記憶収集日

文字数 1,050文字


画像提供:@chinaneko92




 道を歩いていた。
 なんてことのない風景だ。車道と歩道の間にちょっとした植え込みがあって、これといって特徴のない街路樹が等間隔に並んでいる。
 等間隔が乱れて、樹が植えられていないところが、ゴミ捨て場になっていた。
 ギターだ。
 捨てられているゴミが、なぜか心に引っかかった。シールだらけのフォークギター、どこかで見たはずなのに、頭の中にもやがかかったような感覚がして、うまく思い出せなかった。
 道を進むとまたゴミ捨て場があった。
 プリンター。
 そういえば、卒論を提出する日にプリンターが壊れて、慌てて家電量販店で買ったことがある。新しいプリンターを設置して、卒論を印刷しているとき、壊れたはずの古いプリンターが急に動き始めて、張り合うように卒論を印刷し始めた。
 ここにあるのは、あのときの壊れたはずのプリンターじゃないか?
 立ち止まって確認したかったけれど、なぜか止まってはいけない気がして、振り返りつつも脚は動き続けた。
 次のゴミが見えてくる前に、シールだらけのフォークギターのことを思い出した。
 あれは高校生のとき、どうしても欲しくてバイトをしたいと親に相談したら、母が親戚からもらってきたものだ。
 自分がほしかったのはエレキギターで、ほとんど弾かずに弟に押しつけてしまった。当時小学生だった弟は、エレキとフォークの違いもわからなかったくせに、妙に熱心に練習して、すぐに『なごり雪』を弾けるようになった。
 これがある種の走馬灯であると気付いて瞬間、背後から大きな音が聞こえてきた。何かが挟まれて、壊れる音だ。
 振り返ると青いパッカー車がこちらにゆっくりと進んできていた。ちょうどプリンターが放り込まれて、メキメキと音を立てながら呑み込まれていくところだった。
 パッカー車からは黒い手のようなものが生えていて、ゴミを放り込んでいく。
 自分もあの車に回収されるのだ、と諦めて身を固くした瞬間、視界が光に包まれた。
 ――明るい。
 それが天国の階段などではなく、ただの日光であると気付くまで、数十秒を要した。汗をかいてシャツが身体にピタリと貼り付いている。喉が痛い。ベッドまでぐっしょりと湿っていた。
「生きてる?」
 時計を見ると、十一月八日月曜日午前十時二十八分と表示されていた。ふと気が緩むと、ツンと生臭いにおいが鼻をついた。
「……あ、ゴミ」

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