのは、綺麗なプールだった。強烈なライトで照らされ緑や紫に輝いていて、少し離れたところに噴水もあった。
「うん、違うな」
 ラスベガスのような街を避けて歩いて、再び茂みの中に入る。彼女は方向音痴なので、途中で間違えたのかもしれない。
「ねえ、兄ちゃん」
 先を行く彼女が振り返る。去年来たのは違う妹とだったのに、彼女はズンズンと進んでいく。
「ここじゃないよね?」
 茂みを抜けた先にあったのは、浅い川だ。水はキレイだったけれど、膝までの深さしかないので、泳ぐには少し物足りない。
「うん、違うな」
 浅い川をざぶざぶと突き進んで、再び茂みの中に入る。女は泳ぎたくないと思っているので、途中で間違えたのかもしれない。
「ねえ、兄ちゃん」
 先を行く者が振り返る。僕らが湖に辿り着けなかったら、父さんたちはきっとガッカリするだろう。
「ここじゃないよね?」
「うん、違う」
 先ほどまで妹がいたはずの場所に、見知らぬ女が立っていた。
「違う、お前じゃない」
 妹と同じ背丈なのに、顔だけは大人みたいなそいつは、僕が抱えているうきわを奪うと、にたっと笑った。
「ねえ、泳ごうよ」
 湖がすぐそこにあった。
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