手にしたものは

文字数 1,071文字






 食洗機が導入されるかもしれない。

 その噂は瞬く間に明星寮を駆け巡った。寮生三十数名の規模にもかかわらず、炊事洗濯掃除などは全て寮生が行っている。

 月ごとに当番を決めてローテーションで回しているが、どの当番もかなりきつい。

 特に辛いのは皿洗いの当番だ。三十人分の皿洗いは、一時間では終わらない。それを一ヶ月続けてやるものだから、手がボロボロになる。軟膏代だってばかにならない。

 だからこそ、幹本先輩が麻雀で大勝ちして、食洗機を持って帰ってくるらしいという噂が広まったとき、みんなが色めき立ったのだ。

 しかし、ほくほく顔の幹本先輩は、俺たちの期待を裏切ること言い放った。

「食洗機こと、甲斐くんだ」

 連れてきたのは、俺と同い年の男子学生だ。近くのアパートに住んでいるらしい。なんと幹本先輩は、麻雀でできた借金のカタに、うちの皿洗い当番をさせるのだという。

 人間を食洗機扱いしたことに対して、人権無視、悪鬼、非人道的、反政府主義者、など散々な反応だったけれど、当番を請け負ってくれるのは正直ありがたかったので、誰もそこまで強く反対はしなかった。

 甲斐くんは律儀に毎晩寮に通って、皿洗いをして帰って行く。さすがにかわいそうだと思い手伝ううちに、いつの間にか仲良くなった。皿洗いが終わったあとに、幹本先輩に麻雀に誘われることもあったけれど「まだいい」と断っていた。

 リベンジするための策があるのだと言っていた。俺も麻雀は弱いのでよくわからないが、たった一ヶ月で強くなれるものなのだろうか。

 約束の一ヶ月が経ち、最後の皿洗いを終えた後、甲斐くんは「行ってくるわ」と幹本先輩の部屋に向かった。

 通しを防ぐために、プレイヤー以外は出入りができない。甲斐くんを心配しつつ待っていると、日付が変わる頃に「わっ」と歓声が聞こえてきた。

 今度は大勝ちしたらしい。

 人権を剥奪しろ、二度とでかい口を叩かせるな、五年分の当番を幹本に、など普段幹本先輩に負けっぱなしの寮生達は口々に罵詈雑言を浴びせている。

 結局、今後半年の皿洗い当番を幹本先輩が担当することで決着がついた。

 寮から帰る甲斐くんを、門のところまで見送ったとき、絶対に秘密だぞ、と幹本先輩に勝った方法を教えてくれた。

「ガンだよ」

「癌?」

 大病を患っているとは知らなかった。

「違う。ガン牌だ」

 手にたっぷりの軟膏を塗って牌を掴む。すると光の加減で特定の牌の見分けがつくようになるのだ。

「皿洗いをさせたのは幹本だから、気付いたとしても、文句は言えない」

 そういって笑う甲斐くんの手は、軟膏でピカピカと輝いていた。
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