声も出せないほど夏が白い

文字数 916文字

 それは水死人だった。
 親戚のおじさんに連れてきてもらったキャンプ場で、大人達が火をおこしている間に、ぼくは近くを散歩していた。最初はちょっと気分がよかったのだけど、どこまで行っても風景が変わらなくて、ちょっと退屈になってきた。
「川には近づかないこと」
 何度も言われたけれど、あとはもう川くらいしか見るものがない。
 大人達に気付かれないように、こっそり移動して水の音に近づいていく。せっかくの川なのに足下は格子状になった金属製のフタで隔てられていて、近づくことができなかった。このフタの名前は「グレーチングって言うんだよ」とクラスメイトの雑学好きの男の子が教えてくれたことがある。
 そのグレーチングの隙間から、何か奇妙なものが見えていた。川の水にさらされて、踊るように揺らめいている。
 水死人だ。
 白くてぶくぶくしているそれは、半分くらい服が脱げていた。三十分くらい眺めて満足したら、おじさんたちのところに戻って、ちょうど焼き上がったとうもろこしを二本も食べた。
 次の夏、やっぱりおじさんに連れられてキャンプに行くと、あの水死人は同じ場所で揺れていた。一年で僕は二年生から三年生になったけど、水死人は何年生にならずに、同じ場所で過ごしていた。
 川の流れのせいか、服は全部脱げていて、すっぽんぽんになったそれは、去年よりちょっと白さが増したように見えた。
 十五分くらい眺めたあと、ポケットから花の種を出して、グレーチングの隙間から水死人めがけて、ぽつんと落とした。
 ぽつん、ぽつん、ぽつん、ぽつん、ひとつだとすぐに流されてしまうので、ポケットいっぱいに用意した種を次々落とす。
 いくらかは流されず根をはったみたいで、次の夏にまた訪れたとき、水死人は花に囲まれていた。
「僕は四年生になったんだよ」
 色とりどりの花に包まれた白いそれが、楽しそうに笑っている気がした。
 なんだかうれしくって、僕も笑顔になってしまう。
「僕が死んだら、そこに行くから、それまで待っててね」
 じっと目を凝らして見ると、真っ白な口がパクパクと動いたように見えた。
 音はしなかったので、その三文字が「くるな」なのか「またね」なのかはわからない。
 また来年も夏はくる。
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