下ばかり見て歩く

文字数 878文字


画像提供:@mirayagico



「斎藤、見ろよ」
 放課後の帰り道、何かを見つけた堀井が地面を指した。しかし、地面には何も落ちていない。
「変だと思わないか」
「変って、マンホールか?」
「ああ」
 堀井が指したのは、長方形のマンホールだった。地面に合わせてタイルがはめ込まれているのだけれど、その柄が周囲のものと違っていた。
 同じサイズではあるものの、本来あるべき場所と違う蓋がはめられている。
「マンホール、見つけようぜ」
「そんなの、見つけてどうするんだよ」
 市役所にでも連絡して直してもらうのか。
「いいから、面白そうだろ」
 堀井は僕の何倍も優れた推理力を持っている。これまでに何度も謎に遭遇したけれど、先に真相に辿り着くのは決まって僕ではなく堀井だった。
 しかし、一度だけ僕が先に真相に辿り着いてから、こうして意味もなく勝負を仕掛けてくるようになった。
 そんなつもりじゃなかったのに。
「いや、やめておこうよ」
「なんでだよ。タイルの色とか種類とか、劣化具合とか手がかりは意外とあるぞ」
 堀井はずいぶんと前のめりだ。だけど、
「そこに合う柄のマンホールなら、西の大森公園近くにある」
 間違った場所にはめられた原因はわからないけれど、工事か何かあったのだろう。
「……なんで」
 推理したわけじゃない。ただ、昨日通りかかって気になっていただけだ。
「推理力なんて、競ってもしかたないじゃないか」
「それは……勝ったから、言えるんだろ」
 堀井の目は敵意で燃えていた。
「勝ったっていっても、ほんの数回じゃないか」
 そんなことよりも、俺にとって大事なことがあった。
「この前の土曜だよ。大森公園の近くで、柄の合っていないマンホールを見つけて不思議に思ってたんだ。でも、誰に言っても興味を持ってもらえない。こんな話を面白がってくれるのは、堀井だけだから、だからさっきお前がマンホールを指したとき――」
「もういい!」
 堀井は絞り出すように言い放つと、僕に背を向けて足早に去って行ってしまった。
「嬉しかったんだよ」
 嬉しかったんだ。
 本心から出た言葉なのに、立ち去る堀井の背には届かなかった。
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